第五話 不条理刑事の復活①

    1

 中村はひとまず日本へ戻った。その足で小池恵子こいけけいこしめした住所へ行く事もできたのだが、姿の見えない尾行者の動向もつかめないまま行動を起こすのは、時期尚早しょうそうだと考えたのだ。その前にもう一度、小池恵子に関して洗い直す必要もあった。


 中村が秘密事務所に戻ると、待ちかまえていた捜査員たちがまわりを取り囲んだ。もと生首事件解決捜査本部の面々だった。


「あれ、皆さんおそろいで。えらく失礼な登場の仕方ですね?」

中村は事態が飲み込めず呆気あっけに取られていた。


 憮然ぶぜんとした表情の横山晃一よこやまこういちが一歩前に出て、慌ただしくしわくちゃの紙を突き出した。

中村徹なかむらとおる、小池恵子殺害容疑で逮捕する!」


「これは一体、何の真似マネですかね?」

乱暴に取り押さえられた中村は、横山をにらみつけて言った。


「しらばっくれるなよ! よくもだましてくれたな!」

横山は仁王立ちで中村を見据みすえ、つばを飛ばしてあわれむような口調で続けた。


「中村君、君は役者だねぇ。私はすっかり信じていたのにな。小池恵子こいけけいこ、いや、君のにくむべき相手、森脇星子もりわきせいこ殺害の証拠は全てそろっているんだ。不条理刑事ふじょうりけいじ署長の協力により、生首事件なまくびじけんにようやく終止符が打てるよ。あとは君の自白と裏付け捜査を済ますだけだ」


    *

 中村は大人おとなしく留置所の中へ入った。彼の特殊能力を恐れてか、【特殊独房とくしゅどくぼう】なる全面鋼鉄製こうてつせいの窓一つ無い密室に閉じ込められた。

 厚さ二十センチもある鋼鉄製のドアは、その重さから三人掛かりでないと開閉ができない。酸欠さんけつを防ぐためか、天井に酸素注入用の直径十センチの空気孔くうきこうがあるだけだ。便器はこれまた鋼鉄製で、ビス止めではなく、堅牢けんろうな溶接がほどこしてあった。

まさに究極の密室と言っても過言かごんではなかった。


 冷たい床に横たわった中村は思考を巡らせた。まさか署長までもが一枚んで、ワナめるとは。生首事件は森脇星子の単独犯行だと思っていたのだが、組織ぐるみでこの事件をみ消そうとしている。


 この事件の真相は一体何なのか。全てを解くカギを小池恵子が握っていたのではないかと、中村は思った。


【私にはもう時間がありません。すべてをあなたにたくします。下記の住所に来て下さい。できる限り、ほかの不条理刑事には気づかれないように!】


 中村は手紙の文面を回想していた。


    2

 持田陽子もちだようこと名乗る女は、薄いピンクのブラウスに洒落しゃれぼうタイを締め、落ち着いたモスグリーンのスカートという出で立ちで警視庁に向かっていた。

 彼女のりんとした端正たんせいな容姿に、道を歩く十中八九の人間が釘付けにされる有様だった。


 それだけではない。彼女のととのったプロポーション、完成された脚線美に、店頭で客引きをしていた美貌びぼうのキャンペーンガールまでもが目をうばわれ、舌を巻いたほどだ。


 陽子は、その美貌にぴったりの美しいソプラノの声で受付の男に言った。

「捜査一課の横山よこやま警部にお会いしたいのですが……」


「は、はっ! ただちに呼んでまいります!」

受付のメガネザルのような職員は顔を紅潮させ、直立不動で敬礼した。


 生首事件が一段落ひとだんらくし、横山晃一よこやまこういちは実質的な退職をまぬがれ、着実に出世への階段をのぼろうとしていた。生首事件なまくびじけん解決を自分の手柄にし、警視庁の面目めんもくを保った功労者として表彰を受けていた。定年後の天下あまくだり先までもが保証されていたのである。


「私に来客? アポは取りついでないぞ」

「警部、絶世の美女ですよ! こっちが聞きたいぐらいです。一体誰なんですか?」

三原みはら刑事が羨望せんぼう眼差まなざしで、横山にしがみついていた。


    *

「お久しぶりですわ、横山警部」

持田陽子は引き込まれるような笑顔で言った。

「あ、あの、失礼ですが、どちらさまで?」

横山は陽子の美貌に圧倒されながらも、必死に彼女を思い出そうとした。だが一切記憶になかった。これほどの美女に過去に会ったとして、覚えていないというのはどういう事だろう? 横山は混乱した。


「私、聞きたい事があるんです。ここではちょっと話しづらいので、お食事でも御一緒して頂けますか?」

陽子は物憂ものうげな表情を浮かべて、横山の手を引っ張り、強引に警視庁を出た。


「今日はこれで早退するぞ! あとは頼んだ」

横山はニヤけた顔を必死にこらえながら、三原刑事に言った。

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