やさしさのかたち

るいか

やさしさのたね

やさしさのたね

ここは鳴霞町めいかちょう

心の痛みが、まだ“形”になっていない子たちが暮らす町。


 心に秘めた痛みが、形を持ったとき。

それは武器となり、絆となり、あるいは呪いになる──


人はそれを “心装しんそう” と呼んだ。


これは、彼が**“縫涙ぬいなみだ”**として、

世界が閉じるその日までを生き抜いた物語。



小さい頃、女の子が羨ましかった。

ふわふわの可愛いお洋服、お人形遊び、おままごと。

「男の子なんだから、男の子でしょ?」


──なんでダメなの?

人とちがうのは、ダメなの?


綴木 詩央つづきしおは、小さい頃から気持ちを心に閉じ込めて、“普通”を演じて生きてきた。



小学校の教室で、詩央は誰よりも人の気持ちに敏感だった。

泣いている子にはそっとハンカチを差し出し、ひとりで遊んでいる子には声をかけた。


「だって、その方が…ほっとするから」


そんな小さな言葉を、先生は「やさしい子ね」と褒めた。

けれど詩央にとって、それは自分を守る方法でもあった。


自分が“普通”じゃないことを悟られないように。

目立たないように。誰にも嫌われないように。


やさしさを、まるで制服のようにまとっていた。



中学生になって、男女という概念を学んだ。

「男の子は女の子を好きになって、結婚するんだよ」と。


──でも、詩央が好きになったのは“男の子”だった。

つまり、“普通”ではなかった。


この頃、男子たちは“心装”に憧れていた。

「オレは攻撃型がいいな!武器とか出したい!」

「防御型ってなんかダサくね?」


まるで仮面ライダーやウルトラマンみたいに、みんな夢中で語り合っていた。



心装。

それは、人の心に秘められた痛みや想いが、形となって現れる力。


詩央は笑って相槌を打ちながら、心の奥が冷えていくのを感じていた。


(なんで“かっこいい”って、誰かを倒すことなんだろう。

 そんな力、詩央は欲しくないのに……)


でも、そんなことは誰にも言えなかった。



家では「お兄ちゃん」として扱われていた。

朝起きたら、「妹の手本になるようにね」と声をかけられ、

妹が泣けば「男の子なんだから我慢して」となだめられる。


──本当に我慢しなきゃいけなかったのは、

妹じゃなくて、“詩央”の方だったのに。


妹の髪を編む母の指先を、詩央はいつも羨ましく見ていた。

本当は、自分の髪にもリボンを結んでほしかった。

「かわいいね」って言ってもらいたかった。

でもそれは、決して言ってはいけないことだった。



「詩央は強い子だから」

「お兄ちゃんなんだから」

「男の子でしょ?」


そのたびに、詩央の中にあった“詩央”は、少しずつ静かになっていった。

口を閉ざし、心をしまい込み、「いい子」として生きるようになった。



それでも、妹の泣き声を聞けば、無意識にそばに行って頭を撫でてしまう。

友達が傷ついたと知れば、無理にでも笑って寄り添おうとする。

それが「やさしさ」だと思っていた。


けれど本当は、それはただの“願い”だった。


「誰かには、自分を否定せずに抱きしめてほしい」


そう思いながらも、誰にも言えなかった。

だから、自分が“抱きしめる側”になろうと決めた。


──それが、詩央のやさしさのたねだった。

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