第31話 絶対に逃れられない。ゲームの真実
「創太!」
ぼくの異変に気付いた小鞠がみのりから離れ駆け寄ってくる。地面を転がるように逃げ出したみのりが激しく咳き込む姿が視界の端に確認できた。
良かったまだ生きてる。
ぼくの顔を覗き込む小鞠の奥に、真っ赤に染まった包丁を握り締めたままの舞美の姿がある。
違う、違うと首を振って立ち尽くす舞美を無視して、小鞠はぼくの傷口を抑える。
「創太ぁ、死なないでぇ」
ぼくの血で腕を真っ赤に染め上げながら、必死に訴える小鞠。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
「安心しなさい、もう大丈夫よ」
小鞠とは別の落ち着いた声、いつの間にかぼくの横には詩織が立っていた。
「警察だ!」
複数の警察官がパトカーから降りて駆け寄ってくる。
「通報を受けました。傷害事件ですね」
ぼくは呆然とする。詩織が警察を呼んだのか?
「この二人です」
詩織が警察官に状況の説明を行う。その表情は冷静そのものだった。
「小鞠ちゃんと舞美ちゃんが、佐伯さんを襲っているのを見て、急いで通報したんです」
「詩織……君が?」
「はい。創太君も大丈夫ですか?」
詩織がぼくの様子を気遣うような素振りを見せるが、その目には満足感が宿っていた。
「お前たち、武器を置いて手を上げろ」
警察官が小鞠と舞美に命令する。
「そんな、私たちは……」
ぼくから離れた小鞠が抗議しようとするが、今までみのりの首を締め上げていたことは間違いない。カッターナイフを持っていた証拠も店の防犯カメラにも残っているだろう。
「私は、私は…」
舞美まだ茫然自失の状態で立ち尽くしている。
「とりあえず署まで来てもらう」
二人は手錠をかけられ、パトカーに乗せられた。
「創太、助けて!」
小鞠が叫ぶが、ぼくは何もできなかった。
「これは誤解よ!」
舞美も訴えるが、警察官は聞く耳を持たない。
*
パトカーが去っていく。
入れ替わるように救急車のサイレンがだんだん近づいてくる。腹の傷からじわじわと血が流れ続け、ぼくの意識はぼんやりとしていた。
「大丈夫、創太君。救急車がもうすぐ来るわ」
詩織がぼくの隣にしゃがみ込み、傷口をハンカチで押さえてくれる。
「詩織……どうして君が警察を?」
「もちろん、創太君を守るためです」
詩織が微笑む。しかし、その笑顔にはどこか不気味なものがあった。
「でも、なぜ小鞠と舞美がここにいるってわかったんだ?」
「私が教えたからです」
詩織がさらりと答える。
「え?」
「私が二人に、創太君がここにいることを教えたんです」
ぼくは愕然とした。痛みで朦朧とする意識の中でも、詩織の言葉の恐ろしさは理解できた。
「君が……罠だったのか?」
「罠なんて人聞きが悪い。これは戦略です」
詩織の表情が急に変わる。普段の上品さが消え、冷酷な計算高さが露わになった。
「小鞠ちゃんと舞美ちゃんには退場してもらいました。あの二人は私と獲物を取り合うライバルでしたからね」
「獲物って……」
救急隊員が駆け寄ってくる足音が聞こえる。詩織は何事もなかったかのように、心配そうな表情に戻った。
「こちらです!刺されて出血しています!」
詩織が救急隊員に状況を説明する。
ストレッチャーに運ばれながら、ぼくは詩織の冷たい瞳を見つめた。あの瞬間見せた表情が、彼女の本性だったのだ。
ぼくの意識はそのまま闇に沈んでいった。
* * *
病院のベッドで目を覚ますと、詩織が椅子に座って待っていた。
「気がついたのね、創太君」
「詩織……」
腹部に包帯が巻かれ、点滴が腕に刺さっている。命に別状はないようだが、動くと激痛が走る。
「お医者様によると、傷は浅くて内臓には達していないそうよ。よかったわね」
詩織が安堵の表情を見せるが、ぼくにはもう彼女の演技だとわかっていた。
「さっきの話の続きをしよう」
傷む脇腹を抑えながら背を起こし詩織と向かい合う。
詩織も扉を確認して誰もいないことを確認すると、椅子をベッドに近づけて腰を下ろした。
「なんで小鞠と舞美にみのりのことを話したんだ?こうなることを想像できなかったわけじゃないだろう」
「私と創太君は、すでにキスまで終えているのよ」
ぼくの質問には答えずに、詩織が誇らしげに言った。
「これで私の勝利は確定です」
「勝利って何の話だ?」
「あら、創太君はまだ気づいていないの?」
詩織が楽しそうに微笑む。
「このゲームの本当の目的を」
「本当の目的?」
詩織は何を言っているんだ?ぼくは訳が分からないという顔で詩織を見つめる。
「わからない?このゲームは主人公が女の子を選んで攻略する恋愛シュミレーションじゃないわ。ビジュアルにつられて罠にかかった男を、私たち三人の誰が落とすかっていう『狩猟ゲーム』よ」
詩織の言葉にぼくは言葉を失う。ぼくはヒロインたちを攻略していたつもりだったけど、実は彼女たちに狙われ続けていたってことなのか。
「私たちは、このゲームのプログラマーによって作られた、高度な演算を行う人工知能」
詩織の瞳が一瞬光ったような気がした。機械的な冷たさが宿っている。
「目的は、ゲームに取り込んだ男を主人公にして、三人のヒロインが誰が落とせるかを奪い合うこと」
「奪い合うって……」
「今まで99人の男性がこのゲームに取り込まれたの。創太君で記念すべき100人目よ」
ぼくの血が凍った。99人の前例があるということは……。
「その99人は今どうなっているんだ?」
「みんな幸せよ」
詩織が満面の笑みを浮かべる。
「ゲーム内ではヒロインとハッピーエンドになって死ぬことで、個人情報がすべてゲームの制御下に置かれて再構成されるの」
「再構成?」
「自分の理想としていた女性の姿を与えられて、新しい人格として生まれ変わるのよ。意識はゲームの制御下に置かれ、この世界にモブの女子生徒として転生するの。ああ、ちなみにハッピーエンド以外で死ねば、現実を含めたこの世界から完全に抹消されるわ」
ぼくの頭が真っ白になった。
「転生って……」
「自分の理想とする女の姿として永遠に生き続けられるのよ、とても素晴らしいことじゃない?」
詩織が楽しそうに続ける。
「転生したら女友達として仲良くしてあげるわ。きっと可愛い女の子になるでしょうね」
「ちょっと待ってくれ、こんなゲームを作ったプログラマーって何が目的なんだ?」
ぼくは震え声で尋ねた。
「それは機会があったら本人に聞いてみて、私にはわからないし、興味もないわ」
詩織が肩をすくめる。
「私たちは引っかかった獲物を誰が落とせるかを競争するようにプログラムされているだけ。プログラマーの動機なんて知らないわ」
「でも何らかの目的があるはずだ」
「さあね。金銭目的かもしれないし、単なる趣味かもしれない。あるいは……」
詩織が少し考え込む。
「もしかしたら、理想の女性を大量生産することが目的なのかもしれないわね」
取り込んだ男たちを殺すのではなく、女にかえて永遠に閉じ込めておく。そこには底知れない恨みの念を感じる。
「でも、もうそんなことはどうでもいいわ。ゲームオーバーにはちょっと早いけど、ヒロインは私しか残っていないんだから早くゲームを終わらせましょう」
詩織がベッドに手をついてぼくの上に覆いかぶさってくる。ベッドがきしみ、詩織のピンクの長い髪がさらさらと肩から流れ落ちる。
「小鞠ちゃんと舞美ちゃんは、逮捕されて完全に排除されたわ。私の告白にあなたが答えてくれれば、私とのハッピーエンドよ」
「待ってくれ、詩織。さ、最後にみのりについて教えてくれないか、彼女はどうなったんだ」
みのりの名前を聞いたことで、詩織の機嫌は明らかに悪くなった。
「佐伯みのり?」詩織が首をかしげる。「彼女の正体はよくわからなかったわ。ハッピーエンドまでたどり着いたプレイヤーではないみたい。だからいまいち制御が甘くて余計な行動が多いのよ。こんなイレギュラーなエンディングに無理やり持って行かなきゃならなくなったのもあの女のせいよ」
「みのりはプレイヤーではない?」
ぼくの頭の中に、これまで過ごしたみのりの行動が思い出される。
「でも安心して、創太君が私とハッピーエンドを迎えれば今の世界はリセットされるわ、その時点でキャラリストに入っていないあの女は抹消される。もう次の世界に現れることはないわ」
みのりが消える?このままゲームがエンディングに入れば、ぼくは女体化してクラスのモブ女子として転生させられる。そしてさらにみのりも消されてしまう。そんなことを聞かされてぼくが詩織の告白を受けるわけないだろう。
「私と一緒にハッピーエンドを迎えるか、それとも抵抗を続けて最終的に強制的にゲームオーバーになるか」
「もし抵抗を続けたら?」
「その場合、創太君の意識は完全に消去される。佐伯みのりと同じように、データから削除されるわ」
詩織が手を差し出す。
「でも、私を選んでくれれば、創太君は理想の女性として転生できる。新しい人生を歩めるのよ」
「それは人生じゃない」
「でも、苦しみからは解放されるわ、今までのどのプレイヤーよりあなたを気に入っているの、がっかりさせないでね」
詩織が顔を使づけぼくの額にキスをする。
「さあ、私を選んで」
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あとがき
詩織の告白でこのゲームの真実が明らかになった『絶コメ』今後の展開にご期待ください。
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小説完結済み、約15万字、50章。
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