第9話 絶対にばれてはいけない個人情報
ベランダの下にいる詩織が気になるが、このまま部屋にいても落ち着かない。いつまた小鞠が突撃してくるとも限らないのだ。
ひとまず図書館に行くことを口実に、接触を避けてみよう。私服に着替えて、一応アリバイ作りのための参考書を持って家を出る。
念のため周囲を確認しながらマンションのエントランスから外に出るが、そこに詩織の姿は見当たらなかった。すでに立ち去った後のようだ、ぼくはほっと胸をなでおろすと図書館に足をすすめた。
図書館は学校の反対側、駅の近くにある。住宅街を抜け、商店街を通り、約20分ほど歩いてようやく到着した。ゲームなら一瞬で移動できるが、実際は歩かなくてはいけない。それにしても、言われなければここがゲームの中だとは信じられないほどリアルだ。街並み、通行人、車の音、すべてが現実と変わらない。
三階建ての近代的な建物の図書館。入り口の自動ドアをくぐると、静かな館内が広がっている。受付のカウンターを過ぎ、一般書のコーナーに向かう。平日の夕方ということもあり、館内はそれほど混雑していない。学生らしき人影がちらほらと見える程度だ。
手近な小説を手に取って、窓際の席に座る。本気で勉強するつもりもない。小鞠から逃げてきただけだ。参考書は机の上にひらいたものの、読む気にもならない。
手に取った小説は夏目漱石の『こころ』現実で読んだことのある有名なもの。ページをめくってみると、内容も記憶通りだ。本当にゲームの中なのか?この蔵書データだけでも相当なものだろう。見えるだけでも何万冊という書籍が並んでいる。
しばらくぼんやりと活字を追っていると、背後から声をかけられた。
「あら、また会ったわね、神代君」
振り返った瞬間、心臓が止まりそうになった。詩織が立っていたのだ。
え?なんで?ここに?
一人になるために図書館に来たのに、なぜ詩織がここにいるのか。しかも私服に着替えている。白のワンピースがまぶしい。清楚を絵に描いたようなたたずまいだ。
「き、霧島さん?どうしてここに?」
動揺を隠せない。さっきマンションの前にいたはずなのに、いつの間に着替えて、どうやってここまで来たんだ?
「図書館によく来るの。勉強するなら静かな方がいいでしょ?」
そう言いながら、詩織は当然のように向かいの席に座る。
「神代君も勉強?」
「そんなところかな」
机の上のダミーで置いた参考書を見て、詩織の目が輝く。
「数学の参考書ね。ご一緒してもいい?すぐに中間テストでしょ。私、数学苦手だから誰か教えてくれないかしらと思っていたの」
ここで成績の話が出てきた。ゲーム内では主人公はそれなりに成績優秀な学生、という設定になっている。しかし、今朝この世界に転生したばかりのぼくには、その知識も記憶もない。
「え、ぼくが成績いいって?」
「謙遜しないでよ。中学の時から有名だったじゃない。全国模試でも上位だったって聞いてるわ。私も負けずに頑張らないと」
困った。まったく覚えがない。というか、そもそも別人の人生だ。テストが始まったらどうしよう。白紙で出すわけにもいかないが、この世界の高校の勉強内容がどこまで現実と同じなのかもわからない。現実世界では大学も卒業しているが、高校の知識など、そのほとんどが大学入学した時点で忘れ去られていくものだ。
「いや、たまたまだよ。そんな大したことじゃない」
「でも、入学試験でも学年トップクラスだったって先生がおっしゃってたわ。さすがね」
詩織の褒め言葉が逆にプレッシャーになる。期待を裏切ることになったら、不満度パラメーターが上がってしまうかもしれない。いまさらテスト勉強なんてしたくないぞ。
いやむしろ赤点でも取ったほうがあきれられて好感度が下がるか?
「そ、それより、霧島さんの方が優秀じゃないか。新入生代表に選ばれるくらいだし」
「そんなことないわ。でも一緒に勉強できるなら嬉しい」
詩織が参考書を開いて勉強を始める。
仕方ない。ぼくも小説を閉じて代わりに参考書を開く。うん、全くわからない。すっかり忘れている。
その上、彼女がいることで妙に緊張してしまう。それに、さっきまでマンションの前にいたのに、なぜここにいるのかという疑問が頭から離れない。
時々詩織がこちらを見ているのがわかる。勉強している振りをしながら、実は監視されているのではないか。そんな疑念が湧いてくる。
30分ほど経った頃、のどが渇いたので席を立った。
「ちょっと水を飲んでくる」
「わかったわ。私ここで勉強してるから」
一階の自販機コーナーに向かう途中、入口付近でヨシオの姿を見つけた。さすがお助けキャラ、どこにでもいるんだな。
ちょうどいい。情報収集の機会だ。
「よ、図書館デートかよ、うまくやってんな」
「お前が図書館なんて珍しいな」
「静かだから昼寝にちょうどいいんだ。受験生じゃあるまいし、たまには息抜きも必要だろ」
ヨシオは相変わらずの軽い調子だが、表情は真剣だった。
「それより、舞美の好感度急上昇だぜ。オレのおかげだな。あのクレープの件、大正解だっただろ?」
「そうなのか?」
「ああ。でも小鞠はちょっと下がり気味だ。そしてこっちが重要。詩織の不満度が爆発しそうだ、注意したほうがいいぜ」
「え?なんでだよ。今一緒に勉強してるけど、普通に話してるよ」
「お前ベランダで小鞠とイチャイチャしてただろ、あれ見られていたみたいだぜ」
そうだった、確かにあの時、下からベランダを見つめていた。詩織はストーカー気質が強いキャラだ。ベランダで一緒にいるところを見られていたんだ。しかも、それを誤解されている可能性が高い。
「それに住所も知られちまったみたいだな。部屋の位置まで特定されてるんじゃないか?注意しろよ」
「え?」
ぼくは詩織とマンションの下まで一緒に帰ってきたことを思い出した。
そうだった、ベランダでの姿を見られていたということは部屋番号までバレているってことだ。セキュリティは強固なマンションだが、内部に侵入されたら意味がない。ただでさえ小鞠がウロチョロして面倒なのに、これで詩織のことも警戒しなくてはならないのでは、家にいても気の休まる暇がない。
「それにしても、彼女よく今日図書館にいるってわかったな。まさかお前、霧島さんに居場所教えたのか?」
「いや、そんなわけないだろ。俺だって今来たばかりだ」
ヨシオの言葉を聞いて、背筋が寒くなった。誰にも言っていないのに、なぜ詩織は図書館にいることがわかったのか。帰ったと思って安心していたが、やっぱりつけられていたとしか考えられない。
「まあその前に、今の不満度を何とかしないとヤバいぜ。表面上は普通に見えても、内心は嫉妬で煮えくり返ってるはずだ。うまくフォローしないと、今夜にでも爆発するかもしれないぞ」
「そ、そんなに早くか?!どうすればいいんだよ」
「小鞠との関係を否定するか、詩織に特別感を与えるかだな。詩織を攻略するならここは失敗できない重要ポイントだぜ」
ヨシオは楽しそうな顔でそれだけを言うと、手を振って離れていった。
「じゃあな、あまり長く離れてると怪しまれるぞ」
ヨシオが図書館を出て行く。どうすればいいんだよ。
水を買って席に戻ると、詩織が心配そうにこちらを見ていた。
「どうかしたの?顔色が悪いわよ」
「いや、何でもないよ。ちょっと疲れただけ」
「そう?無理しないでね。一緒にいて迷惑だったかしら?」
その言葉の裏に、何か別の感情が隠れているような気がした。表面上は心配してくれているが、本当はぼくの行動を監視しているのではないか。
「そんなことないよ。ありがとう」
しかし、内心は穏やかではない。この状況をどう乗り切ればいいのだろうか。詩織の不満度を下げつつ、好感度は上げない。そんな器用なことができるのだろうか。
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あとがき
新作、長編ストーリースタートしました!
小説完結済み、約15万字、50章。
当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!
過去の作品はこちら!
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