第4話 絶対に出会ってはいけないヤンデレヒロインズ
ゲームの強制力で学校には行くしかなさそうだ。
ここから学校につくまでがゲームのプロローグ。三人のヒロインとの出会いが用意されている。
逆に言えばこの出会いを避けることができれば、ボッチエンディングにかなり近づくことができるはずだ。
ゲームプロローグの内容を思い出しながら家をでた。
家を出てすぐに視界の悪い曲がり角に近づく。確かこの角で、
ぼくはそのまま走っていきたくなる気持ちを何とか抑えて、曲がり角からゆっくり顔を出す。すると、それと同時にすごいスピードで走りさっていく制服姿の女の子の姿があった。
危なかった、勢いのまま飛び出していたら正面衝突するところだった。
後ろ姿しか見えなかったが、特徴的な金髪のツインテールはおそらく舞美だろう。ゲームのオープニングでみたとおりだ。
「これで確定した。運命は変えられる。行動次第では何とかなるかもしれない」
舞美との出会いを回避したことで気を抜いたのが失敗だった。
「忘れ物したぁ!」
先ほど通り過ぎて行った舞美が戻ってきた。
慌てて逃げようとするが、間に合わない。
「ちょっと!どいてどいてっ!」
がつーん!
舞美のタックルを食らうような形でぶつかり、そのまま彼女を抱きしめるようなたちでしりもちをついた。
「いたたた、どこ見てるのよ!」
顔が近い。二人の顔の距離は二十センチと離れていない。
アイドルをしているだけあって、めちゃくちゃにかわいい。画面越しでは感じられない女の子特有のシャンプーの香りがぼくの心臓の鼓動を速めた。
「まさか!あなた、あたしのストーカー?!」
「まてまてまて!お前のほうからぶつかってきたんだろ!」
あれ?この話の流れ……ゲームの話にもどってる!強制力が働いているのか?
「なにあなた、人のせいにする気!」
近い顔をさらに近づけて、舞美が文句を言う。怒った顔も驚くほどにかわいい。
「いや、それよりさ、大丈夫なら、ぼくの上からどいてくれないか」
今の状態は、まるでぼくが彼女に押し倒されたような形になってしまっている。通行人の視線が痛い。
「!」
現状を把握した舞美は顔を真っ赤にして立ち上がると、くるりと背を向けてスカートについたほこりを払い始めた。後ろからでも耳が真っ赤になっているのがわかる。
ここでこれ以上彼女とかかわるのはまずい。
「ごめん、ちょっと急いでるんだ」彼女が振り返るより早く、あわててその場を離れる。
「あ、ちょっとぉ!まちなさーい!」
遠くで舞美の叫ぶ声が聞こえるが、かまっている暇はない。ぼくは振り返ることなく走り去っていった。
* * *
やはりゲームの強制力が強い。ゲームの通りなら次は
交差点で信号が赤になる。そうだこの場所に間違いない。近道してきた小鞠につぶされるイベントが起こるはずだ。
信号待ちしながら意識は背後に向けて研ぎ澄ます。枝が揺れる音がする。木の枝をかき分けて誰かが壁を登ってくる気配があった。
このままでは小鞠につぶされてしまう。
ただ避けるだけじゃだめだ。そんなことをしたら、後々何を言われるかわかったものじゃない。
まだ信号は赤のままだ。だが、ぼくは車のすきをついて反対の歩道に向けて駆けだした。
突然の飛び出しに車がクラクションを鳴らし急停車する。
ぼくは間一髪で車を避けて反対の歩道にたどり着くことができた。
振り返ると、同時に壁を乗り越えてきた小鞠が、顔から地面に落ちるところだった。本来ならぼくが下敷きになるはずだったが、何のクッションもなかった小鞠は顔面から床に激突した。かなり痛そうだ。
顔中傷だらけ、むくりと起き上がった小鞠がこちらを見る。いかん目がってしまった。
何か言っているが車の通りが多くて何も聞こえない。
ぼくは気づかないふりをして学校までの道を急いだ。
* * *
「よし、いいぞ。今回はうまくイベントをつぶすことができた」
呪われていようがこれはゲームだ。やりようによっては話の流れを変えることができるかもしれない。
次のイベントがある意味正念場だ。この『トキメキめめんともり♡』のメインヒロイン、
ストーカー行為がエスカレートし、最終的には主人公をホルマリン漬けにするという、狂気に満ちたエンディングが待っている。
メインヒロインとの出会いを完全に回避できれば、ゲームの進行そのものを大きく変えられるかもしれない。彼女との接触を避け続けることができれば、少なくとも詩織ルートに入る可能性はゼロになる。
校門をくぐると、桜の木の下で、ピンク色の長い髪の少女が紙を持ってスピーチの練習をしている姿が目に入る。霧島詩織だ。
風に揺らされるピンクの長い髪を片手で抑えて、原稿を見つめる姿は幻想的で思わず見とれてしまう。それもそのはず、この場面はパッケージの表面に描かれたメインビジュアルと同じだ。
霧島詩織。ゲームの中では完璧な優等生として描かれる彼女だが、その美しさは確かに人を魅了するものがあった。制服姿も似合っており、まるで少女漫画から抜け出してきたような雰囲気を醸し出している。
「いけない、見とれている場合じゃない」
ぼくは頭を振って我に返る。ゲームだと確か、主人公が歩いているときに強い風が吹いて原稿が舞ってしまうんだったよな。
つまり、校門から校舎まで、この約100メートルを何事もなく駆け抜けられれば、このイベントはキャンセルすることができる。全力で走れば20秒もかからない。詩織に気づかれる前に通り過ぎてしまえば、イベントは発生しないはずだ。
ぼくはゴールを見据え、校門から校舎までの道を一気に駆け抜けようと走り出した。
しかし、その途端に強い向かい風が吹き、ぼくの体を押さえつけた。
「くそっ、なんでこんな台風みたいな風がっ」
風の強さは尋常ではない。まるで前に進むのを阻止するかのように、正面から吹き付けてくる。他の生徒たちは普通に歩いているのに、ぼくの周りだけ異常な風が吹いている。
ぼくを押さえつけるように吹き付ける風は、そのまま桜の木の下で練習する詩織を巻き込み、手に持った原稿が桜の花びらとともに空を舞った。
「あっ!」
詩織の驚いた声が風に乗って聞こえてくる。舞い上がった原稿用紙は、あきらかに自然法則を無視した風の流で、ぼくの目の前にひらりと落ちた。
これは拾えということなのだろう。後ろからは原稿を追って詩織の駆け寄ってくる足音が聞こえる。
このまま原稿を拾えば、詩織ルートの入り口に立つことになるのは間違いない。
負けてたまるかっ!
ゲームの強制力で原稿に手を伸ばそうとする体を無理やり押さえつけ、気づかないふりで足元の原稿を無視して校舎に足をすすめる。もう少し、もう少しでこのイベントもキャンセルできる!
体の中で二つの力がせめぎ合っているのを感じる。一つは原稿を拾うようにと促すゲームのシステム。もう一つは、それに抵抗しようとする自身の意志。激しい頭痛が襲い、視界がぼやける。
校舎まであと50メートル。創太は必死に足を動かす。
そう思ったとたん、またも強い風が原稿を巻き上げた。
風に乗った原稿は再びぼくの目の前に現れた。負けじと無視を続けるが、原稿は右に左に揺れながらぼくの前をただよい続ける。
「しつこい!」
まるで生き物のように、原稿は創太の顔の前を舞い踊る。このゲームはどうあってもぼくにこの原稿を手に取らせたいみたいだ。
あきらめてなるものか。絶対に手に取らないぞ。
鉄の意思で無視を決め込んだぼくの顔を薙ぐように原稿の紙が通り過ぎた。
「え?」
ほほに生暖かい液体が流れる感覚。左手を当てるとそこには真っ赤な血がついていた。風に舞った原稿がぼくの左ほほを切り裂いたのだ。
おいおいおい、そこまでするのかよ!
風に舞った原稿用紙は再びぼくの眼前に迫る。ゲーム内だというのに左ほほにはリアルな痛みを感じていた。原稿用紙を運ぶ風は再び鋭さを増した。これは絶対に外すことを許さない強制イベントということなのだろう。
ぼくはあきらめて宙を舞う原稿用紙をつかんだ。
その瞬間、まるで魔法が解けたかのように、異常な風は止んだ。桜の花びらがゆっくりと地面に舞い降り、平和な春の午後の風景が戻る。
それと同時に背後から声がかけられた。
「はぁはぁ、あ、ありがとうございます」
駆けてきたからか、息を切らした少女がそこにはいた。霧島詩織だ。
「だ、大丈夫ですか?お顔から血が…」
詩織は心配そうに創太の頬の傷を見つめる。その瞳には純粋な優しさが宿っており、とてもストーカーになるような狂気は感じられない。
「あ、いえ……これは……」
慌てて傷を手で隠す。
詩織はそんなぼくの手をそっと抑え、取り出した真っ白なハンカチで優しく傷口を抑えた。ふんわりとした生地にあふれた血液が吸収されていく。それほど深い傷ではなかったようで、血はすぐに止まった。これなら傷が残ることもないだろう。
傷口を確認した詩織が安心したように手を放す。
「よかった、それほど深くはないみたいですね」
傷跡を確認しようと詩織が顔を近づける。このゲームのキャラはみんな距離感が近すぎる。
これ以上の接触は危険だ。
「もう大丈夫だから、じゃあね」
半ば振り切るようにその場を離れ校舎に駆け込む。
下駄箱で振り返ると、彼女はまだその場にたたずんでいた。
なんだかこちらを見つめているような気がする。ぼくの血の付いたハンカチにほおずりをしているように見えたのは気のせいだっただろうか?
ぼくはそのまま靴を履き替えて教室に向かった。
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あとがき
新作、長編ストーリースタートしました!
小説完結済み、約15万字、50章。
当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!
過去の作品はこちら!
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