叙述トリックのためのエチュード――消えたアイスクリームの謎――

D野佐浦錠

前編(出題編)


「アイスクリーム♪ アイスクリーム♪ 愛し狂い無になるまで溶ける♪」

 とずれた調子で一人の女子生徒が自作の歌(?)を口ずさんでいる。


 がららっ、と扉の開く音。

 料理部の部室に入ってきたのは、ここ南方みなみかた女子高等学院の料理部の部長、高梨澪羽たかなしみおはだった。背筋をぴんと伸ばした姿勢と、丁寧に手入れされた長い黒髪が毅然とした印象を与えている。


「澪羽〜おつかれぇ〜」

 ふわふわとした口調で、浅野絵麻あさのえまが答えた。椅子に座って身体をゆっくりと揺らしながら、栗色のボブを指先で弄んでいる。

 料理部といっても、部員はこの二人だけだ。先輩方が引退して、部室と後輩二人だけが残されてしまった格好だった。

「何だったの……さっきの変な歌みたいなの」

「え〜、ほら私、ラッパーだからさ〜。唐突に韻踏みたくなるときってあるでしょ?」

「……わ、私はないけど」

 澪羽は苦笑いを浮かべていた。


「まあ良いわ。アイスクリーム、そろそろできている頃かしら」

 と澪羽は冷蔵庫の方へと歩いていく。狭い部屋ではあるものの、料理部の部室だけあってこの部屋には冷蔵庫が置いてある。

「……えっ?」

 冷凍室を除いた澪羽が、驚きの声をあげた。

「無い……無いわ、アイスクリームが……。さっき家庭科室で作って、冷やし固めるためにこの冷凍室に入れておいたはずなのに」

「ええっ……私、知らないよぉ」

「本当なの、絵麻」

 きっと睨むように絵麻の方を見る澪羽。

「やや、本当だって。……これはあれだね、密室でのアイスクリーム消失事件――いわゆる『日常の謎』ってやつみたいね」

「何言ってるの、あなた」

「ファンサービスみたいなものだよ。気にしないで〜」


「しっかし、この寒いのにアイス作るなんてね〜」

 そう言いながら絵麻も椅子から立ち上がる。

「寒いって……むしろ暑いでしょ、今の時期……」

「それはほら、エアコンの効きがさぁ〜」

 絵麻はセーラー服の上にカーディガンを羽織っていた。気温対策は女子にとって死活問題だ。この季節、室内でこういう服装の生徒は少なくない。


 絵麻も澪羽の隣で冷蔵庫の中を覗き込んだ。

「ほんとにアイス、なくなってるね。トレイごと消えてる」

「あのね絵麻。言いにくいことだけど、私、あなたを疑ってる」

 と澪羽。


「ちょっと澪羽〜。私知らないって。てか私がつまみ食いしたっていうなら、トレイはどこに行ったのよ」

「確かに……」

「それにほら、澪羽気付いた? アイスがなくなっただけじゃなく……よ」

「本当だわ……一体誰が?」

 絵麻は首を横に振った。

「私じゃないよ。ていうか、誰かが意図的にやったってことはないんじゃないかな〜」

 苛立った様子で澪羽が返す。

「何でよ。これは料理部に対する嫌がらせに違いないわ。アイスクリームを台無しにしようっていう――」

「アイスは冷蔵庫からなくなってるんだから、それは意味がないよ。冷蔵庫の中には野菜とかも少し入ってるけど、すぐに傷んだりはしないだろうし。アイスを盗って、なおかつ冷蔵庫の電源を落とすっていうのはアイスを台無しにする目的の行動としてはおかしい」

「……」

 澪羽は考えがまとまらない様子だった。


「……絵麻。私が冷凍室に作りかけのアイスを入れてから、まだ1時間くらいよね。その間、誰もここに来なかった?」

「うーん、答えるけど、それって私が嘘をついている可能性は澪羽からしたら否定できないよね。それを言ったら、私の立場からだと澪羽の自作自演という可能性も考えられるわけだけど〜」

「……何で、私がそんなこと」

 と呆れたように言う澪羽。


「可能性の議論は厳密にしなきゃってだけの話だよ。いわゆる『信頼できない語り手』っていう話もあるし。というか、普通『信頼できない語り手』しかいないよね、実際。現実世界に『地の文』なんてないんだし」

「何の話をしてるのよ……」


「てか澪羽、汗かいてない? 大丈夫?」

「大丈夫よ。生徒会室との往復で少し疲れただけ」

 澪羽は料理部の部長の他に、生徒会の役員も兼任していた。アイスクリームを冷蔵庫に入れてから、待ち時間に生徒会の仕事をしに行っていたのだ。

「あはは。生徒会室、この部屋から遠いもんね〜。階段の昇り降りが大変だったでしょう」

「本当。都心の学校だからとは思うけど、面倒な造りだわ」


 南方女子高等学院は都心部の狭い土地に無理矢理建てたような私学で、学校というよりビルのような造りになっている。教室や部室の多くは高い階にあって、ここから生徒会室との行き来ともなれば3フロア分の階段昇降を往復しなければならない。エレベーターもあるものの、生真面目な性格の澪羽はいつも階段を使っていた。

「空気も籠もってるし〜。窓開けて換気でもしようか?」

「……ありがとう、でも遠慮しとく。外の空気の方が嫌だわ」

 料理部の部室は道路に面した側で、地上の高さでは僅かな境界を隔ててすぐに自動車が走っているような位置関係だ。アスファルトの照り返しもあるといえばある。澪羽が言っているのはこのことだろうと思われた。


「それで、さっきの質問に答えるけど、千代ちよが来てたよ。なんか新しい映画を撮るのに協力してほしいとかって」

「千代が? 協力って?」

 絵麻の言う千代というのは、映画部に所属する女子生徒、三枝千代さえぐさちよのことだ。


「見目麗しい高梨澪羽さんに、主演女優を頼みたいんだってさ。出かけてるって言ったら、また来るって言ってたけど」

「そ、それは、ちょっと考えさせてもらおうかしら……。でも、アイスの話なんて千代とはしてないんでしょう?」

「うん」

「……なら、千代は特に関係ないか」

 もし絵麻が共謀しているのなら、「三枝千代がこの部屋に来た」という事実自体を隠すはず。そういう澪羽の推論だった。

「あ、それで千代が、また来るからカメラを充電させてって」

 そう言って絵麻は正面を指さした。その先には、部室のコンセントに繋がれたビデオカメラが無造作に置かれている。


「まあ、それくらい別に良いけど」

 そう言いながら、澪羽は部室の中をひっくり返すように捜索していた。机の引き出しや、料理の本が入った書棚の中を探しているようだった。

「むむ、強制捜索!」

 だが、アイスクリームは見つからない。

 しばらく部屋の中を調べていたものの、結局澪羽は諦めたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る