第4話 パラレル4
# 顔のない世界で
私の名前は水木継奈。今年で20歳になる。普通の女子大生のように見えるかもしれないが、実は私はノッペラボウの血を引いている。ノッペラボウとは、顔に目も鼻も口もない妖怪だ。私たちは人間の姿に変身することができるが、本当の姿は平らな顔をしている。
「継奈、もう出かける時間よ」
母の声が玄関から聞こえてきた。私の母、水木無我奈は現在の日本の総理大臣だ。彼女もまた、私と同じノッペラボウの血を引いている。
「はい、今行きます」
私は鏡の前で最後の確認をした。人間の顔に変身している状態は完璧だった。黒い髪、大きな瞳、小さな鼻、薄いピンク色の唇。すべて人間らしく見える。でも、これは私の本当の姿ではない。
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五年前、妖怪の存在が世間に明らかになった。それまで伝説や民話の中だけに存在すると思われていた妖怪たちが、実は人間社会の中で生きていたことが発覚したのだ。最初は混乱と恐怖が広がった。妖怪狩りという名の暴力事件も起きた。
そんな中、母は勇気を出して自分がノッペラボウであることを公表し、政界に飛び込んだ。「人間と妖怪の共存」を掲げ、驚くべきことに総理大臣にまで上り詰めた。
「人間も妖怪も、同じ日本に生きる仲間です。互いを理解し、尊重し合える社会を作りましょう」
母のその言葉は、多くの人々の心を動かした。しかし、すべての人がそれを受け入れたわけではなかった。
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「継奈、今日は大学の後、官邸に来てくれる?重要な会議があるの」
車の中で母が言った。彼女は常に忙しく、国を動かす重責を担っていた。
「わかった。でも、最近また反妖怪デモが増えてるみたいだよ。気をつけて」
私は心配そうに母を見た。母は微笑んだ。
「大丈夫よ。変化には時間がかかるものよ。私たちがその橋渡しをするの」
母の強さと優しさは、いつも私の支えだった。
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大学では、妖怪学という新しい学問を専攻していた。人間と妖怪の歴史、文化、生物学的特徴などを研究する学問だ。
「水木さん、今日の発表準備はできてる?」
クラスメイトの田中が声をかけてきた。彼は人間だが、妖怪との共存に積極的な数少ない学生の一人だった。
「うん、大丈夫。ノッペラボウの変身能力についてまとめたよ」
私は少し緊張しながら答えた。自分自身のことを話すようなものだからだ。
「実はノッペラボウには特殊な能力があって、人間の顔を舐めることでその人間をノッペラボウに変えることができるんだ。そうなると、元の人間の顔は仮の姿となり、ノッペラボウの平らな顔が本来の姿になる」
教室は静まり返った。みんな驚いた表情で私を見ていた。
「でも、そんなことをするノッペラボウはほとんどいないよ。それに、現代社会では顔のない状態では生きづらいからね」
私は急いで付け加えた。
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授業の後、約束通り官邸へ向かった。セキュリティチェックを通り、母の執務室へ向かう途中、不穏な空気を感じた。警備が普段より厳重だった。
「継奈さん、こちらです」
秘書の山田さんが私を案内してくれた。
「何かあったの?」
「総理への脅迫状が届いたんです。反妖怪団体からのものです」
山田さんの声は低く、心配そうだった。
母の執務室に入ると、彼女は窓際に立って外を見ていた。
「継奈、来てくれたのね」
母は振り向いて微笑んだ。人間の姿のままだった。
「脅迫状のこと、聞いたよ。大丈夫?」
「ええ、心配しないで。これも仕事のうちよ」
母は穏やかに答えたが、その目には疲れが見えた。
「今日呼んだのは、新しい法案についての相談があってね。妖怪の権利保護法案よ。これが通れば、妖怪に対する差別や暴力は厳しく罰せられるようになるわ」
母は熱心に法案の内容を説明した。彼女の情熱は本物だった。人間と妖怪が平等に生きられる社会を本気で作ろうとしていた。
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その日の夜、私は大学の図書館で勉強していた。突然、携帯が鳴った。
「もしもし、継奈です」
「継奈さん!すぐに官邸に来てください!」
山田さんの声は震えていた。
「どうしたの?」
「総理が...総理が襲われました」
私の世界が止まった。
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官邸に着くと、そこは警察と救急隊で溢れていた。母は既に病院に運ばれた後だった。
「何があったの?」
私は山田さんに尋ねた。彼女の顔は青ざめていた。
「反妖怪団体の男が侵入してきて...総理を刺したんです。男は『妖怪は日本から出ていけ』と叫んでいました」
私は病院へ急いだ。しかし、そこで待っていたのは最悪の知らせだった。
「申し訳ありません。全力を尽くしましたが...」
医師の言葉は続かなかった。
私の母、水木無我奈は、人間と妖怪の共存を願いながら、その命を落としたのだ。
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葬儀の日、多くの人々が母を見送りに来た。人間も妖怪も、彼女の死を悼んだ。
私は母の棺の前に立ち、決意した。母の意志を継ぐことを。
葬儀の後、私は記者会見を開いた。
「私は水木継奈。先日亡くなった総理大臣、水木無我奈の娘です」
カメラのフラッシュが焚かれる中、私は深呼吸をした。
「そして、私もまた母と同じくノッペラボウです」
会場がざわめいた。私はゆっくりと変身を解き、本来の姿を見せた。平らな顔、目も鼻も口もない。これが本当の私だ。
「母は人間と妖怪が共に生きる社会を夢見ていました。その夢は、彼女の死によって終わるものではありません」
私の声は震えていたが、決意は固かった。
「私は母の意志を継ぎ、次期総理大臣選に立候補します。人間も妖怪も、互いを尊重し合える社会を必ず作ります」
会場は静まり返った後、徐々に拍手が広がっていった。
私は空を見上げた。顔のない私には涙は流れないが、心は悲しみで満ちていた。それでも、前に進む。母が照らしてくれた道を。
「母さん、見ていてください。あなたの夢を、私が叶えます」
風が吹き、桜の花びらが舞った。新しい時代の始まりを告げるように。
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