第2話 パラレル2

# 顔のない世界で


私の名前は水木継奈。普通の女子高生のように見えるかもしれないが、実は私はノッペラボウの血を引いている。そう、あの伝説の妖怪だ。顔に目も鼻も口もない、ただ平らな肌だけの存在。


「継奈、朝ごはんできたわよ」


母の声が階下から聞こえてくる。母の名は水木無我奈。彼女は日本の総理大臣だ。そう、私の母は日本で初めての妖怪の血を引く総理大臣なのだ。


「はーい、今行くよ」


私は鏡の前に立ち、自分の「顔」を確認する。今日は学校があるから人間の顔を維持しなければならない。ノッペラボウの私たちにとって、人間の顔は仮面のようなものだ。本当の私の顔は平らで何もない。でも社会で生きていくには、人間の顔が必要なのだ。


母が総理になったのは三年前。それまで妖怪の存在は都市伝説とされていたが、ある事件をきっかけに妖怪の実在が世間に知れ渡った。最初は混乱と恐怖が広がったが、母は「人間と妖怪の共存」を掲げて立候補し、見事当選した。


「おはよう、継奈」


食卓に着くと、母が微笑んだ。彼女も人間の顔をしている。家の中でも私たちは基本的に人間の姿を保つ。それが習慣になっているのだ。


「今日も警備の人たち、多いね」


窓の外を見ると、黒いスーツの警備員が何人も立っていた。母が総理になってから、過激派による脅迫が増えていた。「妖怪は日本から出て行け」「人間の国を返せ」といったスローガンを掲げる団体もある。


「気にしないで。あなたは学校に集中して」


母はいつも強かった。どんな批判にも動じず、理想を語り続けた。私はそんな母を尊敬していた。


学校では、私の正体を知っているのはごく一部の友人だけだ。妖怪であることを公表している生徒もいるが、まだまだ少数派だ。


「継奈ちゃん、おはよう!」


教室に入ると、親友の佐藤美咲が手を振った。彼女は私の正体を知っている数少ない人間の一人だ。


「おはよう、美咲」


「昨日の総理の演説、すごかったね。妖怪と人間の共存社会についての法案、通りそう?」


「うん、母は自信があるみたい」


その日の授業は平和に過ぎていった。しかし、下校時に校門で待っていた警備員の表情が硬かった。


「水木さん、すぐに車に乗ってください」


「どうしたの?」


「詳細は車内で」


不安を感じながら車に乗り込むと、官邸からの連絡だと言う。母に何かあったのだろうか。


車内のテレビがついた。そこには緊急ニュース速報が流れていた。


「本日午後3時15分頃、国会議事堂付近で銃声が確認されました。水木無我奈総理大臣が何者かに襲われ、現在病院に搬送されています。容疑者は現場で取り押さえられました」


私の心臓が止まりそうになった。


病院に着くと、すでに多くの報道陣が集まっていた。私は裏口から案内され、ICUへと急いだ。


そこで見たのは、白いシーツに覆われた母の姿だった。


「継奈さん...」医師が悲しげな表情で私を見た。「お母様は...亡くなられました」


世界が崩れ落ちた。


葬儀は国葬として執り行われた。多くの人が母の死を悼んだ。しかし、中には「妖怪の総理など最初からおかしい」と言う声もあった。犯人は「純粋な日本を取り戻す」という過激思想の持ち主だった。


葬儀の日、私は決意した。母の遺志を継ぐことを。


「私は水木継奈。母・水木無我奈の娘です」


報道陣の前で、私は初めて公の場で自分の正体を明かした。そして、私はゆっくりと自分の人間の顔を解き、本来の姿を見せた。平らな、何もない顔。それが本当の私だ。


会場からはどよめきが起こった。カメラのフラッシュが焚かれる。


「私はノッペラボウの血を引いています。母と同じです。母は人間と妖怪が共に生きる社会を夢見ていました。その夢は、母の死によって終わらせません」


私の声は震えていたが、決意は固かった。


「私は次の選挙に立候補します。母の意志を継ぎ、人間と妖怪が互いを尊重し合える社会を作るために」


それは危険な決断だった。母と同じ道を歩めば、同じ結末を迎えるかもしれない。しかし、誰かがやらなければならない。


「どんな顔をしていても、心は同じです。私たちは皆、同じ日本に生きる仲間なのです」


カメラの前で、私は再び人間の顔に戻った。これからは二つの顔を持つことを恥じず、堂々と生きていこうと思う。


母の死は無駄にはしない。この国を変えるために、私は前に進む。


たとえ顔がなくても、心はある。それを世界に示すために。

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