Triumvirate Drops

雪印

第1話

 この世界では、様々な「役割」を求められる。

 身体的性別が男だから。女だから。

 社会的性別が男だから。女だから。

 好きになる相手が男だから。女だから。


 それに加えて――


「えー、ひいらぎセツナくんですね。第2性は……オメガと出ました。」

「そんな……!セツナが……!」

「息子さんには、どう告知しましょうか。」

「先生のほうから、お願いします……私の口からは、とても……!」


 この世界にある、"もうひとつの性別"。

 心身ともにたくましく、将来を嘱望される優性種「アルファ」

 それまでの一般的な人類と何ら変わらない「ベータ」

 そして……「オメガ」。彼らはその特異体質で、この世界に混乱をもたらした。

 特定周期で周囲に"フェロモン"を撒き散らし、それを吸い込んだ人々はみな、我を忘れて性的欲求に狂ってしまう。

 心身ともにひ弱であることも多く、労働の面で不安や課題が非常に多い。

 そんな彼らは、劣等種だとして激しく誹られた。


「うわ!なんかイカくせェと思ったら、柊クンじゃ~ん!」

 言うが早いか、同級生の拳が肩を打つ。


「マジ学校来るなって言ってんだろ、性処理しか能のないクソ野郎!」

 派手な外見の女生徒が投げつけてきた、小さな包み。真昼の教室に似つかわしくないグッズ。


「放課後、いつもの教室な。お前の仕事だもんな、俺らの精液浴びて、社会に貢献できて嬉しいよな!?」

 有無を言わさない、強者の雰囲気。抵抗は許されなかった。


「柊くん、高校を卒業したあとのことだがね……製薬企業さんから、キミを雇いたいと我が校に直接申し入れがあった。この学校での出来事もある、無理に大学に行くより、いま求められている仕事に就いたほうが、キミも親御さんも幸せじゃないかね。」

 第2性は、ときに身体的、社会的性別よりも強く、未来を縛る。まるで最初から存在しないかのように、未来を閉ざす。


 これはそんな狂った世界で、運命に抗い生きる者の物語。


 ---


『続いてのニュースです。昨年10月、東京都内の私立大学で発覚した、第2性がΩである学生への組織的ないじめ問題。その初公判が、本日、東京地方裁判所で開かれました。』


『被告は同大学に通う男子学生4人で、被害者の学生が発情期を迎えるタイミングを狙い、フェロモン反応を口実とした性的暴行を繰り返していたとされています。』


『本日の裁判では、被害者の精神的苦痛に関する医療記録や、大学側の対応に関する証言が注目されました。今後の審理では、被告らの責任能力や、加害行為が「フェロモン反応による一時的な心神喪失」に該当するか否かが争点となる見込みです。』


『第2性に起因する差別や偏見について、厚生労働省は今月、声明を発表。担当の牧野厚生労働大臣は「地域社会、警察、教育現場との連携強化を進め、制度面での保護と啓発を拡充していく」と述べ、関連する法整備にも前向きな姿勢を示しました。』


ぼんやりとテレビを見つめていると、扉をノックする音が聞こえた。


「柊さん、入りますよ。」

「はーい、どうぞー?」


 間延びした声で答えながら慌てて姿勢を正すと、白衣を着た男女が入ってきた。

「初めまして、柊セツナくん。今日からキミの担当医になります、葉山ジンといいます。よろしく。」


「三舟さん?どういうことですか?」

「そう睨まないでください。いまから説明しますので。まず、葉山先生は我が大森製薬において、Ωの分泌するフェロモンに関する医薬品開発チームの副顧問を務めています。」

「副、顧問?」

「本当の顧問はちゃんと別にいるからさ。そしたら肩書がどうしても胡散臭くなっちゃって。」

「そして柊さん。本日付けであなたに出される辞令というのは、我が社の新薬開発チームの一員として、「長期的服用を前提とする、Ωフェロモン対抗薬」の開発に協力すること。そのため、柊さんと葉山先生には、指定の同室で共同生活を送っていただきます。またそれに伴い、昨日までの定時試薬服用については終了します。今後の服薬は、葉山先生の指示、および処方箋に従うように。」

「はあ……。」

「まあ、突拍子もない話だよね。いきなり大の男と同じ部屋で生活なんて。」

「え?同室って、それマジ?」

「あなたの、高ストレス環境下における不安定な発情ヒートのサイクルに対応してもらうためです。臨床試験含む、環境への早期適応を目的に、葉山先生と生活リズムを共にする“日常同調接触試験”を、あなたたちにはお願いします。」

「ちょっと待てよ、それってつまり、このセンセーが24時間365日俺のこと監視してるってこと?!」

「さすがにそういうわけにはいかないから!それに、キミも僕たちも、研究棟にこもってばっかりじゃどうにもならないだろ?セツナくんについては、俺の帯同つきを条件に、研究棟からの外出が認められるようになる。心配しなくていい。」

「はあ……」

「今後のことについて、何か不明点があれば、葉山先生にお願いします。私からの説明は以上ですので。」


 そう言うと、セツナが三舟と呼んだ女はそそくさと部屋を後にした。


「それじゃ、改めてよろしくね。」

「よろしく、お願いします……。」


 こうして、同棲や同居とも違う、今まで以上に奇妙で息苦しい生活が幕を開けた。


 ---


 それまでの個室は狭かったといえど、2人分の必要なものを詰め込んだダンボールを居室に全て運び終えた頃には、すでに時計は20時を回っていた。

「あ、しまった……なんか今日、検査とかそういうの何もしてなくね?」

「いや今日は良いよ。さすがに新体制初日からは、いい結果も得られないだろうし。」

「いい結果て。俺は理科の教科書か。」

「ああそうだ、教科書で思い出した。セツナくんにも、自分のカラダのこと、もっと知ってもらわないとね。」

 そう言うと葉山は、段ボールの一つから一冊を手にとって渡す。

「やることなくて暇なら、これでも見ておいて。」

「コレって……問題集じゃん。」

「平均的な難易度のものを持ってきたつもりだけど……難しかったら言ってね。教えられる範囲は、手助けするよ。」

「いや医者なら全部教えられるだろ。」

 軽く笑って、葉山はデスクに向き直る。モニターと対面する表情にさっきまでの柔らかさはない。

「ってか、晩飯どうすんの?」

「あ!そうだねゴメン!食堂まだ開いてるはず!急いで!」

 慌てて部屋を飛び出す葉山を追いかける。サイズの合ってない白衣を手に持ちながら、タンクトップ姿のまま葉山を追いかけた。


 ---


「はあ〜……食べた食べた。間に合って良かったね。」

「ッたく……次から気をつけろよ。」

「いやあゴメンゴメン。研究のことになると、つい、ね。」

 頭を掻きながら葉山は軽く謝る。その姿は、つい30分前までモニターを睨んでいた人物と同じだと思えなかった。

「それで?セツナくんはどうする?」

「シャワー浴びたら寝るよ。それしかやることないし。」

「え〜?さっきあげた問題集は?」

「あしたから。」

 部屋に戻りながら軽口を叩き合う。

 常夜灯に切り替え、医療用の硬いベッドに横たわる。

「アンタも程々にしろよ。」

「分かってるよ。……おやすみ、セツナくん。」

「おやすみ、葉山センセー。」

 キーボードを叩く音を聞きながら目を瞑る。明日からの生活に、心なしか浮足立った気持ちのままだった。

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