第27話
研究所に残された膨大な資料からは、「研究会」が結界師一族の伝統的な術式とは異なる、独自の人外解析技術を開発していたこと、そして彼らが一部の元老院と密かに繋がっていた可能性が示唆される書類が大量に出てきた。
特に、小川重光の失脚後も、彼を支援していた勢力が研究会と結びついていた可能性が浮上した。
これは、結界師一族内部に、より根深い闇が潜んでいることを示唆していた。
月明かりが差し込む、結界師一族の隠れ里。
厳重な結界に守られた古めかしい議場には、再び元老院の面々が一堂に会していた。
中央には、霊力と妖気で編まれた檻があり、中には手足を縛られたイツキと、彼の研究員たちが座らされている。
張り詰めた空気が、議場を支配していた。
厳が重々しく口を開く。
「これより、緊急総会を開く。議題は、神崎イツキ、並びに『研究会』による人外への非人道的行為、そして、その背後に潜むとされる一族内部の関与についてだ」
その言葉に、元老院の一部からざわめきが起こる。
暁と幻が持ち帰った研究所の膨大な資料が、証拠として次々と提示されていく。
そこには、目を覆いたくなるような人外の生体実験の記録、そして一部の元老院が研究会を裏で支援していたことを示す明確な証拠が含まれていた。
資料が読み上げられるたび、議場には動揺と怒りの声が広がる。
イツキは、憔悴しながらも、その瞳には狂気じみた光を宿していた。
「私が行ったことは、全て『崇高な目的』のためだ。人外の危険性は、貴方方もよく知っているはず。彼らを『完全な管理』下に置くことこそが、結界師の歴史を進化させ、この世に真の秩序をもたらす唯一の道なのだ!」
イツキは演説するように語り始める。
しかし、厳が冷徹な声で彼の言葉を遮った。
「黙れ、神崎イツキ。貴様一人で、これほどの規模の計画を立案し、実行できるはずがない。小川香奈のハイブリッド化の技術、研究所の巧妙な隠蔽工作……貴様の背後には、もっと大きな存在がいるはずだ!」
厳の鋭い指摘に、イツキは一瞬ひるんだように見えた。
観念したのか、彼は嘲笑うように告げる。
「ふん。そこまで分かっているのならば、お望み通り教えてやろう。この研究を推進させたのは、他でもない……一族の『古き掟』を重んじ、来るべき時に備えていた、そこの老害どもだ!」
イツキの視線の先には、元老院の中でも特に保守的な一派の古老たちがいた。
彼らは顔色を変え、怒りに震える。
「何を言うか! 我々は一族の安寧を願ってのこと!」
黒幕の一人が立ち上がり、イツキの言葉を否定しようとする。
しかし、その声は、議場全体に響き渡る心遥の澄んだ声にかき消された。
「違う……! そんなものは、安寧でも、秩序でもない!」
心遥は怒りに拳を握り、震えながら我慢できない様子で立ち上がっていた。
その目は、恐怖も怯えもなく、ただ強い意志に満ちていた。
「研究所で、私はたくさんの人外に会いました。彼らは、苦しめられ、怯え、ただ静かに生きることを願っていました。彼らの痛みは、私自身の痛みのようで……」
心遥は、研究所で見た悲惨な光景、そして自分が彼らを癒やし、彼らが安堵した表情を見た経験を、心からの言葉で語り始めた。
彼女の言葉は、まるで澄んだ泉の水のように、議場の澱んだ空気を浄化していく。
「力は、誰かを傷つけ、支配するためにあるものではありません。痛みを知り、分かち合い、癒やし合う、共に歩むこと。それが、本当の結界師の道ではないでしょうか?」
心遥の純粋な訴えは、総会に集まった者たちの心を打った。
多くの結界師たちが、彼女の言葉に共感を覚える。
蓮が、幻が、そして暁もまた、心遥の傍らに立ち、彼女の言葉を後押しするように強く頷く。
「宵闇一族は、人外との共存を選びます。それが、この時代における我らの使命だ」
蓮司が立ち上がり、毅然とした態度で宣言する。蓮もまた、父の隣に立ち、その決意を示す。
「白鷺一族もまた、人と人外の間に架け橋を築くことを誓います」
稲荷神社の長が上げた声に、これまで「排他・管理派」に属していた結界師たちの中にも、葛藤の表情を浮かべる者が現れ始めた。
内心は一族のやり方に異議を唱えたいと思う者が多く居たのだろう。
しかし、彼らも長年の歴史に異議を唱える事を怖がっていたのだ。
心遥の言葉は、そんな彼らの心の中に、忘れかけていた結界師本来の「守る」という使命感を呼び覚ました。
真の黒幕である元老院の古老は、周囲の動揺に焦りを募らせるが、もはや彼らの言葉に耳を傾ける者は少なかった。
彼らは、長きにわたる支配と「古き掟」という名の傲慢さによって、自ら孤立していたのだ。
イツキ、研究員、そして黒幕である元老院の古老には課せられたのは、人外世界に送られるというものだ。
結界師にとっての『島流し』的な刑罰である。
「そこまで彼らと調和したいのであれば、人外世界でやってのけろ」と、厳が厳しく断罪した。
彼らは結界から人外世界へ送られる為に運ばれて行くのだった。
元老院の審議はまだ終わらない。
遂に小川親子、特に小川重光の件が議題に上る。
「小川重光は、かつて結界師一族の未来を担うと期待された者だ。だが、彼は人外の力を危険視し、その排除を唱えた。そして、今回の研究会との繋がりも明らかになった以上、その罪は看過できない」
厳が冷厳な声で告げた。
重光の失脚はすでに確定していたが、今回の研究会との繋がりによって、彼の罪の根深さが改めて浮き彫りになったのだ。
続いて、小川香奈の処遇が議論された。
「小川香奈は、神崎イツキによって利用された被害者でもある。しかし、彼女が自らの意思で蓮への執着のために、心遥を傷つけようとしたことは事実だ。その罪は重い」
蓮司が静かに語った。
香奈は、霊力と妖気で編まれた檻の中で、憔悴しきった様子でうつむいていた。
彼女の顔からは、かつての傲慢な笑顔は消え失せ、ただ深い絶望だけが漂っている。
心遥は、香奈をじっと見つめていた。
確かに香奈は自分を傷つけようとした。
しかし、彼女もまた、イツキに利用された被害者なのだ。心遥の心に、複雑な感情が渦巻く。
「香奈先輩は……彼女もまた、苦しんでいたのだと思います」
心遥が絞り出すように言った。
その言葉に、議場は再びざわめいた。
「小守心遥、何を言うか! 彼女は貴様を殺そうとしたのだぞ!」
元老院の一人が、心遥を咎める。
しかし、心遥はまっすぐにその目を見つめ返した。
「だからこそです。憎しみは、憎しみしか生みません。私は彼女を許します。私は、許すけど、蓮はどうする?」
心遥の言葉に、蓮が、静かに頷いた。
「心遥が許すなら俺も許す。だが、次は無いと思え」
厳は心遥と蓮の言葉を受け止めるように、ゆっくりと瞬きをした。
「……小守心遥と宵闇蓮の言葉、しかと受け止めた。小川重光は、結界師としての地位を剥奪し、厳重な監視下に置く。そして、小川香奈については、その罪は償わせる。だが、小守心遥の願いに免じて、猶予を持たせる事にする」
厳の決断に、議場は騒然となった。
しかし、その声は徐々に収まり、共存を望む者たちの静かな支持の眼差しが、心遥と厳に向けられた。
こうして、緊急総会は、結界師一族の大きな転換点となった。
真の黒幕である元老院の古老たち、そして小川親子への断罪は下された。
それは、過去の過ちを清算し、新たな時代へと進むための、最初の一歩だった。
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