落語のレコード④

「マライカのラップを聴くと、このレコードの話し方とは全然違うわね」アヤナは残念がる。

「確かに、このレコードは“音楽”とは言えなさそうだね」セクーが賛成する。

「そういえば、マライカ。このレコードには、“紙の入れ物”はなかったのかのう」ズベリが思い出したようにマライカにたずねる。

 マライカは残念そうに首を振る。

「レコードの内容とかが書かれた入れ物ですよね?残念ながら、このレコードはビニールに入った状態で港に届きました。レコードの真ん中に書かれている文字も、ご覧のとおり読むのは不可能です」

 ズベリは納得してうなずいた。


「なあ、これひょっとしてさ……」考え込んでいたエコンが口を開いた。

 皆の視線がエコンに集まる。

「“合言葉”じゃねぇか?」


「この長い名前が、合言葉だと言うの?」アヤナが真剣な顔でたずねる。

「ああ。無意味であるからこそ意味を持つ。関係ねぇヤツが偶然当てたりしねぇようにな。王族や貴族の館、あるいは神殿なんかに入るために必要な合言葉だったんじゃねぇかな」

「なるほど。一理あるね。このレコードは、合言葉を覚えるための“教材”だったというわけだね。だけど、何で物語にしてあるんだろう?」セクーがエコンにたずねる。


「無意味な合言葉を連呼されても、覚えづらいからじゃねぇかな。それと、合言葉が記録されていることを少しでも隠すための、カモフラージュの役割もあったんじゃねぇか?」エコンは考えながら応えた。

「斬新な考察じゃな。つまりこの物語は、覚えづらい内容を覚えるための、ロストテクノロジーの知恵というわけじゃな」ズベリがエコンに確認する。

 エコンはうなずいた。


「では、この変に“間”のある話し方は何でしょうか?」マライカが疑問を口にする。

 エコンは少し考えてから応えた。

「連続で話されると、覚えづらいからじゃねぇか?少し“間”があると、その間に頭の整理ができる」エコンも確信はない様子だ。


「わかった!」セクーが大声を出した。

「この合言葉は、言葉だけでは不十分なんだよ。話し方のリズムも含めて、合言葉なんだ!だからこそ紙ではなく、レコードに記録したんだ!」セクーは自信ありげに話す。早口になるのは、自分の考えにのめり込んでいる時の彼の特徴だ。

「おお。それはありそうだな」エコンが珍しく素直に同意する。


「ですが、“ジュゲム ジュゲム”の言い方は、レコードの中に何種類か出てきますよ」マライカが指摘する。

「ひょっとして、合言葉を使う相手、もしくは場所によって、言い方のリズムを変えていたのかもしれないわ」アヤナが美しい眉根を寄せてつぶやく。

「あるいは、逆にリズムによって、誰が来たのかを相手に伝えていたのかもしれないよ」 セクーが早口で付け加える。


「うむ。真実を確かめる術はないが、我々は一つの可能性を提示できたようじゃの」ズベリが重々しく、だが嬉しそうにうなずき、メンバーそれぞれの顔を見た。

 アヤナとセクーは誇らしげに、エコンは照れくさそうに、マライカは眠そうにその言葉を聞いた。

「今日の審議はここまでにしようかの。疲れているものもおるし」ズベリはマライカをチラリと見て、そう言った。

「では、本日の審議はここまでとする」ズベリが重々しく宣言した。



 数日後の穏やかに晴れた午後、エコンは音楽室の前を通ると、中にマライカがいるのを見つけた。

「よお。何してんだ?」エコンはマライカに声をかける。

「あ、エコンさん」マライカが元気に挨拶する。

「リーダーに許可をもらって、あの日本語のレコードを聴いていたんです。日本語の教材としてはうってつけなので」

「なるほどな。ちょっとオレも聞いてていいか?」

「もちろんです」


 二人はしばらくの間、日本語で語られる謎の物語を聴いていた。

 エコンが音を上げる。

「ダメだ。オレには、聞き取れねぇ」そう言って、頭をかいた。

 マライカがクスリと笑う。

「何だよ。笑うこたぁねぇじゃねぇか」エコンは不機嫌になる。


 マライカが笑いながら口を開く。

「違うんです、エコンさん。あたし、このレコードを聴いてると、何だか笑ってしまって」

「あん?こんなおっさんの一人語りをか?」エコンは怪訝な顔をする。

「はい。なんででしょうね」マライカは微笑む。


 エコンはため息をつくと、音楽室を出ようとした。

 その背中にマライカは語りかける。

「エコンさん。エコンさんの合言葉説は筋が通っているとあたしも思います。だけど、ひょっとしたら、ロストテクノロジーの時代の人たちは、別の目的でこのレコードを作ったのかもしれません」

 エコンは首だけマライカに向けると、

「何の目的だよ?こんな、おっさんの与太話」と言った。

 マライカは、ただ静かに微笑んだ。



 一人になった音楽室。

 マライカは、レコードに耳を澄ます。全部の言葉は理解できない。

 でも、時おり笑ってしまう。

 マライカは、500年前のロストテクノロジーの時代に思いをはせた。


(第2話:落語のレコード 了)

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