第4話 壊れた夢想曲(トロイメライ)
ゴールデンウィーク、最初のおでかけは高校の四人グループで映画鑑賞。綾乃と日菜子オススメのアニメ映画。絵がキレイで話も良かったけれど、グッズを買うほどではなかった。
私はやっぱり三次元がいいな。三次元の一葉が。
連休中に一度ぐらい会いたかったけれど……。ゴールデンウィークはインターハイの予選と重なるらしい。運動部は忙しい、らしい。会えないまま日々が過ぎて。
中三のクラスの女子同窓会があったのは、明日でゴールデンウィークが終わるという日だった。
海岸沿いの店で、ランチビュッフェ。私は出席した。綾乃も。十人ぐらいの女の子たちが集まった。
千鶴も顔を見せていた。中学卒業前に、カレと別々の高校に行くから自然消滅しちゃうかも、と悩んでいたコだ。あのときは泣きそうだったのに、カレが中学のときよりしっかり連絡をくれる、とにこにこしていた。
中学のとき野球部だったカレは高校でも野球部に入った。遅くまで練習がある。でも、毎日メッセージをやり取りする。長いメッセージは来ない。『今部活終わった』だけのときもある。千鶴は『お疲れ』『今日もがんばったんだね』と返す。カレが練習で疲れているのはわかるから、長々と返信は送らない。だけど、自分のことを忘れないでほんのちょっとでもメッセージをくれるのがうれしい……。幸せそうに話す千鶴に、
「ほらね、大丈夫だったでしょ?」
と、言いながら、私は心の奥でほんの少しいらっとしていた。
千鶴のカレが進学したのは偏差値の低い高校だから、忙しいのは部活だけで、一葉のように課題もたくさんあって大変、というわけではないのだろう。だから、カノジョにメッセージを送れるくらいに、ヒマなのだ。
ウチの学校の場合は、ゴールデンウィークは普段にも増して大量の課題が出ていた。が、一葉はインターハイの予選中で部活のオフ日はほとんどないらしい。課題の量は部活のない私でもうんざりするくらいだったのだから、一葉は部活と課題でホントに時間がないのだろう。
でも……それでも、数行のメッセージを打つ時間はあるんじゃないかな、と心の底で思う。
『インターハイがんばる』
と、送ってくれたら、
『がんばってね』
と、返事をする。それだけでいい。
『おやすみ』
だけでもかまわない。余計なことをあれこれ送って、返事を欲しがって、一葉をさらに疲れさせたりはしない。そのくらいの気遣いは、千鶴じゃなくたって、私にだってできる。そんなワンフレーズも送れないくらい、疲れているの……?
ビュッフェの時間が終了して、私たちは店を出た。このままカラオケに行こう、という誘いがあったけれど、私は断った。
「まだ課題が残っていて」
でも、同じ分量の課題があるはずの綾乃は、カラオケに行くグループに入った。
「課題、終わったの?」
感心して、こそっ、とたずねると、
「答え、写しちゃったから」
こそっ、と返ってきた。
え? と私は驚く。綾乃は、中学のとき、私よりは成績が良かった。が、城東の中ではがんばって授業についていかなければいけないグループでは……?
いいのかな、課題をちゃんとやらなくて──思ったけれど、そんな優等生っぽいことは口に出せない。逆に、
「真凛、まさか、真面目に課題やってるの?」
からかうみたいにささやかれ、
「いや、ほら、私、成績ヤバイし」
自虐っぽく笑ってしまった。綾乃は目を細めて、にやっ、とした。
だよね。頭が悪いと大変だよね。──って感じのバカにした笑いに見えて、むっとした。だけど、私の成績が悪いのは事実なわけで……。何とか自虐笑いはキープした。
そのとき、
「真凛、課題といいつつ、実は多田とデートなんじゃないの?」
カラオケに行くグループのひとりが言って、みんなが笑った。がんばって保っていた笑顔がひきつりかけた。
「違うよー。ホントに課題が終わってなくてー」
なんとかこらえて、明るい声も上げた。
心の中では、ずっと一葉に会ってないこと、メッセージひとつないことへの『どうして』って気持ちが一気に押し寄せていたけれど。
──インターハイで忙しいし、課題もたくさんあるし、仕方ないんだよ。
何度も自分に言い聞かせた言葉をもう一度強く繰り返して、不安を押し返す。
私以外にも、用事があってカラオケに行かない女の子たちが何人かいた。
バスでここまで来たコたちと、自転車のコたちがいた。私は、自転車。バス組と別れ、駐輪場へと歩いた。
千鶴が一緒だった。高校が分かれたらカレとも別れちゃうかも、と悩んでいたくせに、結局大丈夫で、ランチの間ずっとにこにこしていた、千鶴。
駐輪場に着いた。
「じゃあね」
さっさとサヨナラして自分の自転車のところに行こうとしたのだけど。
千鶴が私の腕をつかんだ。やけに真剣に私を見て、
「真凛、元気そうで、よかった」
周りには私たち以外誰もいないのに、小さな声だった。意味がよくわからなくて、とりあえず笑顔を浮かべてみた。
「同じ高校に行くから、真凛たちは絶対に大丈夫だと思ってたんだけど」
ますます意味がわからなくなる。真凛たち、って、私と誰?
千鶴は無理矢理つくったような笑みを浮かべた。
「真凛は可愛いから、多田と別れたってすぐにまたかっこいいカレシができるよね」
心臓が、どん、と波打った。
──多田と別れた? 私が?
何も反応を返せないでいると、千鶴の目にゆるゆると戸惑いが浮かんだ。そして、千鶴はハッと口に手を当てる。しまった、と心の声が聞こえた気がした。
「あ、何か……うん、じゃあ、また……」
あわてて腕から離れた千鶴の手を、今度は私がつかまえた。顔に笑みを貼りつけたまま、たずねた。
「なんで、知ってるの?」
取り乱しちゃだめだ、と必死に考えていた。一葉と別れた覚えなんてない。だけど、千鶴の中で、私は一葉と別れたことになっているみたいだ。それは、一葉からずっと連絡がないことと何か関係があるんだろうか。
平気そうにしていなきゃ。そうして、千鶴の知っていることを聞き出さなきゃ。カレと終わっていることに気づかないカノジョなんて間抜けすぎる。一葉からの連絡をゴールデンウィーク中ずっと待っていたなんて、千鶴に悟られちゃいけない。
なぜ知っているの、と聞かれて、千鶴は困った顔をした。でも、しまった、という表情は消えている。ホッとしているのが伝わってくる。そうだよね、真凛本人が知らないなんてあるわけないよね、って。
千鶴は、あっさりと話し出した。
「この間の土曜日だったかなあ、部活が終わったシュースケと駅そばのスタバで待ち合わせしたんだけどね」
シュースケというのは、千鶴のカレだ。
先週の土曜日といえば、ゴールデンウィークが始まった日だ。部活があって忙しい、と一葉が言っていた日だ。私は綾乃たちと映画を観ていた。
「私たち、道路側の席に座っていたんだけど、そしたら、お店の前を多田が女の子と並んで通り過ぎていって……」
話し出したら、千鶴の声はだんだん熱を帯びてきて。
「女の子が真凛じゃなかったから、私もシュースケも『えっ』ってなってさ。でも、カノジョ以外の女の子とだって、並んで歩くくらいはアリじゃん? たまたま知り合いにあって、行く方向が同じだったり? 多田は女のきょうだいはいなかったと思うけど、従姉妹ならいるかもしれないし?」
表情も、無責任にウワサ話をするときの楽しそうなものになってきて。
「多田は部活帰りっぽかった。ジャージを着て、スポーツバッグを担いでいた。女の子は私服で……ジーパンだったかな、目立たない感じだった。顔はよく見えなかったけど、髪は長かったよ」
このくらい、と、千鶴は手で髪の長さを示す。肘の少し上だった。確かに、私じゃない。私の髪は肩より少し長いくらいで、それをポニーテールにしていることが多い。
「……シュースケって、中学のとき、多田とは割と話してたんだよね。だから、その場でメッセージを送っちゃってさ──一緒にいるの、誰? って」
知らないうちに、両手を、ぎゅっ、と握り締めていた。──誰だよ、その女子。
「多田から返事が来たのは、その日の夜で、その返事ってのが──」
千鶴は大きく息を吸った。
「『好きな人』だったって」
好きな人? ──それ、私でしょ? カノジョの、私……。
「シュースケ、多田に『一葉が好きなの、守谷じゃなかった?』って送って、そしたら『もう違う』って返ってきたって……。シュースケ、びっくりして、すぐ私に教えてくれて、私もマジでびっくりして……」
もう違う? 私じゃない? 私じゃなければ……誰? 私は一葉の『好きな女の子』じゃなくなったの?
聞いてない。一葉は私に何も告げてない。
胸が痛い。弾けそうに痛い。
「私、真凛が落ち込んでるんじゃないかって心配してたんだよ。元気で良かった。あ、もしかして、真凛の方から別れたの? もともと多田からコクられて、つきあったんだもんね。高校でもっと素敵な人を見つけちゃったとか?」
「……そういうわけじゃないんだけど……」。
強張った唇を動かしてやっとそう言った。
私、ずっと待っていた。一葉が連絡をくれるのを。高校に入ってから、教室でしか会えなくて、だけど、私たちの関係を知らない人ばかりの教室で恋人同士の会話をするのは恥ずかしいと思って、ふたりで会えるときを待っていた。
綾乃も言ってくれたもの。──部活が忙しいんだよ。落ち着くまで、どん、とかまえて待ってあげなよ。
自分でもそう思って、ずっと待っていたんだ。一葉の負担にならないように気を遣って。
なのに、千鶴の話は私が一葉にふられたように聞こえる。しかも、私、自分が知らないうちに、ふられている?
笑わなきゃ。平気なフリをしなきゃ。目の前の元クラスメイトに、自分がふられたことに気づいていない間抜けな女の子だと思われちゃダメだ。
そういうわけじゃない、という私の曖昧な言葉に、
「ああ、まあ、いろいろあるよね」
やっぱり曖昧に応じて、千鶴は話を締めくくった。じゃあね、と片手を振って、私から離れていった。そのまま自転車に乗って駐輪場を出ていったけれど、最後、ちらっと、納得のいかない顔で私をふり返ったような気がした。
私は千鶴が駐輪場を出るまで顔に笑みを貼りつけて手を振って……千鶴が見えなくなったあとも、しばらくその場を動けないでいた。やがて笑顔がはがれ落ち、ハッと気を取り直してバッグからスマホを出した。
ひとの話なんて当てにならない。一葉に聞かなきゃ。確かめなきゃ。──一葉の好きな女の子は私だよね?
スマホを見ると、新着のメッセージが画面に浮かび上がっていた。
一葉からで、息が止まりそうになる。
着信時間を見ると、ランチビュッフェの店にいたときだった。友だちとわいわい話していて、気づけなかったんだ。
届いたメッセージはとても短かった。
『今日、会える?』
『話したいことがある』
──話?
止まりそうだった胸の鼓動が、強く、速くなる。
『話なら私にもあるよ』
指が素早く動いて文字を打ち込んでいく。
『駅前のスタバ、一緒に歩いていた女の子って誰』
いきなりのストレートな質問だったけれど、そのときはそれしか頭に浮かばなかった。自分の心臓の音を聞きながら、画面を見つめた。返信が来るまで、すごく長かったような気がしたけれど、あとで見たら、時間はほとんど経っていなかった。
最初に来たのは、
『ごめん』
の三文字。そして、
『会って言うつもりだったけど』
『別れよう』
私はスマホの画面を見つめる。見つめ続ける。
だけど、それきりメッセージは届かない。『ごめん』『会って言うつもりだったけど』
『別れよう』……これで終わり?
信じられなかった。
つきあっちゃう? と言ったのは一葉の方だ。いつも優しくて、模試の成績が悪かったときは公園の広場で頭を撫でて励ましてくれて……。
スマホの画面が暗くなった。一葉からのメッセージを受け取れないまま。
怒りが込み上げて、私はスマホをきつく握りしめた。
何これ、私が浮気されていたってこと? 何も知らないで連絡を待っていた私、馬鹿みたいじゃない?
ゴールデンウィークは明日で終わる。明後日になれば、学校で一葉に会える。同じクラスだから、一葉は逃げられない。
このままでは済まさない、と思った。別れよう、のひと言で終わらせたりしない。別れる理由を問いただす権利が、カノジョの自分にはあるはずだ。
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