八章
8
二階 調理室、管理室
勝野はタブレットの画面でエレベーターの入り口の監視カメラの映像を見ていた。一階にあったエレベーターの位置を示すライトが、移動中に変わった。ハッキングは間に合わなかったようだ。
表示は二階で止まる。エレベーターホールには五名、殺し屋と私兵を待機させていた。
エレベーターのドアが開いた。刹那、無数の銃弾がドアを襲う。エレベーターホールが爆発した。爆発物の扱いを得意とする殺し屋が、仕掛けた爆弾を起爆したのだ。
「どうだ!? 確認しろ」
ホールの五名を指揮していた三十代ほどの私兵が叫ぶ声がタブレット越しに聞こえた。二名が煙の残るホールへ向かった。その頭が吹き飛ぶ。再び銃撃が始まる。煙の中から、盾を構えたマフィアが現れた。こちらの銃撃も爆風もこれで防いだのだろう。エレベーターの欠点をよく理解している。
軽くため息をついた勝野は言った。
「全員、接敵用意。ホールは突破される」
二階、管理室の最も奥まったとこにあるボイラー室の物陰に、殺し屋と私兵が散らばった。
※
私兵の東は、イタリア製のセミオートマチックショットガン、ベネリM4を構え直し、ドットサイト越しに入り口を捉えた。調理室に配置された三人の私兵は、奥側の、調理台や何に使うかはよく分からない調理機械の物陰に身を潜めていた。
入り口には、スーツを着崩した眼帯の男とジャージ姿の青年が立っており、奥に来いと呼びかけても聞かなかった。眼帯の男は日本刀を腰に下げ、ジャージの青年は中国製のトカレフ、黒星を両手で構えていた。指揮系統が違うとはいえ、同じ組織の者とは到底思えない装備の差だった。
まず足音が聞こえた。そして何かを話す声──中国語だ。眼帯の男が鞘から刀を抜いた。顔をスカーフで隠したスーツの男が見えた。眼帯の男が反応し、銃を持った腕ごと切り落とし、胸に一刺しして無力化する。途端に入り口が騒がしくなった。数人のスーツの男と殺し屋二人が乱闘を繰り広げている。度々聞こえる銃声は敵のものか、ジャージの青年の黒星によるものか。劣勢ながらに殺し屋たちは健闘しているが、少しずつ押されてきていた。
東の隣にいた、スイス製の拳銃、SIGP220を構えていた私兵が援護射撃を始めた。四十五口径のサブマシンガン、クリスベクターを持つもう一人の私兵も同様に発砲し始める。東の持つショットガンに入れている弾は広範囲に小さな球をばら撒くダブルオーバック──散弾だった。誤射の危険が高く、迂闊に撃つことはできないため様子を伺う。眼帯の男は五人目の敵を切り殺し、次のターゲットに向かった。敵はサブマシンガンで刃を受け止めた。突如として爆竹のような音が三回響いた。
「くそっ……!」
一瞬だった。刃を振り上げたことで隙が生まれ、その腹部にそばにいた別の敵が鉛玉を喰らわせたのだ。眼帯の男はゆっくりと倒れ込んだ。中国マフィアの戦闘員がその亡骸を蹴り倒す。
「ケンジさん!!」
やや後方にいたジャージ姿の青年が悲鳴を上げた。その肩に弾丸をくらい、悲鳴は絶叫に変わる。
東は叫んだ。
「おいガキ! こっちまで走れ!!」
振り向いた青年の頭が吹き飛ばされた。これで誤射の危険は無くなった。東はベネリM4をしっかりと体に固定して散弾をばら撒いた。次々と敵が吹き飛ぶ。私兵たちの弾幕を避けて、一人敵が走り込んできた。クリスヴェクターを持った私兵は敵が突き出してきた匕首の刃物をかわし、銃を手放し、そばにあった冷蔵庫の扉を開いて思いっきり叩きつけた。
「これ使え!」
東が奥の敵をベネリM4で牽制しつつ、調理台のフライパンを投げてよこした。両手でキャッチし、よろめく敵に何度も叩きつける。再び銃を手に取りとどめを刺した。
「東さん! これ使います!?」
SIGを持っていた私兵が包丁の入った引き出しを見つけた。何本か取り出し、銃撃の合間に投げつけ、敵のリズムを崩す。そばにあった調味料の瓶も投げつけた。敵の弾がクリスヴェクターの私兵の体に何発も刺さった。もんどり打って倒れた彼の姿をみとめた東は、残ったSIGの私兵に向かって言う。
「油を探せ!」
腰につけたホルダーからショットシェルを何発か掴み、銃に装填する。敵の数はます一方だ。いくらショットガンの弾幕とはいえ、捌ける量には限界がある。それに、敵の中には防弾チョッキを身につけダブルオーバックの散弾をものともしないものもいる。
「くそがぁ!!」
八発を一気に連射して撃ち切った。再びホルダーに手を伸ばす。もう弾はなかった。
「ちくしょ──」
悪態をつこうとした東の頭を敵の一人が撃ち抜いた。
残された、SIGを持った私兵は東が頭を撃ち抜かれ倒れるのを見た。急いで床に油を撒き終え、ライターを取り出した。目の前に敵が迫っていた。SIGを見当もつけず片手で連射する。敵の攻撃が弱まった隙に火を放った。あたり一面が火の海になる。
「勝野さん、自分以外全滅しました。調理室放棄!」
無線で連絡を入れた私兵は管理室に向かって走った。
※
五階 指揮所
監視カメラのモニターを見つめる奥田は深くため息をついた。勝野がゲリラ戦を展開している二階はマフィアが優勢だった。全滅するのは時間の問題である。それに、奥側まで追い詰められていたら敵はそれをスルーして三階や四階、もしかすると王を拘束しているここ、五階まで一気に来る可能性もあった。
第三波か四波の敵がエレベーターに乗り込むのが監視カメラの映像で見えた。
その時、ハッカーの新見が叫んだ。
「やりました! エレベーターのシステム掌握!!」
奥田はすかさず返した。
「すぐに停止しろ!」
エレベーターは二階と三階の間で停止した。この中にいる敵は当分出てくることができないだろう。
「……っ! ダメだ!」
新見の隣にいたハッカーが呻いた。
「どうした!?」
「あいつら階段のバリケードを突破しました。おそらく三階に行きます」
※
二階から三階へ通じる階段に二名の殺し屋と、一名の私兵がいた。私兵は下の階から上がってきた若手から受け取ったインドネシア製のアサルトライフル、ピンダッドSS2の弾層を抜いて、残弾を確認した。
足音。ドットサイト越しに、半分見える踊り場に狙いを定めた。
顔が見えた。銃がこちらに向けられる──敵。引き金を引いた。
隣の殺し屋達が闇雲に銃を撃ち始める。
無線で接敵を報告して、銃を構え直した。
踊り場から出てくる敵の数が増えてきた。
階段の影、異様に大きな口径の銃を持った男。
──グレネードランチャー。
「くそっ、退がれ──」
私兵の声は爆風にかき消された。
※
三階
非常階段の方から銃声が聞こえた。少し間をおいて、私兵の声が無線から聞こえてきた。
『コンタクト!』
散発的な銃声が響いてくる。村越はCZスコーピオンを正面に構えた。部屋の入り口にはm870を持った高野も待機している。
「まだ撃つなよ」
廊下の反対側の部屋に身を隠す野村が言った。
どこかで爆発音が響いた。
「存在を悟られ──」
廊下の奥、階段に通じているであろう通路から弾丸が飛んできた。
「来たぞ!!」
野村がフルオートのガリルACEで弾丸をばら撒いた。イスラエル製のアサルトライフルから弾丸がリズミカルに吐き出される。
「殺し屋は!?」
村越が叫んだ。
「まだだ、もう少し引きつける! なあ国崎さんよ、準備は?」
村越に応じた野村は後ろにいるトレンチコートを纏った殺し屋に尋ねた。
国崎は無線で何事か言った。少しの間。
「問題ない」
「そりゃいい」
野村は向き直り銃撃を再開した。
銃声の中に重く、大きな銃声が混ざってきた。
撃ち切ったCZスコーピオンの弾倉を交換するため部屋の中に戻った村越に入れ替わり、高野が戦闘に加わったのだ。
リズム良く吐き出されるダブルオーバックの散弾が敵の歩みを止めた。
「一気に叩くぞ。滝、スモーク。村越、二秒後にグレ入れろ!」
滝がスモークを投げる。たちまち、辺りは灰色の煙に包まれる。
二秒。
村越はピンとレバーを飛ばし、グレネードを投げた。
煙の中に、閃光と爆発。敵が歩みを止める。
「国崎!」
再び野村の声。国崎が応える。
その声が聞こえた刹那。
廊下の前方、両側にある部屋の扉が一斉に開いた。
中から飛び出してくる大量の殺し屋。全員手には近接武器を持っている。
「私兵! 誤射に注意しろ! ショットガンは撃ち方やめ!」
喧噪の中で野村の声が良く通る。
廊下は一瞬で阿鼻叫喚と化した。防弾チョッキやらヘルメットやらで重武装の毒牙は格好の標的になった。撃ち合いでは歯が立たなかった連中に、近接戦闘では殺し屋が善戦している。
「発想の違いか……」
装填しに部屋へ戻る高野と入れ替わりに銃を構えた村越は独りごちた。
しかし、流石はプロである。数名の毒牙と戦闘員がナイフや拳銃で応戦し始めた。
両手にピッケルを握った殺し屋の首をかき切った毒牙が一気にこちらへ距離を詰めてきた。
野村達は奥の乱闘に集中している。
村越はとっさにフルオートを指切りで制御しながら応戦したが、それをものともせずに毒牙は飛びかかってきた。振りかざされたナイフを銃で防ぐが、蹴り飛ばされる。
ナイフが再度振りかざされた。とっさに躱す。頭の真横の床に突き刺さった。そのまま組み付こうとするが、重装備でただでさえ良い体格をしている相手を拘束できない。
「村越!」
頭上から高野の声が聞こえた。
左手でナイフを押さえつつ、右手で敵の顎を捉え、上へ持ち上げた。
敵の頭が間髪入れず吹き飛んだ。
「高野、助かった」
「気にすんな、次が来るぞ」
取り落としていたCZスコーピオンを拾い上げる。
※
一階 ボイラー室
倒れ込んできた殺し屋の体を支えた。死んでいる。
そのまま盾にした。近くにあった機械の裏に滑り込んだ。
勝野はからになったグロックのマガジンを捨て、腰のベルトに手をやった。
もう弾倉は残っていなかった。
蜂の巣になった殺し屋。手にはクロスボウが握られていた。
アサルトライフルを持った敵には心許ないが、ないよりマシだった。
コートの下に束ねられた矢が数セットあった。手当たり次第つかんでポケットに突っ込む。
クロスボウに矢がセットされていることを確かめた。
遮蔽から僅かに身を乗り出す。視界に入った敵。申し訳程度のサイトで狙い、撃った。
銃とはまた違う独特な反動。矢は、敵の防弾チョッキにあっさりと弾かれた。
敵の弾幕の応酬。腕を弾がかすめる。
矢を一つとり、装填した。
真横に現れた影──敵。撃った。
今度は守られていない首から顔を正確に狙った。矢は敵の首元に深々と刺さり、無力化した。
いくら倒しても敵は減らない。いや、減ってはいるがそれ以上にこちらが削られている。
「勝野さん! 自分を入れて残り二名です!!」
部下の児島が叫んだ。
その頭が吹き飛ばされた。
矢を装填した。
何か、固い音がした。足下。
手榴弾。
炎と爆音に包まれた。
※
三階
敵に狙いをつけ、引き金を引いた。相手はもんどりうって倒れる。
その時だった。辺り一面、暗闇に包まれた。
「ブレーカーか?」
「ってことは勝野さん達のところがヤバいってことだ。ブレーカーは一階のはずだぜ?」
弾倉を交換する。高野の言うとおりだ。
ただ──。
「いや、今はこっちに集中するぞ」
「あぁ」
再び廊下に顔を出した。先ほどとは景色がうって変わって黒くなっている。その代わり、敵味方のマズルファイアがはっきりと映し出される。
まるで花火を思わせる鮮やかなオレンジ。しかし、これだとまずい。簡単に位置がばれる。
その不安に答えるように、野村から無線が来た。
※
「消火器! 今だいけ!」
数分後。野村の指示が実行される。
野村の声に、事前に廊下から回収していた消火器を抱えた滝が反応する。
安全ピンを外し、廊下に向かって遠慮無しに噴射し始めた。
辺り一面白い消火剤の粉末に包まれる。即席の煙幕だ。
村越と高野は事前に野村から指示された通り、口元をタオルで覆い、サーマルビジョンを装着していた。
同じような装備の私兵が反対側でも銃を構え、一斉に射撃を開始する。
敵は煙幕で視界不良なのに対し、こちらは熱源を利用し一方的に撃つことができる。
民間用の安価なゴーグルだが、狭い室内で使う分には事足りる。
敵は殺し屋達が飛び出てきて、今や空室となった部屋へ避難したようだ。
「あいつらビビって逃げたか?」
「いや、あっちも暗視装置を持ってるかもしれん。光を増幅する類いのだと良いんだけどな」
野村の返答に私兵は再び廊下の奥へ集中する。
弾丸が飛んできた。先程より正確だ。それに数も増えている。
『勝野班全滅。戦線は三階へ後退』
無線が聞こえた。ここが最前線だ。
やがて、煙幕が晴れてきた。
爆発。
目の前が真っ白になり、慌ててゴーグルを外す。爆発物は熱を発するためサーマルゴーグルには大敵だ。
見れば、国崎とかいう殺し屋と、野村が死んでいた。
野村達がいた部屋の奥で弾倉を交換していた私兵──滝が出てきた。
「村越! グレネードランチャーだ!」
「分かってます!」
叫び返して、撃ちまくる。
なかなか当たらない。
缶のようなものが高速で飛んできた。廊下の奥が爆発する。
無数の破片が飛んでくる。HEグレネード──対人用。相手の殺意はお墨付きのようだ。
その時、辺り一面に雨が振り出した。
「スプリンクラー……」
高野の声。
照明も復旧する。
サーマルや暗視装置をつけた敵の動きに動揺が見られた。スプリンクラーの水滴に光が反射し、光を増幅する暗視装置には簡易的な目潰しになる。
追い打ちをかけるように、廊下の奥──敵の背後からから、いくつもの銃声が聞こえてくる。
『三階班。撃ち方待て』
無線。
瞬く間に村越達の目の前の敵が崩れ落ちていった。
「私兵か? 味方だったら銃を先に出してから姿を見せろ」
声が聞こえてきた。長く続いた銃声で音が僅かにくぐもって聞こえる。
銃を右手に持ち、廊下の先に突き出した。
それから、ゆっくりと立ち上がる。
「……! 向井さん!」
「何人死んだ?」
反対側の私兵に目線をやる。滝は村越や高野より年上の私兵だ。
経験が何よりもものを言う戦場では現場指揮官が死んだ際は生き残りの中で一番年上の人間がその後の指揮を引き継ぐよう、村越達私兵の間では教育が徹底されている。
「殺し屋はほとんど。私兵は野村さんと木戸です」
「木戸は踊り場にいたな。確認してる。野村から装備を回収して四階へ撤退する。迎え撃てる人間全員を一点に集中させて時間を稼ぐぞ」
「時間……。なんのために稼ぐんですか?」
村越はつい口を挟んだ。
「敵が想定以上に多い。いずれ押し切られるだろうな。このホテルを捨てる」
「えっ、良いんすか?」
「このホテルを墓場にするよりましだ──」
銃声、階段の方から轟いた。
「倉田。手加減するな。爆発物も惜しまず使え」
『了解』
「おい」
廊下の奥から向井へ視線を戻す。
「もたもたしてると階段を塞がれる。行くぞ」
「はい」
敵の死体で埋め尽くされた廊下を通り、踊り場へ。非常階段の扉を若い私兵が開けた。
中から無数の銃声が飛び出してくる。
階下。押し寄せてくる人の波に五、六人の私兵達が集中砲火を浴びせている。
肩を叩かれた。
「構うな。早く行け」
背後で、一際大きい音が轟いた。
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