私の宝石が異世界最強だったので、のんびり暮らすことにした

シプリン

【プロローグ:前】

『次は――、終点です。お忘れ物のございませんよう…』


 そう聞こえた気がして、眠りこけていた私はゆっくり目を開けた。

 よく寝たなと思いつつ周囲を見やると、電車内には既に誰もいない。


(うわ、ヤバイ)


 早く降りないと。

 確かこの時間は折り返しではなく、車庫に入るはずだ。慌てて移動した車内が何だか薄暗いように感じたが、きっと節電中なんだろう。


 そして扉を出て降り立ったそこは、見慣れた駅のホームではなかった。


「…………は?」


 目の前には見渡す限り、深い緑が美しい森の中の景色が広がっていたのである。




 振り返っても、電車はいなかった。

 360度、森しかない。人の姿も声もない。鳥の声は聞こえる。

 呆然となりながらスマホを見るが、圏外だった。


 これってもしかして、流行りの異世界転移だったりして?


 漫画を比較的よく読むアラサーの私は、そんなことを考えて必死に平常心を保とうとする。流行りと言っても創作の話であって、現実に流行ってるなんて聞いたこともないが。

 私もそんな体験してみたいとか思ったこと何度もあるけど、安全第一が絶対条件ってお願いしてたよ。誰にって神様に。


 とりあえず、こんなところに留まっていたくない。

 電車がいたであろう方向に一歩進んだ時、木々の間から何かが飛び出した。


「ひっ…!」


 喉の奥で小さく悲鳴を上げる。体が勝手に大きく震えた。


 現れたのは、いかつい人の顔をしたライオンっぽい動物。

 コウモリのような翼が生えていて、蠍みたいな尻尾が揺れている。


 知ってる、これ。マンティコアって言うんだよね。

 伝説上の生き物だったはずだけど、何で目の前に?


 …などという現実逃避はそこまでだった。

 マンティコアが、ギロリとこちらを睨んだのである。


「!!!」


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、助けて助けて助けて助けて助けてえええええ!!!!


 硬直した体は、悲鳴すら飲み込む。

 呼吸が極限まで細くなる。


 そしてじわりと涙が滲んだその時、私の手元から眩い光が一直線にマンティコアに向かった。

 同時に私を囲うように薄い膜のようなものが現れる。


「!」


 伸びた光は一瞬にしてマンティコアを包み、マンティコアとともに消え去った。それに伴い、淡い光の膜みたいなのも霧散する。


 呆気にとられて残された景色を眺めるが、そこには当初の静かな森があるだけ。

 じっと周囲を窺ってみても、何の気配も感じない。まあさっきだって、何も察せられなかったけれど。


 自分の呼吸が大きくなっていることに気づき、ひとまず危機は脱したようだと深呼吸した。深呼吸ってこんなにリラックスできるものだったんだな。


 改めてマンティコアがいた辺りを見やると、地面がきらりと光って目を凝らす。何となくまだ近づきたくなくて、足は動かない。


 小さくて赤いものが見える。何だろうか。

 そう疑問符を浮かべた瞬間、目の前にポンと画面のようなものが出現した。


「ひょわっ!」


 驚いて体を逸らせたが、画面はそのままの位置にある。半透明のそれには見やすい文字で、


【宝石名:ガーネット 魔力量:4800 魔法傾向:情熱】


 と記されていた。


「何これ、ステータス?」


 いやいや、何言ってんだ私。

 咄嗟に口を吐いた言葉に、すかさず自ら突っ込みを入れて頭を振る。


 さりとて画面は尚も存在し続けていた。

 ここは本当に異世界なのかもしれない、という気持ちが強くなる。そう思ってしまってもおかしくない状況だ。これで夢オチでしたとか言われたら怒る。


 ごめん嘘。怒らないから夢だと言ってくれ。


「………」


 なんて願ってみるも、誰の応えも返ってこない。

 私は知らず溜息を吐き、再び目の前に意識を向ける。


(このステータス、あの赤いやつのことだよね)


 画面を避けるように首を傾けて向こうの地面を覗くと、画面はパッと消えた。


「??」


 あれっ、消えた。もしかして夢なのかな?


 ありがたい可能性が見えて気分が上がると、今度はちょっと不思議体験が惜しくなる。現金なものだ。何かしらのチート能力に目覚めたかと期待した気持ちは、まあ否定しない。二次元いいよね。ここはしっかり三次元だけど。


 しかし『もう見れないのか』としょんぼりしたら、また画面が目の前に現れる。内容は同じ。そこで私は漸く、このステータス画面が私の意思で表示されることを悟った。

 マジか、やっぱりチート能力なのか。超便利。


 いや待て、どう便利なんだ。使い道が分からないぞ。宝石名はともかく、魔力量と魔法傾向って何ですか。普通、宝石に魔法なんて付いてませんよ。


(ん? 宝石?)


 そこで私はハッと気づいて自分の手を見る。


 一人でお出かけ途中だった私の左手中指には、パープルダイヤの指輪が嵌まっていた。ついでに首には、パープルサファイアのペンダントをしている。どちらも惚れたルースでオタク資金を注ぎ込み、好みのデザインでジュエリー加工してもらったお気に入りだ。


 私は漫画も好きだが、一番オタク的なのは宝石に対してだった。


 で。

 見えるステータスが宝石についてかつ魔法ということから察するに、さっき発光したのは恐らくこのパープルダイヤだろう。ステータスが見たいと念じると、先ほどと同じくポンと画面が出てくる。


 そこには、


【宝石名:パープルダイヤモンド 魔力量:7500万 魔法傾向:王者】


 とあった。


 サファイアのほうは、


【宝石名:パープルサファイア 魔力量:875万 魔法傾向:防御】


 になっている。


「王者…?」


 防御は納得した。多分あの膜はサファイアが魔法で作ってくれたもので、要するにバリアだったのだろう。しかしマンティコアを攻撃したダイヤの能力が王者とはこれ如何に。

 確かにダイヤモンドは宝石の王様だが、魔法の効果という感じが全くしない。ガーネットの『情熱』も意味不明だし。

 そしてガーネットと魔力量の桁が違い過ぎるんですけど、どういうことなの。


「うわ、おっきい」


 そしてめっちゃ美しい。

 意を決してガーネットに近寄り拾い上げると、透明度が高くて綺麗な、正面が2センチほどあるルースだった。宝石を見慣れたオタクと言えども、庶民の私には十分大きく感じる。そしてめっちゃ美しい。大事なことなので二回言った。

 赤いガーネットは比較的安価だが、これだけ大きくて美しければ、私では容易に手が出せない値段になるだろう。私が買うのは大抵、小さなサイズの宝石(それでも種類や質によっては高い)だったから。


 そうだ、こういうのをドロップって言うんだよね。ゲームはやらないので詳しくは知らないが、漫画でよく見たのを覚えている。モンスターを倒すとアイテムを落としてくれるってやつだ。それなら、ドロップ品を買い取ってくれる場所とかがどこかにあるはず。そこで換金して、何とかこの異世界を生きられるようにしなければ。


 と、そこまで考えてふと我に返る。


(人間の適応能力凄くない…?)


 私が漫画鑑賞の趣味もあったからだろうか、こんなにすんなり馴染めるのは。

 いやいや、馴染んでなどいない。これらはまだ全て私の想像なのだから。


「帰りたい。電車で」


 そう呟いて天を仰ぐと、木々の向こうに綺麗な青空が見えた。

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