第1話『冒険者ギルド』

​ ほんの半年で俺の日常は完全に壊されてしまったのだろうか。いや、そうじゃない。


​ 俺が日常だと信じていたモラトリアムの日々は、徐々に狂気に侵食されていたのだろう。そもそも何気ない日常なんて、俺には存在していなかったのかもしれない。そう、俺が気づいていなかっただけで⋯⋯。




――――――――

​【半年前:行きつけの冒険者ギルドにて】​


 いつもの冒険者ギルドへ入る。今日はお目当ての受付嬢の女の子がいるようだ。ラッキー! ちょっとギャルっぽくてノリが軽くてかわいい。性格も良い。いわゆるオタクに優しいギャルってやつだ。


「いらっしゃいませ~。銀ランクの冒険者様! ようこそおこしくださいました~。私でいいですか~? いつもありがとうございます! ふふふ。ではお席までご案内しますね~」


 ここのギルドに通い詰めて早一年。ついに先週銀ランクへ昇格したのだ! 銀ランクに昇格すると何がいいかというと、好みの受付嬢の子に、最初だけ一緒に席についてもらえるという特典がある! これ最高。


「冒険者様~、本日はどうされますか~? クエストを受けられますか~? それとも、ご飯にされますか~?」


 少し鼻にかかった甘ったるい声がかわいい。声を聴いてるだけで癒される。名前はるうちゃん。

 

「うん。実は後からツレが来るんだ。ビールとあと何かつまめるものをお願いします」


「は~い。ええと、わたしもなにか飲んでいいですか~?」


 ええ、そういうシステムです。


「いいよ。好きなもの頼んじゃってください」


 お財布様は遅れてやってくるから大丈夫。安心。


「は~い。じゃあオレンジジュースいただきますね! 持ってきま~す」


 そう言って、るうちゃんは奥に引っ込んでいった。


 苦節一年。銀ランクまでの道のりがまあ長かった~! しかしその甲斐あって、こうして、るうちゃんとお喋りすることができる。『冒険者』冥利に尽きるというものだ。


 金ランクまでは、まだまだ気の遠くなるような時間がかかる。このギルドには数名しかいないと言われている伝説級の存在だ。


 真偽は不明だが、金ランクになると好みの受付嬢とダンジョンデートができるとかいう噂もある。もし本当ならうらやましい限りだ。


「おまたせしました~」


 るうちゃんが飲み物とつまみを持って戻ってきた。


「じゃあ乾杯しましょっか。冒険者様、おつかれさまで~す! かんぱ~い!」


 カチリと軽くグラスを合わせてビールを喉に流し込む。く~う。かわいい子を見ながら飲む酒はうまし!


「うまい! かわいい子を見ながら飲む酒は、うまい! うまい!!」


「何言ってるんですか~! もう。炎柱さんみたいになってるじゃないですか~」


 さすがはオタクに優しいギャル、マンガのフリにもバッチリな対応だ。


「だって、るうちゃんとお喋りするために、頑張って銀ランクになったんだから」


「そうなんですか~、うれしいっ! ありがとうございま~す」


「あの鬼のマンガ好きなんですか?」


「はい! 霞柱くんが大好きなんです! めっちゃかっこいい~」


「そっか。俺、たまに霞柱に似てるって言われるよ」


「ほんとですか~?」


「うん。いや、ちがったわ。霞ぐらい存在感がないねって言われただけだったわ」


「何それw うける~w でも冒険者さん、霞柱くんには似てないけど、顔かっこいいですよ~?w」


 るうちゃんは優しいな。こんなつまらん話にも乗ってくれる。いや、これが銀ランクの力か! 銀ランクになってほんとよかったわ。


「そういえばさ、TDAに新しいアトラクションできたでしょ。チクアミ無双だっけ? 刀でモンスター倒すやつ。るうちゃんあれも好きそうじゃない?」


「はい! あれめっちゃおもしろそうですよね~。行きたいんだけど、まだ行けてないんですよね~」


 おっ! ちょっと試しに打診してみるか。


「ほんと? 俺もめっちゃ行きたいんだよね。じゃあさ、今度一緒に行こうよ! 空いてる日ないの?」

 

「ええ~。う~ん。そうだな~、どうしよっかな~。店外禁止だしな〜。そうだ! 今うちのギルドでキャンペーンクエストをやってるんですよ〜。それをクリアできたら、内緒で一緒に行ってあげてもいいですよ〜」


 なんだと!? そんなもんやるしかないだろう! 即断即決、兵は神速を尊ぶだ!


「やるよ!」


「早いなw オッケ〜で〜す。じゃあこのタブレットでちょっとしたゲームをやっていただきます〜。『迷宮突破チャレンジ』って言う、うちの店長が作ったクイズゲームなんですけど〜、選択式のクイズを解いて、ダンジョンを進んで行って、一番奥のお宝をゲットすればクリアで〜す」


 店長なに気にすごいな。ていうか、俺にピッタリの形式のゲームじゃないか! 俺の『絶対に道に迷わない』というチートスキルがあれば、こんなものは楽勝だ。ゲームとは言え、道を進むのだから発動条件は満たしてるだろう。るうちゃんとのTDAデートはもらったも同然だ!


 ⋯⋯。しかしこんなあまりにもアホな理由で、他人においそれと自分のスキルを知られるのはまずい。できるだけ自力で解くことにしよう。


「おっけー! じゃあお願いします!」


「なんか自信ありそうですね〜w ちなみに問題は50問あります〜。これまでクリアした人はいませんよ〜。制限時間は20分です。頑張ってくださいね〜w」


 なんだよ! 鬼畜仕様かよ! 制限時間がけっこう厳しいな。あまり考えてる時間がない。



―――――――――――――――――――――

(第1問)チクアミダンジョンを攻略した伝説的な英雄は誰でしょう?


A. 織田信秀

B. シャクムーン

C. 永倉竹阿弥

D. 沢村栄治

―――――――――――――――――――――


 最初は簡単なのね。これは『C. 永倉竹阿弥』だ。正解だ、次。

 


――――――


 50問多いな⋯⋯。でもスキルなしでもサクサクいけるぞ!


「順調ですね〜! その調子です〜w あと2問、2分切りましたよ〜!」


 るうちゃんが応援してくれている! いや、煽っているのか? どっちでもいい。クリアするだけだ!


―――――――――――――――――――――

(第49問)直感で選んでください。正解の道はどっち?


A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、N

―――――――――――――――――――――


 ここに来て運ゲー!? 選択肢が多すぎる! 仕方ないな。スキル使うしかない。よし! 『N』だ!

 当然正解! 次、最後の問題だ。


「冒険者様~、すごいすごい! 今のノータイムで正解なんてすごすぎます! あと1問ですよ〜! 頑張ってください〜!」



 任せろ! 俺はやる時はやる男だ!



―――――――――――――――――――――

(第50問)

  制御不能になったトロッコが線路を暴走しています。トロッコの進行方向の線路上には5人の人間がいて、このままでは轢き殺されてしまいます。

 ​あなたは線路の分岐器(ポイントレバー)の近くにいます。​レバーを切り替えた場合、5人は助かります。しかし、切り替えた先の待避線には1人の人間がいて、その1人が犠牲になります。

 ​あなたはこのレバーを引くべきでしょうか、それとも引かずに傍観すべきでしょうか?


A. レバーを引く

B. レバーを引かない

―――――――――――――――――――――

 

 ちょっ、トロッコ問題かよ! こんなもん正解ないじゃん。どうしよう。Aか? 5人救った方がいいのか? どうする?


「レバーを切り替えた先にいるのは、わたしかもしれませんよ〜w どうしますか〜?w ぴえんになっちゃいますよ〜」


 そんな揺さぶりやめて! るうちゃん実はドSかな!? マジでどうしよう。あと1分切った!




――――――


 と、いいところで、背後から忍び寄る視線を感じる……。


「ここにいたのね!?」


 不機嫌そうな本日のお財布様が来た。幼馴染の芹沢ちゃんだ。


「あっ⋯⋯。遅かったね、先に飲んじゃってるよ」


 ……。 


「お連れの冒険者様ですね~。お飲み物はどうされますか~?」


「もう出るから!」


 きょとんとする、るうちゃん。


「いまいいとこだから! 最終フロアに挑んでるところなんだから!」


 当然の抗議だ。今クライマックスなんだよ! 時間がないんだ。こんな横暴が許されるものか!


「仕事の話をしたいから。ちょっとここじゃ無理だから」


「いやいや待ってよ! もうちょっとで終わるから! それに俺、銀ランクだよ」


「知らん! お姉さん、お会計!」


 有無を言わさぬ感じ。金ランク級の圧力に屈した俺は、名残惜しそうに、るうちゃんを見る。


「は~い。4800円になりま~す」


 ビジネスライクっ! そして高いっ!


「じゃあ行くよ!」


 ひったくるように伝票を取った芹沢ちゃんに引きずられ、しぶしぶ『冒険者ギルド』を後にすることになった。


 るうちゃんが小さく手を振ってくれている。優しい。くそっ! また来るからね。俺は泣いた。

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