第109話 殺生石・妲己・玉藻前の”真実”

 崇徳すとく天皇が現代で怨霊として蘇り、なんとかそのたたりを鎮めた、その夜。

 床に就いた沙世は思いを巡らす。


 現代で平安の世と呼ぶ時代。

 崇徳すとく天皇も、九尾の狐・リコも同じ時代を生きた。

 さらに共通しているのは、彼らが怪異として世を乱すことになった”引き金”の存在である。


 それはやはり邪神の”干渉”と”指令”だったのか。

 沙世はリコに直接確認することにした。



 * * *


 沙世の夢の中。いつも通り青白いもやの中、沙世がたたずむ。

「リコ……。聞きたいことがあるの。出てきて」

 


 しばらくすると、いつものように幼い姿の九尾の狐・リコが靄の中から現れた。


《……またか小娘。……今度は何の用だ?》

 そしていつものように尊大な態度。



「何よ。今日はいつもに増して機嫌悪いじゃない。」



《……前回、我の話の途中で勝手に出ていっただろう》

 やや恨めしそうに沙世を横目で見るリコ。



「あ……そうだったけ……ごめんなさい。、もしかして……ねちゃったの?」



《……ふん。人の子と一緒にするな。少し眠いだけだ》



「ごめんー。 あのね、リコは崇徳すとく天皇は知ってるでしょ?」



《無論だ。かつて強大な力を持った怨霊。それが現代に復活し、そしてお前たちが先ほど、鎮めた。 ……なんだ、自慢でもしたいのか?



「さすが、よく見てるね。 でも自慢したいとかじゃない。

 京都の東山に大きな魂の欠片のは知ってるでしょ?

 崇徳すとく天皇がまつられている安井金毘羅宮やすいこんぴらぐうに」



《そのことか。 ようやくを回収できるのだな。

 それは喜ばしいことだが、お前が宿す魂の欠片よりもはるかに大きいぞ?》



「魂の過半を持つものが主導権を握る、もちろん覚えてるよ。

 それは何とかする。ダメなら残り全部の欠片を集めて、わたしを優位にしてから取り込むから」

 沙世の目はじぃっとリコを見つめたままだった。


 「——を聞きたいの。崇徳すとく天皇も”偶然とは思えない”って仰ってたの」



 沙世の言葉に、リコはじっと彼女を見据えた。

 青白い靄の中、その瞳がゆっくりと細められる。



《……お前たちが室町と呼ぶ時代——我を封じた殺生石せっしょうせきが砕かれたときの話を聞きたいのだな?

 我が魂は幾万の欠片に砕け散り、多くは霧散むさんした。

 だが、残った欠片のひとつ……いや、“最も大きな一つ”が、京の東山にあるのは、。》


——短い沈黙。


《欠片に、我自身の”意思”を宿してな。》



「えっ……、石を砕かれて、飛ばされたんじゃないの?」



《我はそのとき……ほんの一瞬だけ、欠片に“意思”を与えたのだ。

 最大の欠片だけは、京の都・東山の崇徳院すとくいんの霊体の元へ飛べ、とな。》



 沙世は息を呑んだ。

 もやの流れが一瞬止まり、空間全体がリコの声に支配されたようだった。



「どうして……?」



 リコは目を伏せ、しばらく沈黙した。

 その表情には、いつもの傲慢さではなく、わずかな痛みがあった。



《……玉藻前たまものまえとして、崇徳院すとくいんの父・鳥羽上皇をたぶらかし、結果としての者を絶望に追いやったのは、他ならぬ我だ。 その因果いんがが、ずっと心に刺さっていた。

 そしての者こそが我が魂の欠片の保管を任せられる”強さ”と”慈愛”を持っていた。

 それだけだ。》



「……それだけって……」

 沙世は思わず目が泳いだ。胸の奥が、少し熱くなる。

 ”悪”とされてきた存在に、こんな言葉を聞かされるとは思わなかった。



 もやの奥で、リコの九本の尾がゆるやかに揺れた。

 その光は、どこか懐かしく、あたたかかった。



「……じゃあ、崇徳すとく天皇のもとに飛んだのは、偶然じゃなく、あなたの“善意”だったのね」



《ふん。”善意”などと軽々しく言うな。

 ……ただ、少し……後悔していただけだ。》



 その声は小さく、どこか寂しげだった。

 沙世は一歩近づき、微笑んだ。



「でも、ありがとう。あなたのおかげで、あの欠片はずっと守られてきたのね。」



《……礼など要らぬ。

 だが……我の思惑通り、崇徳院すとくいんが浄化してくれたおかげで、我の魂は長い眠りにつくことができた。》



「リコ。あと一つ聞いていい?」



《どうせ我の許可など求めていないだろう。面倒だが聞いてやろう。》



「リコが妲己だっき玉藻前たまものまえだった時、邪神の手引きはあったの?」



の”指令”は抗いがたいと、以前に言ったな。

 元を辿れば、我は人間をたぶらかし、混沌に導くあやかし

 だが、邪神の””は我の遥か上を行く。

 そもそも、

——他の怪異の多くも。》



「やっぱり……!」

 崇徳すとく天皇ほど自身を責めすぎるところが無い分、分かりやすい。

 得心とくしんを得た沙世。だが、表情が少し固い。



《これからの存在が明らかにされるのだろう。

 の”息子”とは天竺てんじくの地でよく刃を交えたものよ》

 リコの目が不意に、懐かしむような遠い目をした。



「えっ、天竺ってインド? 邪神の息子と戦ったことがあるの!?

 前に”台風みたいなものだ”って言ってたよね?

 いい加減、知ってること全部教えてよ!」



《……質問が多すぎる……。寝る——》

 リコは心底眠そうに応答した後、もやがふわりと光り、その姿がにじんでいく。



「もう……。でも、ちょっと長話しすぎたかな……。ありがとうリコ」

 沙世はそっと目を閉じた。

 靄の中で見た、九尾の尾の光が、まだまぶたの裏に残っていた。



 * * *


 古今東西、——。

 強大な力を持つ九尾の狐・リコや日本三大怨霊の一人・崇徳すとく天皇も例外ではなかった。

 もしかすると菅原道真公も?

 海外の怪異は? ゴビ砂漠に現れたモンゴリアン・デスワームもそう?

 これからもどんどん増える?


 尽きない疑問の数々。

 孫田教授の帰国は明日。


 沙世は永吉らとともに、香川の地を後にし、再び京都・東山の安井金毘羅宮に向かう。

 崇徳すとく天皇の分霊が浄化した、巨大なリコの魂の欠片を、果たして今の沙世に取り込むことができるのだろうか。

 



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◆挿絵:機嫌が悪いリコと、なだめる沙世

https://kakuyomu.jp/users/SANGSANG/news/822139839374527067


◆挿絵:妲己の時も……

https://kakuyomu.jp/users/SANGSANG/news/822139839384236443

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