【カクヨムWeb小説短編賞2020佳作受賞作品】東のトナカイ
十色
前編
窓の外を見下ろすと、色とりどりの電飾で装飾された、大きなクリスマスツリーが見える。独り身には辛い季節がやってきた。
僕は大人の真似事をするように、先程ドリンクバーのマシンで淹れたホットコーヒーを一口含む。……苦い。なんだこれ。苦味で顔をしわくちゃにしながら、僕はその液体を喉の奥まで一気に流し込んだ。
大人はこんなに苦くて不味いものを、普段から自ら好んで飲んでいるのか? 修行か何かか? はたまた、大人っていうのはドMの集まりなんじゃないのか?
コーヒーの種類などよく知らない僕は、適当に『エスプレッソ』なるボタンを押してコイツを抽出したわけだけど、失敗だった。大人しく、いつものカルピスを選択すべきだった。
そんなミスを嘆く16才。
高校生の僕である。
夜9時を過ぎたファミリーレストランの一番奥、窓際のソファー席。そこで僕はリュックから筆記用具、そして教科書と参考書を取り出してテーブルの上に広げた。広げた──だけである。これで完成。とりあえず勉強している風を装えればいいのである。あとは、待つのみ。
友達でも待っているのかって? 否。悲しいことに、僕には友達なんて一人もいない。今年の春、僕は高校生になり、これまでのボッチな学生生活に終止符を打とうと、期待に胸膨らませていたのだが……駄目だった。
根っからのコミュ障なんだ、僕。春が過ぎ、夏と秋が流れるように終わり、あっという間に、気が付けば冬──12月になった。春夏秋冬、ずっとボッチ。ある意味ボッチは、僕にとっての通年使える季語だ。
鼻の頭に出来たニキビを触りながら、僕はそんな現実を振り返って、ひとつ溜息をついた。『青春のシンボル』とも呼ばれるニキビだけど、僕に青春なんてない。青春どこ? シンボルだけ持っていても虚しいだけなんだけど? なんならニキビ返却するよ? 着払いは可能?
──と。
僕がいつものネガティブ思考を巡らせていると、『いらっしゃいませー』という店員さんの少し気だるい声が耳に入った。僕は入り口を一瞥して、入店してきたその人の姿を確認する。
────来た。
僕は素早くシャーペンを手に取り、今まで勉強中であった風を急いで装った。
とんとん──と、足音がこちらに近づいてくるのが分かる。
僕の胸は少しずつ高鳴り、鼓動が聞こえんばかりの大きさに。そして僕の席の手前で足音がピタリと止み、さらりと衣擦れの音がする。その音でその人が僕の前方──一番奥から二番目の窓際のソファー席に着席したのが分かった。
そして僕は教科書から顔を上げ、前方の席をチラリと覗き見る。
オフホワイトのダッフルコートを脱ぎ、丁寧に畳んで横に置いたその人は、いつもと同じ制服姿になると、長くて綺麗な黒髪をヘアゴムで後ろに縛る。
その仕草はとても洗練されていて、手慣れていて。あっという間にお団子のような髪型にチェンジした、その人。僕はこの仕草を見るたびに、何故かドキリとする。
女の子は、不思議だ。
僕は一ヶ月前、このお店で、初めて彼女を見た。その時も、彼女は今と同じく髪をヘアゴムでまとめ、そして一心不乱に勉強をしていた。
その真剣な横顔を見た刹那、あまりに陳腐で在り来りな言葉だけど、僕は彼女にひと目で惚れた。整った顔立ちに、少し丸みを帯びた幼さの残る、その清楚な横顔。美少女という言葉では全く足りない、なんというか……天使のような。
それから僕は、彼女の姿をひと目見るため、そのためだけに、このファミリーレストランに通い詰めるようになった。もし僕という存在に気づいてもらえるなら……。
そしてもし、万が一、一度でも彼女と言葉を交わすことが出来たなら。そんな淡い水色のような期待だけを胸に秘めて、日々彼女をこの店で待っていた。
でも、話しかける勇気は僕にはなかった。
相手に期待しているだけでは、何も変わらない。自分が動かなければ、状況も関係も動かない。それは分かっていた。
でも、無理なんだ。
その勇気がないから、僕はこれまでずっとボッチなのだ。
友達にすら、なれない。僕の存在すら、認識されない。
僕はずっと、このまま独りで一生を過ごすのだろうか。
身にまとっている制服から、彼女が隣町にある高校の生徒だということは分かる。かなり偏差値の高い進学校。僕が通う高校と比べたら、天と地ほどの差があった。恐らく、僕なんか相手にもされない。
「はあ……なんか虚しくなってきた。あと一杯飲んだら帰ろう……」
彼女の姿をひと目見られただけで、僕は満足だ。いや、満足しなきゃいけない。その美しさを、僕のまぶたの裏側に焼き付けて、家に帰ったら目を閉じて、彼女の顔を再生するだけ。だけど再生される彼女の顔は、いつも真剣な顔つきばかり。
僕は彼女の笑顔を、一度でもいいから見たかった。
「……ん? 何これ……シャー、ペン?」
僕が本日最後の一杯を選ぶため、小さなコーヒーカップを手にして席を立ち、ドリンクバーに向かおうとしたときである。
からから──と。
プラスチック製の長細い物体が、僕の足元に転がってきた。
「誰が落としたのか……な、な、な、な……!!??」
僕は咄嗟に、何も考えなしにその長細い物体──シャーペンを拾い上げ、手の中で確認し、そして転がってきた方向に顔を向けた──。
「あ……」
あ──と。小さな声を出したシャーペンの落とし主と目が合った。それは僕の前方のソファー席に座る人物であり、髪の毛をお団子にして上げている女の子であり、清楚な美少女であり。有り体に言えば──
僕の想い人だった。
「あ……あ……あ? え? えと……」
しどろもどろの僕。彼女はソファーから立ち上がり、首を傾げ、挙動不審な僕の顔をまじまじと、そしてきょとんした表情で見ている。真正面から顔を見たのは初めてだけど、やっぱり可愛い。何だこの顔面偏差値。目が大きくて僕の二倍はある。まつげ長っ! 脚も長っ! 顔小っさ!
「あー……あ……えと、んと……これは……シャーペン……?」
なんで疑問形なんだ、僕。明らかに、これはシャーペンだ。それくらい、僕にだって分かる。でも、言葉がうまく出てこないんだよ。憧れの想い人を前にして、言葉が全く出てこないんだ。というか、声出したの久しぶりだし。学校ではほぼ喋ることないし。声の出し方忘れてるし。
「そやね、それシャーペンやで」
……あれ?
なんか、イントネーションが。
「でも分からん。もしかしたらごぼうかも知れへん。そしたら大変や、キミちょっと確認してくれへんかな?」
やっぱり、関西弁だ。
生で初めて聞いたかも。
【後編に続く】
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