第3話 眩しい君の姿


プールはこのホテルの屋上に設置されている。夜はナイトプールのようにライトアップされるのだとか。

備え付けの更衣室もあり男女分かれているが、何せ今日は貸切。未来が普段明るいところで裸を見せたがらないこともあり、二人分かれて着替えることにした。

先ほどのこともあり詩音はまだモヤモヤとしていたが、プールで吹き飛ばそうと己を奮い立たせながら着替えていく。

上下揃いの柄のパーカーとトランクス。今日のためにとブランドから取り寄せたものだ。

意気揚々と外に出るがまだ未来は着替え終わっていない様子。これから水に入るのだからと、ラジオ体操(に似た何か)を始めたその時だった。


「ご、ごめん…着るの、ちょっと難しくて」


後ろから聞こえた未来の声に振り向き、そして目を見開く。

現在あまり外に出ていないのであろう肌は太陽を照り返して白く輝き、彼の黒髪とのコントラストが美しい。女性ものであろうホルターネックの黒いビキニもよく映え、またその下にはキックボクシングで鍛えたしなやかな筋肉とくびれが眩しく、パレオから覗く腹斜筋の影はあまりにも扇情的だった。


「あ、え、あの……かわいい、ね?」


意外で、あまりにも色気のあるその姿に思わず目を逸らす。このまま押し倒してしまいたい本能とそれを抑える理性との戦いが激化する前に。


「…ちゃんと見て」


未来の不服そうな声が鼓膜を揺らす。少し震えるその声に、彼もまた恥じらっているのを感じた。逸らした詩音のその頬に、未来の冷えた手の感触が伝わる。


「うん…かわいいよ、すごく。今すぐ、ここで食べちゃいたいくらい」


初めて彼を直視し、露出されたその肩に手を伸ばす。緊張からか、少し冷えた詩音の指先が触れた瞬間、未来がぴくりと反応した。

その紫の瞳をしっかりと見つめ、もう一度「かわいい」と囁けば、詩音は未来の肩をゆっくりと自分の方へと寄せた。


「あ、あの、さっきの袋ってこの水着で、でも恥ずかしくて、秘密にしたくて、んっ…」


恥じらいからか、慌てて説明するように言葉を紡ぐもその唇はすぐに詩音の唇に塞がれてしまった。ねだるように角度を変える口付けに息が上がり、思わず口を開けばねとりと舌が侵入してくる。

驚いて肩を跳ねさせると、ちゅ、と軽い音を立てて詩音は離れて行った。


「ねえ俺のために頑張ってくれたの?本当にかわいい」


詩音は嬉しそうに笑っては未来を抱きしめる。汗ばんだ肌と肌が密着するのも、今は不思議と不快ではなかった。


「ず…ずるいよ、詩音くんは…」


詩音の肩に頭を預けながら呟く。詩音はわざとらしくクスクスと笑うだけだった。

それから二人で日焼け止めを塗り合い、たまにくすぐり合い、備え付けの浮き輪やボートで一通り遊んだ。

直接ルームサービスを頼むこともできるようで、プールサイドで飲むおしゃれなジュース(詩音に至ってはカクテルだが)も格別だった。

あれだけ燦々としていた太陽が少し傾いた頃には、二人はもう遊び疲れていた。


「そろそろ戻って休む?」


プールサイドに腰掛ける未来に詩音が問いかける。未来が小さく頷くと、詩音が手を引いて立ち上がらせた。


「じゃあ戻ってお風呂入って、ゆっくりしますか!」


夜にはこのホテルのレストランでのディナーが控えている。どうやらドレスコードもあるらしく、それなりに格式の高い場所だということは分かっていた。塩素まみれの身体で行くわけにもいかず、二人で大浴場へと向かった。




大浴場は建物中央付近にあり、どの部屋からでもアクセスのいい場所になっている。自分たち以外の人間などはもちろんおらず、この広い浴場を二人占めできるのだと思うと心が躍った。


「広ーい…!ほ、ほんとに、僕たちだけ…なの?」


身体にバスタオルを巻いた未来がそう声をかけると、詩音は親指を立てながら頷いた。


「今日だけは完全俺たち専用ってワケ」


とはいえ二人は先ほどまで陽の元に晒されていた身体、冷やしてケアをするのが優先だろう。

備え付けのシャワーから冷水を出しつつ、冷たすぎない温度に調節して体にかけていく。

芯まで火照った身体がじわじわと冷まされていくのが心地いい。詩音はシャワーを浴びつつ、未来の頸に軽くて口付けた。


「ひゃっ!?っ、ど、どうしたの…?」

「んーん、少し赤くなっちゃってるなって思ってさ。痛くない?あとで保湿しようねえ」


答えになっているのかなっていないのか。また何事もなかったかのようにシャワーを浴び始めた詩音に、未来は胸の高鳴りを感じていた。

それから髪や身体を洗い、背中を流し合い、広い浴槽で足を伸ばした。

夏とはいえ、普段はシャワーのみで済ませていることもあり、広いお風呂というものはまた違うとのがある。湯温も熱すぎず冷たすぎずの適温で、二人はゆったりと疲れを癒した。


「はー、気持ちいい…」

「そうだねー、この広い風呂が貸切!ってのも気分良いわ」


身体を伸ばしつつ、ふと未来の頭に疑問が過ぎる。

なぜ今日このホテルは自分達以外の客がいないのだろうか。こんなにも広いホテルに客がいないなどあっていいのか。そもそもこの離島に、ホテル以外の気配などあっただろうか。よほど人気がないか穴場なのか?こんなに綺麗で港も近いのに?


絶えず浮かぶ疑問に頭を悩ませていると、気付けば詩音が至近距離まで近付いていた。


「わぁっ!?」


驚き仰け反ろうとするも、後頭部はすでに詩音にガッチリと固定されており動かない。


「もう、また難しい顔してー…」


未来の眉間のシワを、詩音がぐりぐりと指でほぐす。そしてその濡れた手を頬に滑らせると、そのまま軽く唇を重ねた。


「ねえ、大丈夫だよ?ほんとにさ。難しいこととか一つもない、安心しててよ」


額、鼻先、頬、と啄むようなキスの雨を降らせる。

しかしその言葉は、詩音自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。


「…この後さ、俺の話、聞いてくれる?」


それから目線を合わせて、少しだけ不安そうに問い掛ける。その詩音の瞳はまるで迷子の少年のようで、追い縋られているようで。未来は小さく頷くことしかできなかった。




のぼせてきちゃった、の未来の一言で二人は大浴場を後にする。

部屋は相変わらず冷房が効いており、冷蔵庫には冷えた飲み物に冷凍庫はちょっとしたアイスなど、細やかな部分まで気が利いている。

二人して水のボトルに手を伸ばして喉へと流し込むと、冷たい液体が食道を通る感覚がなんとも言えない心地よさで。

それに風呂上がり、ディナーまでまだ時間があることもあり楽なガウンしか着ていない二人は、どちらともなく疲れた四肢をベッドへと投げ出した。

窓から見える夕陽はやっと沈む気になったようで、ボトルの水をキラキラと照らした。

無造作に投げ出された身体、そのうち手のひらだけを重ねると、二人はゆっくりと瞳を閉じた。


「みくちゃん、楽しい?」

「ん…うん、とっても」

「そっか」


満足そうに呟く詩音。その次の瞬間には、スースーと浅くも穏やかな寝息が聞こえていた。

疲れてたのかな、と思いつつ未来も穏やかな睡魔に身を委ねた。

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