第25話 最終決戦
輪皇の勅令を受け、局内ではすぐに征討隊が結成された。
隊を率いるのは副長、烏賀陽伊織と副長助勤の清水桜夜の二名。彼らに付き従うのは雑賀増美をはじめとした第三部隊と第二、第四部隊だった。平介と第一部隊は皇宮と親兵局の守護や負傷者の治療に徹するため、隊には加わらなかった。
目指すは武京、花川寺。かつては将軍家の菩提寺として機能していた由緒ある古刹だ。
敵方が告げていった決戦の地に一刻も早く向かうべく、征討隊は皇宮の北側にある園庭の広場に集められた。そこには寧子と平介の姿もあった。
「みんな、準備はいいかしら」
『はっ!』
親兵たちが答えるなり、寧子は顔を縦に振って〈黄心〉にそっと触れた。
「〈想界転移〉」
たちまち〈黄心〉が眩い閃光を放ち始め、征討隊を呑みこむ。そして、光が治まった時にはもう彼らの姿がなかった。
〈想界転移〉は、神器の主たる寧子が望む場所へ対象を瞬間移動させる神技だ。寧子の脳内では花川寺がある
あっという間に現地に到着すると、伊織が先導して石造りの階を駆け上る。数百の石段でさえ息を切らさずに、伊織たちはさらに速度を上げて敵陣との距離を詰めていった。
「やっとや。やっとあいつらを仕留めれる」
伊織が独り言ち、桜夜は暗澹たる殺意を直視できず視線を伏せた。
「桜夜ちゃん」
呼ばれて、桜夜は顔を上げる。
「この戦い、勝つのはボクらや」
とっとと終わらせて、蓮夜くんと一緒に家に帰るで。
表情こそ見えなかったが、その声色からどんな面様をしているのかわかった。
桜夜はおいていかれることのないよう、懸命に両足を動かしながら首肯する。
「ああ」
山道に着いてからものの数分で、一行は花川寺の門前に辿り着いた。
伊織たちを待ち受けていたのは、沈丁花の雑兵たち。兵数はこちらの三倍以上はある。
雑兵たちは征討隊を視認するや否や、怒号をあげて迫りくる。親兵たちも各々武器を構えて迎撃に走った。
静閑な霊山のなかで物々しい剣戟の音が冴え渡る。激しい白兵戦が繰り広げられるなか、桜夜と伊織、それから増美や他部隊の隊長たちは放出神技で道を作り、直進する。
寺の本堂が目前に迫ったところで一行は足を止めた。
「ようこそ。我が城へ」
本堂の前には着流し姿の男が佇んでいた。また彼の両端には幹部たちが並び、桜夜たちを睨み据えている。
「嵐慶……!」
「少し見ない間にずいぶんと偉そうな呼び方をするようになったじゃないか。まさかお前が落ち延びていたとはな。そのうえ柳夜に取って代わる逸材を隠した」
嵐慶が一瞥した先には、磔にされた蓮夜の姿が。
「蓮夜っ!」
「オレたちを殺さない限りコイツはお前の元には帰らない。ああでも、軟弱なお前に殺生は無理だったな」
嘲笑する嵐慶に歯噛みしていると、
「じゃあ、代わりにボクがあんたらを殺してあげるわ」
伊織が〈黒翼〉を引き抜きながら言った。嵐慶は片眉をあげて二刀の剣士を見据える。
「お前が宮原一門の生き残りか。十四年前と今も害虫を逃がすとは。だがまあ、ちょうどいい」
腰に差していた翠緑の刃を抜き、眼光を研ぎ澄ませる。
「まとめてオレたちが駆除してやる」
嵐慶の言葉を狼煙として、幹部たちが一斉に駆け出す。
千萩と紅葉は伊織に、菊星と桐南は桜夜に向かって愛器を振るう。佳弥は増美に向かって射を放ち、燕や見知らぬ幹部たちは他部隊の隊長たちに狙いを定めた。
「あの時の借りを返すぜ!」
「ここで雪辱を果たさせてもらうよ!」
傷が完全に癒えておらず、包帯が残っている二人の虜囚が我先にと牙を剥く。が、しかし――
「〈無双・疾風〉」
「〈鯉跳〉」
義憤によって強化された一閃によって、呆気なく地に伏した。
『怪我人に用はない』
口を揃えた桜夜と伊織はすぐさま次なる相手に意識を集中させる。
配下たちと輪皇の隷下が鎬を削り合うのを傍観しながら、嵐慶は睡眠薬で眠っている蓮夜を一瞥する。蓮夜はわずかに眉間に皺を寄せ、「ん……」と小さな音吐を発した。
「早くしないと、龍が目覚めるぞ」
「〈滝つ瀬・鯉遊泳〉」
己が走力を極限まで高め、桜夜は桐南に向かって突進した。
「〈懸河〉」
「おっと!」
留まることを知らない奔流が桐南を押し流さんとするも、彼女はすんでのところで桜夜の袈裟斬りをかわした。
「桜夜、前より速くなってないかい? おかげで槌を振る余裕さえなかったよ」
成長したなあ、と呑気に呟く桐南に構わず桜夜は絶え間なく〈水牙〉を振るう。
〈打水〉などの波状攻撃は桐南に効果がない。むしろ相手の武器の能力を高めてしまう。ならば彼女を上回る速度で間合いを詰め、玄星石製の槌を払って無力化するか、彼女の鳩尾を狙い仕留めるしかない。
何度も〈懸河〉で攻勢に出るもすべてかわされ、〈水牙〉を振り薙いだ直後に鉄槌が迫る。桜夜も反撃から体を逸らし、一度後退した。
「いやあ、僕も少なからず責任を感じてるのさ」
藪から棒に桐南がそう切り出し、桜夜は〈懸河〉の連撃で乱れた呼吸を整えながら眉を顰める。
「僕がもっと早く玄星石の武器化ができるようになっていれば、幕府はまだ健在だったかもしれない。上様が将軍の座から引きずり降ろされてこんなぼろぼろのお寺に住むこともなかったかもしれない。そう思うとさ、鉄を打つ手が鈍っちゃって」
桐南は自身の手に視線を落としながら語る。
小さな手だが、毎日十数年も金槌を握ってきたおかげで皮膚は固く、豆だらけになっていた。
「だから僕はもうこれ以上惨めな思いをしたくないし、上様を失望させるわけにはいかないんだ」
柄にもなく真剣な面差しで灰黒の愛槌を構え直す桐南に、桜夜は組紐にそっと触れた。
――今の私では、桐南を打破するのは難しい。
本当は嵐慶との一戦に備えて温存しておきたかった。だが、このままでは膠着状態が続いて一向に前へ進めない。
――次の一太刀で決める。
桜夜は紺色の繋縛を解いた。
これまでは封印を解くことが恐ろしく、いつも手を震わせていた。けれど、もうおびえなくていい。己の血に巣食う邪神はいないのだから。
はらりと組紐が桜夜の手から舞い落ち、清水をたたえたような美麗な髪も背を覆っては漆黒に染め上げられていく。
「嘘だろ……」
桐南は愕然とし、鉄槌を持つ手をわずかに震わせる。
「まさかそんな、ありえない……!」
眼前には理知的な眼光を宿した妖美な蛇の娘がいた。
桐南の記憶にある蛇女は爪や牙を剥き出しにし、金切り声のような雄叫びをあげてただただ狂乱する異形だった。だが、いま目の前にいるのは蛇女であって蛇女ではない何か。その佇まいは異形ではなくまさに女神と呼ぶに相応しい。
桐南が茫然としていたのも束の間、桜夜の上半身がゆらりと揺らいだかと思えば視界から消えた。
「なっ⁉」
これまでの比ではない移動速度に、桐南は焦燥に侵される。
桜夜は桐南の背後につき、奔流に乗った。
「〈懸河〉」
桐南が振り向いた瞬間、すでに牙が肉薄していた。
重厚な槌で払いのける時間すらなく、桐南は神刀を受け入れるしかなかった。
鳩尾に深い一撃が食いこむ。桐南は苦悶の息を吐きだし、愛器とともに倒れた。
やはり相手の意識を奪うことが限界だ。伊織のように揺るぎない殺意をもって命を刈り取る胆力は自分にはない。
だが、それが『守護』たる力の根源であり、自身の戦い方なのだと、桜夜は嵐慶と弟が待つ最奥へと突き進んだ。
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