第五話:つないだ手の、温度

 駅までの道を、ふたりは手を繋いで歩いた。


 空の手のひらはずっと汗ばんでいて、握ったままの指が緊張で微かに震えていた。まひるの手は細くて、あたたかくて、それだけで脳が真っ白になる。


 「空」


 「……な、なに?」


 「こっちの道、通ろう?」


 まひるが腕を引いて、すこしだけ歩道の影側へ進路を変える。日差しがまだ残る初夏の午前、淡い光のなかでまひるのスカートがふわりと揺れる。


 空の頭はもうオーバーヒート寸前だった。


 (あ、あかん……近すぎる……顔も、肩も、リップも……もう、どこ見ていいかわかんない……)


 手を繋ぐだけでこんなに意識するなんて、と空は自分でも驚いていた。まひるは、まるで何でもないように、さらりと隣に立って歩いている。


 ──けど、明らかに分かってやっている節があった。


 「ねえ、空」


 またまひるが呼ぶ。今度はちょっとだけ身を寄せて、顔を覗き込んできた。


 「ん、な、なに……?」


 「お昼、なに食べよっか?」


 目が合って、近くて、リップがうっすらと艶めいていて──


 「……っ」


 空は口を開いたまま、思考が固まった。


 まひるはその様子を見て、小さくクスクスと笑った。


 「なに? また止まった?」


 「そ、そんなこと、ないけど……!」


 「ふふ」


 まひるの笑みはどこか満足げだった。明らかに“効いてる”と知っていて、わざとやっている。それが空には分かるのに、まひるが微笑むだけで、何も言い返せない。


 「もう一回、止まったらキスしちゃおうかなー」


 「なっ……!?」


 「ふふふふふ」


 肩をすくめて笑うまひるに、空は完全に顔が真っ赤になってしまった。つないだ手の温度も、心拍数も、何もかもが高すぎる。


 それでも、まひるの手を離す気にはならなかった。

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