第22話「呪いの術者の正体」
現れたのは同僚の陰陽師、姉小路だった。
その表情には、今まで見たことのない邪悪な笑みが浮かんでいる。それは別人のような狂気に満ちた顔だった。
「ひょっとして、これを姉小路……さんが……?」
鈴音の顔が青ざめた。心の奥で恐れていた最悪の可能性が、現実となって現れた。信じたくない真実が、目の前に立っている。
「貴様が、この呪いの術者か」
黒曜が前に出た。その動きに、殺気がひらめく。その声には、氷のような怒りが込められていた。
「そうよ、私がやったの」
姉小路の声には、狂気じみた響きが込められていた。毒を含んだ蜜のような、ねっとりとした声だった。
「私の計画では、鬼の皇子と、鬼にたぶらかされたひとりの陰陽師が、人間界の重要人物を『殺害』したように見せかける。――そして、両種族の関係を決定的に破綻させることだったの」
「この呪いが完成すれば、現場にいるのは『無能な陰陽師と鬼の皇子』だけ」
自らの計画に酔いしれるように、姉小路はうっとりとした表情を浮かべた。
「完全な濡れ衣だけど、証拠は完璧に揃ってしまうでしょ」
鈴音の全身から、血の気が引いていく。まさか、信用していた同僚が……。仲間だと思っていた人が。
「どうして……どうしてこんなことを!」
鈴音の叫びが、静寂の会場に響いた。その声には、裏切られた痛みと困惑が込められている。
姉小路の声に、狂気と嫉妬の炎が燃え上がった。
「どうしてですって? 決まってるじゃない」
「私の方がずっと優れているのに、なぜあなたが頭領に選ばれるの? 女だからと散々と足元を見られ、やっと実力が認められたというのにそれを横から奪って行くなんて」
その言葉の一つ一つが、鈴音の心を鋭い刃で刺していく。鈴音の胸に、罪悪感が重くのしかかった。自分が選ばれたことで、姉小路がこんなにも苦しんでいたなんて思いもしていなかった。
「ましてや名家の血筋を持つ私が、なぜ下級華族のあなたの下で働かなければならないの? あなたさえいなければ、私が頭領に選ばれていたはず!」
姉小路の冷たい声が続く。鈴音の胸が痛んだ。同僚として信頼していた人が、これほどまでに自分を憎んでいた。気づかないうちに、誰かを傷つけていた。その思いが、鈴音の心を苦しめる。
「こんなことはやめてください。皆さんが死んでしまいます」
「死ねば、いいのよ」
しかし、姉小路の心は、既に暗黒に支配されていた。『闇の禁呪』に手を染めた時点でもう、人としての心を失っていたのだろう。
姉小路の冷たい声が、鈴音の心を凍らせた。
「そこの忌々しい鬼の皇子も、それに味方する者たちも、どうにでもなってしまえばいい」
「大嫌いな鬼と人間の和平なんて、絶対に実現させない。全部あなたのせいなのよ。あなたが現れたから、私の人生が狂ったの!」
その時、倒れている人々の呼吸が更に浅くなった。帝の唇の色が変わり始めている。もう時間がない。
鈴音は涙を拭って立ち上がった。どんなにショックを受けても、今は全員を救うことが最優先だった。
「黒曜さま、ここをお任せできますか! 私は最後の核を……!」
「頼む、鈴音。君にしかできない」
黒曜の声に、鈴音が強く頷く。
鈴音が核の解除に取り掛かろうとした瞬間、姉小路が叫んだ。
「やめなさい! これ以上邪魔をさせないわ」
姉小路が強力な攻撃術を発動した。空気が裂けるような音と共に、禍々しい呪術が鈴音に向かって放たれる。
「鈴音!」
黒曜の叫び声が響いた。次の瞬間、彼の姿が鈴音の前に現れ、その攻撃を受け止める。白銀の髪が激しく舞い、紫水晶の瞳に怒りの炎が燃え上がった。
「お前と鈴音では、比べ物にならない。鈴音の心の美しさを、お前は永遠に理解できないだろう」
姉小路に向けた黒曜の声は、地獄の底から響くように冷たかった。彼女の顔が醜く憤怒に歪む。
「何ですって! この小娘のなにが美しいというの!
「鈴音は恐れながらも前に進み、傷つきながらも他者を思いやる。その勇気と優しさは、お前のような心では永遠に分かるまい」
黒曜と姉小路の激しい攻防が始まった。黒曜の妖力と姉小路の呪術がぶつかり合い、会場に轟音が轟く。
「今だ、鈴音! 私が抑えている間に急げ!」
黒曜が、姉小路の攻撃を防ぎながら叫んだ。
「必ず、成功させます……!」
鈴音は集中力を総動員し、一人で最後の核に向き合った。土の属性を持つ核は、五つの中で最も複雑で危険だった。一つでも手順を間違えば、術式が暴走して会場全体が崩壊する可能性がある。
額に大粒の汗が流れ、体力と霊力の消耗は限界に近い。四つの核を解除した影響で、既に彼女の霊力は底を突きかけていた。意識が朦朧としてくる。それでも、諦めるわけにはいかなかった。
鈴音は震える手で符を取り出した。最初の符を核に向けた瞬間、予想以上に強い反発が襲いかかる。
「うっ……!」
術式の逆流で、鈴音の体がよろめいた。背後で姉小路の声が響く。
「無駄よ! その核は私が特別に強化したもの。あなたに解けるはずがない!」
鈴音は深く息を吸った。力で押し切るのではなく、これまで学んできたことを思い出す。陰陽五行は対立ではなく調和。核の力と争うのではなく、調和する方法を探る。
二度目の挑戦。今度は符に霊力を込めながら、核の波動に合わせるように術式を調整していく。
「循環……すべては繋がっている」
符から溢れる光が、今度は核を包むように広がった。まだ抵抗はあるが、先ほどより穏やかだ。金色の光が核を包み込み、ついに核が応答した。光と闇の力がぶつかり合っていた空間に、調和が生まれる。
――強烈な光が放たれた。
「成功しました……黒曜さま」
「これで、皆が助かります」
呪術の核が完全に消し去られた。同時に、黒曜の妖力が姉小路を完全に封じ込めた。姉小路が、さらに攻撃の術を仕掛けようとしたが、黒曜の妖力があっさりとそれを上回る。
「大人しくしろ」
「くっ……! どうして私が鬼なんかに」
その圧倒的な力の差に、姉小路は愕然とした表情を浮かべる。
会場全体を包んでいた甘い香りが消え、重苦しい空気が一気に晴れていった。
「何が……起こったのだ?」
倒れていた人々が、次々と目を覚まし始めた。人間と鬼たちが、困惑しながら起き上がる。
「ご無事ですか、黒曜さま! 鈴音!」
目を覚ました焔は、周囲を見渡し駆け寄ってきた。状況を理解した彼女の表情に、驚愕の色が浮かぶ。
焔に続いて、鬼族たちも次々と意識を取り戻していく。鬼族の警備担当の責任者である我節も、ゆっくりと起き上がる。
「黒曜さま……我々は一体」
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