第0問(エピローグ):吸血鬼の目覚め事件

出題編、その①:探偵に吸血鬼の魅了は効かなかった、なぜか?

 ◆以下、探偵手帳にも記載のなかった、アン視点。


 僕がまだ、十五歳くらいだっただろうか。学生服を着ていたので、ともかく魔術学園に通っていた頃である。

 千年生きた真祖の吸血鬼が眠るという、その古城こじょうを訪れたのは、全面的に好奇心によるものだ。


 なんでも、封印には『謎解き』が仕掛けられているとのことで、彼女(女性の吸血鬼らしい)と知恵比べをしてみたかった。

 とのむねを、校内でも比類ひるいなき天才にして既に各方面から引き抜きの話も来ている、僕に負けず劣らずの変人にして一生の絆の友――エクスカに話したら呆れられてしまった。


「ふぃー、見つからないとわかってても気が気じゃないよ」

 キィキィと金切り声を上げ、頭上を吸血コウモリが飛んでいく。

 迷宮を巡回する斥候であるモンスターを、姿勢を低くしてやり過ごす。


「エクスカの発明品はすごいや。コウモリの魔物の多くは超音波を『ソナー』にして獲物を探知してるから、逆位相ぎゃくいそうの音波を発する魔導具を作れば見つからないって……半分くらい、何言ってるかわからなかったけど。ソナーってなんだろう」


 制服の胸ポケットに仕舞っている魔石のペンダントを握りしめる。

 比喩でなく、エクスカは未来を生きているのだ。


 それはさておき。

 くだんの吸血鬼が眠る古城は、四方を断崖絶壁と荒波に囲まれた絶海の小島に建っており、中に入るには城の地下と繋がっている洞窟を通るしかない。


 空中から侵入を試みた猛者もいたが、コウモリの大群に追いまわされ、命からがら戻ってきたらしい。

 この地下というのが曲者くせもので、魔法で〈迷宮〉化していて入るたびに構造が変わる。


 先駆者がマッピングした地図は役に立たないと、市場で投げ売りされていた。

 まとめて買う時に「そんなもん、なんに使うんだい?」と尋ねられたので〈迷宮〉探索に使いますとは言えず、適当に「あー、文化祭の展示用で……」と答えておいた。


 そう――この地図は使


 別のポケットから出した折り畳んだ地図を広げて、淡い緑の魔力光で眺める。

 複数の地図を照らし合わせて作った、僕のお手製だ。


 一見、無作為に変化しているように見えるこの〈迷宮〉だが、その変化にとある周期性じみた法則を発見した。

 まずこれが、最初の『謎解き』になっているとみたね。


「ここの角を曲がると、そこに上りの階段があるはず……あったあった」

 少なくとも、今のところは的中している。

 この階段は上下に迷わす構造になっているので、仮に法則性にまでは気づけても立体パズルを組み立てる根気がなければ――『』ほどだろう。


「どのパターンでも発生する、このやや広めの部屋が問題なんだよね。

 ほかの〈迷宮〉と同じなら、たぶん中ボスとの強制戦闘なんだけど……謎解き主体の〈迷宮〉だから偶然は入れちゃった人への小手調べってことで、僕でもなんとかならないかな」


 僕はパーティを組まず、単身で〈迷宮〉に潜っている。

 目的が『討伐』ではなく『謎解き』なので、吸血鬼と戦うつもりはないのと、エクスカの発明品が数多く作れないためだ。


 あと親にこんな無謀むぼうな冒険がバレたら、止められてしまう。

 ついでのついでに言うと、単純に『友達』が少ない。悲しいかな。


 などと考えていると、問題の部屋の入口が見えてきた。

 なるべく物音を立てず、重厚な扉を開ける。


「誰も、いない……?」

 がらんとした室内の奥に、出口が見えた。

 強制戦闘部屋はおおまかに、中ボスが待ち構えている場合と、踏み入れた途端とたんに出現する下級魔物の軍勢を倒しきらないと開かない場合があるけれど。


「よっしゃ、雑魚ざこが出るパターンっぽい……」

 突入して出現から発見までのあいだに、封印された出口を僕の一番得意な『アバラ』の魔術で――『強引に開く』。

 雑魚程度なら相手できなくもないけど、早く謎解きしたいのでガン無視する。


 部屋の半分ほどまで進んだ瞬間であった。

 ドシン、という物音、もとい着地の衝撃音がしたのは。


「あはは……ど、どうも」


 天井の死角にぶら下がっていたため、気がつかなかった。

 振りむくと、筋肉ムキムキのコウモリ男が、僕の背後に仁王ヴァジュラ立ちしている。

 エクスカが、人の体重だと魔力なしではあのくらい筋肉量が要るとか言ってたような。

 あれ、これ一種の走馬灯フラッシュバックなのかな。



「――小娘、どこから入ったのだ? 侵入者の報告はなかったが」



 不幸中の幸いか、人語が通じるタイプであった。

「あ、あの、僕……ええと、その、生贄いけにえで呼ばれてて……道に迷っちゃったみたいで」

「ほう、たしかに生娘きむすめの血は、我があるじ様のよき供物くもつとなろう。この奥の扉を潜り、階段を上ってまっすぐ進むがよい」

 封印されていた出口を、ちょちょい、といじって開いてくれた。


「じゃ、お疲れさまです……」

「うむ、もう迷うでないぞ」

 ぺこり、と礼をして、なんとか通り抜ける。

 人語を喋れるのは上位モンスターの証拠だけど、知能自体はあんまり賢くなくて助かった。


 生贄だとしても見回りにまったく見つかってないのは、考えればおかしいとわかりそうなのに。

 なんだか、この〈迷宮〉な。


「あれ? これ、帰りはどうすればいいんだろう……? 僕、『詰んだ』?」


 恐ろしい考えがよぎったが、もう戻れないので、先に進むことにする。筋肉コウモリ以降は下級コウモリもほとんどおらず、怖いくらい順調だった。


「波の音が聞こえる……もうすぐ〈迷宮〉を抜けるんだ」


 これでようやく、ひと息つける。

 背後から筋肉コウモリが迫いついてきそうで、ひやひやした。


 魔力特有の淡い緑の光ではなく、自然光の差すほうを目指す。

 太陽はもうとっくに沈んでいて、神秘的でどこかあやしさもある月灯りだ。


 念のため日中には吸血鬼の眠る最奥――いわゆるボス部屋に着くよう出発したのに地図で見るのと、実際に〈迷宮〉を歩くのでは大違いだった。

 僕も実地経験不足だなあ。


「よっこら……せっと!」

 天井の、と言うより、床に備え付けられた地下への扉を逆から押し上げる。

 小部屋を経由して、両脇に蝋燭ろうそくの炎が揺らめく廊下に出た。


「魔力光じゃなくて本物……? 身辺のお世話をする眷属がほかにもいるのかな。よく見たら、燃えてるのに蝋が溶けてない……特殊な時間の止まり方だ。

 初めて見たけど、これが〈迷宮〉……影響力の強過ぎるモンスターを封じる――『世界の結界』か」


 と、探偵モードになってる場合じゃなかった。

 夜になってしまった以上、急いでも仕方ないが、あのコウモリ男が追ってこない保証はない。


 迷宮は封印の対価としてそのボスにとって暮らしやすい環境になっており、外に出ようとさえしなければ、内部構造もわりと自由にいじれると授業で習った。


 しかも、ボス部屋ともなると相手にとって有利な、冒険者にとって不利な魔術式も組めるらしい。

 要するに、お互いに手を出そうとしなければ、双方が安全な仕組みなのだ。


 そんな危険の真っただ中に、今僕は足を踏み入れている。

 部屋中の窓がカーテンで閉めきられた玉座ぎょくざの間に、棺桶かんおけが安置されている。


 死体ではなく、この〈迷宮〉の中核である吸血鬼が、あの中で眠っているのだろう。

 それも、単なる吸血鬼ではない。



「血を分け与えられた眷属けんぞくとは、根本的に在り方の異なる真祖の吸血鬼。

 それは限りなく〈純精霊〉に近い、自然発生した『現象』……ね」



 教科書だか板書だったかの内容をまるっと反芻はんすうしながら、棺桶に手をかざすと複雑怪奇かいきな魔法陣が浮かび上がった。

 おそらく、これを解かない限り『魔術的な効力で破壊不能』だ。


 文字通りの『迷宮めいきゅう』に、あんな筋肉コウモリまでいられちゃ、ここまで来るのも大変だろうに。

 よっぽど冒険者を毛嫌いしてるのかな。


「まあいいや、僕はこれを解きにきただけだもの」


 封印の魔法陣は、軽い魔力をめて動かす立体的なパズルであった。

 しかも、これと同じものを――


「これって……この『迷宮の正しい地図』が、そのまま答えになってる……そういうことだよね!

 さあ、答え合わせの時間だ――アバラ!」


 実際に歩いている時は地図と現在地を比較する必要があったが、俯瞰ふかんすれば構造はすらすらと頭に浮かび、あっという間に解き終えた。

 僕は何もかもが美しく作られたパズルが解ける喜びで、解いたらどうなるかなんて、考えてなくて。


 これが答えになっている理由――〈ホワイダニット〉も、考えすらしなかった。

 そんな僕の目の前で、完成した立体魔法陣が輝きを強めていく。


「やった、正解っぽい! じゃあ、満足したし帰ろうーっと。問題は帰り道にマッスル・バット(僕が命名した)がいることだけど……また言い訳したら通してくれるかな?」


「生贄が来るなどと吾輩わがはいは聞いておらん! なにか怪しいと思って報告に参れば、やはりそう言うことか!」


「げっ、マッスル・バットが追いかけてきた!」

 解くのに夢中になってたせいもあるが、巨体に似合わず足音がほとんどなかった。


「吾輩はマッスル・バットではぬわあい! 主様に変わって、不届き者に天誅てんちゅう!」

 腰の抜けてへたり込んでいる僕の脳天を粉砕すべく、拳骨げんこつが振り下ろされるまさに寸前だった。

 背後から声が聞こえた。



「『命令:下がりなさい』――私の寝起きに、騒々しいですね」



「ははーっ!」

 それは絶対遵守ぜったいじゅんしゅの命令。思わず、〈隷属れいぞく契約〉を結んでいない僕まで膝をついてしまいそうになるほどの――圧倒的なカリスマ。


 死神のような黒いドレスと、白いロングヘアが、蝋燭の光で妖艶ようえんに輝いている。


「まったく何事ですか? 


「名前……惜しかったじゃん!」

 そして、僕が筋肉コウモリに付けた名前は、わりかし正解してたのだった。


(第0問その①・了)

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