最終問題:真祖の吸血鬼事件

出題編、その①:その吸血鬼は妹のフリをしていた、なぜか?

「ようやく追い詰めたぜ……ったく、手間かけさせやがって、ボケが」

「なんだあ? お巡りさんごっこか? ここはガキの遊び場じゃねえぞ、ギギギ」


「俺は『成人女性』だこら、ついでにごっこじゃなくて、本物の警部だこら」


 グレーのシャツを着た金髪のショートボブの女性――ツヴェルクが羽織っている黄土色のコートから、エンブレムを出して主張してみせる。


 彼女は『』ので、たびたびこうした問答が起きるのだ。


「ギギギ、お前のせいで食べ損ねたあのクソ女の代わりに、お前を喰ってやる!」


 とある筋からの情報提供のおかげで、犯行は未然に阻止できた。

 裏路地に追い詰めた男が逆上ぎゃくじょうし、二本の尖った牙を剥き出しにして、よだれを垂らしながら襲いかかってくる。


「なり損ないの屍鬼グールが、わかりやすく『理性を失い』やがって……」


 地面に投げつけた小瓶が割れ、飛び散った聖水を男は本能的に恐れて委縮する。

 すかさず、放り投げた二本目が顔面に直撃。


「ぐおおおおおおお、熱い、あづいいいいいいいい!」


 清められた聖なる水に弱い屍鬼の皮膚が、焼けて、もだえ苦しむ。

 焼けたと言っても表面だけなので我慢できる程度なのだが、表皮ひょうひあぶられる鋭い痛みは、確固かっこたる揺るぎなき意志をもってこらえないと我慢できないのだ。


「おせえんだよ、こら」


 死角側に潜りこんだツヴェルクが、警棒を手首のスナップのみで振る。

 一気に伸長し、短い槍のようになったそれを躊躇ちゅうちょなく脇腹に突き立てた。


 男の体が燃え上がり、痛みを感じる間もなく灰へ変わる。

 柄と全形を合わせると――『巨大な十字架じゅうじか』になっている、入念に『対吸血鬼用の銀』で出来た特注品オートクチュールであった。


「ったく、弱過ぎるぜ。こんなんじゃ、『本番』前の肩慣らしにもなりゃしねえ……」


 警棒を携帯できるサイズに戻し、悪態とともに、太もものホルダーに戻す。

 立場と形式上、呼んでおいた増援が現場に到着するまで、やきもきしてその場を行ったり来たりしている。 


 傍から見れば、屍鬼と戦っていた時より、よほど落ち着かない様子に見えたことだろう。



「なんじゃ――ずいぶんと苛立っておるのう」



 声に振り向いたツヴェルクが、素早く展開した警棒を、首元で寸止めする。

 金色のロングヘアが風圧でなびいても、その女性はまるで動じていない。


 その身に纏っているのは、裏路地を歩くにはそぐわぬ、夜空の星を散らしたような深い蒼のドレス。

 ご丁寧に、目元を隠す仮面も付けているので、どこぞの仮面舞踏会マスカレイドから抜け出してきたようだ。



「背後に立つなつってんだろ、ルカナ・ホロスコープ。うっかり『滅する』ぞ、こら」



 路地は袋小路になっていて、女性が現れた方向に道も扉もない。

 まさに――そこに現れた、という表現が適切だろう。


「そう怒るでない、ツヴェルク。そんな気はないくせに。わしがいなくなったら、困るのは貴様のほうじゃろう」


 女性が目元の仮面を外すと、赤く染まった月夜のような『真紅しんくの瞳』がよく目立つ。


「その赤い目を見てると、あの変態吸血鬼を思い出してむかつくぜ」

「わしもヒリングも近しい伝承を祖とする真祖の吸血鬼じゃからな……『変態』とはなんじゃ?」

 ルカナが「そんな伝承は知らんぞ」と首を傾げる。

「わりいな、こっちの話だ」


「退魔の武器を突きつけたほうを謝ってほしいんじゃが、まあよい。お主が真に憎んでおるのは、『家族の仇』の吸血鬼だけじゃろう?」


 ツヴェルクが一度は仕舞いかけた武器を、再び握り直す。


「軽々しく口に出すな――『殺す』ぞ」


「おお、怖いのう。わしと貴様の仲じゃろうて」

 本気で脅されても、ルカナは軽薄けいはくに微笑んでいる。


「どうして、人間の俺に肩入れする?」


「前も言ったじゃろう。わしにとっても因縁の相手なのじゃ、代わりに始末してもらえると助かる。真祖同士がからぶつかっては、ただでは済まん。

 ついうっかり本気を出して『〈迷宮〉に閉じこめられる』のも、ごめんじゃからのう」


「この星をおびやかすほどの危機を感知すると発生する、星そのものの防衛機構――〈迷宮〉ねえ。んなべらぼうな相手に、人間ごときが勝てるとは思わんがな」


「人間であればこそ寝首をかけるというものじゃ。わしは情報を提供する。お主はわしの代わりに、其奴そやつを退治する。ギブアンドテイクじゃよ」


 女性の体が一旦、血液に置き換わり、すぐさま無数のコウモリに変わって、月明かりで照らされた路地裏の影へ向かって飛翔する。


「おい、まだ話は終わって……くそっ、ヒリングとは別の意味でやりづれえぜ」


 慌てて呼び止めたが、もうコウモリは文字通り『闇に溶けきった』後であった。


 ◆


「あらまあ、魔術刻印(物体に魔法陣を刻んだもの)の仕組みって、ゴーレムを造る時の『プログラム』に似てるのね」


 黒いショートヘアのアンの傍に浮かぶ、物理的に小さな少女。

 ライムグリーンの短めなゆるふわウェーブをなびかせ、妖精が浮遊している。


 実際は妖精種ではなく姿を模しただけであり、よく見れば半透明。

 彼女の本体はとある魔石の〈分霊体ぶんれいたい〉で、名前は――メロディアと付けられた。

 アンは種族名も人造妖精じんぞうようせいと呼称している。


「メロディア、『プログラム』って?」

「ええと、未来の技術だから、なんて説明したら伝わるかしら……これに従って『命令を実行する設計図』みたいな?」

「なるほど、設計図か。言い得て妙だね。それって優先度は強い順なの?」


「それは組み方にもよるわね。実行優先度は決められるけど、必ずしも条件に従うとは限らないわ。

 わたしは『嘘が吐けない』プログラミングをされてたけど、答えが曖昧な質問には答えないという選択ができたから、命令の無限実行でフリーズしたりしないのよ」


 博士の発明だもの、と高く飛び上がる。


「さっすがエクスカだ。じゃあ、抜け道もあるんだね」


 ふたりが読んでいるのは、特定の〈魔術刻印〉について記された資料である。

 魔石の〈分霊体〉であるメロディアは音や魔力は感知できても、文字は読めない。


 そのため、アンと魔力経路を通すことで五感の一部を共有していた。

 彼女いわく「紅茶が味わえて嬉しいわ」とのこと。


「お嬢様、ただいま帰りました」


 白いロングヘアの美しい女性、買い物帰りのヒリングが事務所に戻ってきた。

 吸血鬼にも関わらず、平然と日中に出歩いている。本人は「無敵なので」とのこと。


「おかえり、ヒリング。その新聞は?」


 買い物鞄とは別に、一枚のちらしを手にしている。


「号外を配っていたので、もらってきました。窓を拭くのに便利ですからね」

「ま、窓をっ、庶民的……っ! 真祖の吸血鬼なのに!」

「いいわね、いいわね。相変わらず面白い吸血鬼さんだわ」


 アンに「内容が気になったんじゃなくて?」と尋ねられ、ヒリングが買い物袋を置いてから、改めて号外に目を通す。


「ええと……記事によると、吸血鬼の生み出した『屍鬼グール』と思われる被害が多発してるらしいので、その注意喚起ちゅういかんきですね」


当事者とうじしゃだよね! めっちゃ他人事みたいに言ってるけど!」

「それは差別思想的な発言ですよ。同じ吸血鬼の事件だからって、私が危険というわけではありません」

「そ、それはたしかに……すみませんでした」

 正論を言われ、アンが素直に頭を下げる。


「それにこの吸血鬼、やり方がかなり雑です。屍鬼なんて意図的に作ろうとしない限り、滅多に生まれません。手当たり次第に食べ散らかしでもしたら、話は別ですが。

 まれに『吸血鬼の血が体質的に合わず、眷属化の』もいるにはいます……けれど、確率はうん十万人にひとりですよ」


「――屍鬼グールって、本来は『眷属けんぞくのなり損ない』なんだっけ?」


 吸血鬼は吸血行為を食事とし、その際に相手を眷属化して手元に残せる。

 ヒリングに至ってはその食事すら必要としない〈純精霊〉に近い真祖なのだが、人間の食事を嗜好品しこうひんとして楽しんでいるようだ。


「そうですね。この犯人……わざと屍鬼を生み出してるなら、相当悪趣味ですよ。たぶん吸血鬼に成りたてで、全能感ぜんのうかんに酔ってる元人間かなんかじゃないですか」


 他人事かと思いきや、種族全体に泥を塗られ、それなりに怒っているらしい。


「あらまあ、そういう時、眷属にしたご主人は放っておくの?」

 メロディアが疑問を投げかける。


「生み出した吸血鬼側の責任問題になるので、普通は自ら始末しますけど……そう言われると、不自然ですね」

「吸血鬼にも、責任問題とかあるんだね……」


「眷属が下剋上しちゃった、なんて、有り得るかしら?」

「『主人を殺せば、眷属は人間に戻って』しまいます。それ以前に〈隷属契約〉が結ばれますから、通常まず逆らえません。

 即席の戦力として見ても、わざわざ眷属より弱い屍鬼を生み出すメリットは、ほとんど……ん?」

 そこでようやく、アンが開いていた本の内容に気づいたらしい。


「ああこれ? まさにその〈隷属契約〉について、ちょっと調べていてね」


「わ、私という者がありながら! どなたですか! ま、まさか……私?」

 両手で、ぽっと熱くなった頬を押さえる。

「お、落ち着いてってば! あと、そこで顔を赤らめないで! 怖いから!」


「では、なぜこんな資料を……」

「あらまあ、吸血鬼ちゃんは探偵ちゃんのこと、大好きなのね」

「んなっ! ち、違いますけど……!」

 咄嗟にメロディアが話題をごまかした。


 この時はまだ、あんな大事件が起こる前触れだと誰も――そう『』思っていなかったのだが、アンだけはこの時点で、嫌な予感がしていたという。


【ここまでの調査レポート】

 ・近頃、街で屍鬼グールの被害が多発してて。どうやらツヴェルク警部も対応に追われてるんだって。

 ・〈隷属契約〉について調べてたら、ヒリングに見つかりそうで、ひやひやしたよ。

 ・それにしても、この屍鬼事件。いや、『吸血鬼事件』と呼ぶべきか。

 ・悪趣味な吸血鬼の愉快犯ゆかいはんなら、退治で解決する分、まだマシなんだけど……。


(最終問題その①・了、つづく)

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