第3問:転送魔法陣疾走事件
出題編、その①:転送魔法陣で消えた人は帰らなかった、なぜか?
「お嬢様、今回はどのような事件なので? そろそろ教えていただいても?」
腰まで伸びた白いロングヘアの女性が喪服のような黒いワンピースのスカートを揺らし、かつかつと石畳の廊下を歩いている。
彼女を先導するのは紺のシャツにベージュのジャケットを羽織った、黒いショートヘアの少女だ。紺のネクタイも締めたボーイッシュな格好だが、とある理由で少女だとすぐにわかる。
「いやあ、僕だって意地悪したいわけじゃないよ。『軍事機密』だと口止
めされたから、外で話すわけにはいかなかったのさ」
アンが足を止めずに振り返り、助手であるヒリングに弁解する。
ヒリングが小走りで並ぶと
「ん? どしたの?」
「い、いえ……私は千年生きた吸血鬼ですから」
「あっそう、ガン見してたのバレてるからね」
「み、見てませんけど!」
「ふーん、なんで焦ってるのかなあ? 僕はどこを、とはひと言も言ってないのに」
再び振り返ったアンは、小悪魔のようにニヤついている。
「真祖の吸血鬼をからかえる『人間』は、アンお嬢様くらいですよ」
「人間のおっぱいをガン見するえっちな『吸血鬼』も、ヒリングくらいだと思うよ」
「んなっ――ですから、見てませんから!」
怒ったヒリングがアンを追い越し、ずかずかと先に進んでいく。
「おーい、どこに行くのか、わかるのかーい?」
廊下に響く足音が、ぴたりと止まった。
「……わかりません」
ふたりが歩いているのは、とある王立軍
「ごめんごめん、からかったのは謝るからさ」
アンが両手を合わせて謝罪の意を示す。
「まったく、お嬢様を守る〈契約〉をしてなければ今頃、
「大丈夫、ヒリング以外には
「そ、そうですか……えへへ」
満更でもなさそうに、頬をかく彼女であった。吸血鬼の威厳とは。
「ヒリングだって、僕以外の女の子の胸見ちゃダメだからね」
「心配には及びません。私が見るのは、お嬢様の胸だけです」
「やっぱ、見てたんじゃん……」
両腕で胸を庇うような仕草とともに、ぷいっとアンが顔を背ける。
色恋
「……その、お嬢様」
「……ヒリングは、さ。僕のこと……」
互いに何かを言いかけては、なんでもない、と互いに撤回し合い。
やがて完全な沈黙が訪れ、しばらく廊下にふたりの足音だけが響いた。
「ふー、やっと着いたね。ここだよ、この扉」
ふたりきりの気まずい沈黙から解放されたアンが、大きく息を吐く。
「お嬢様、この先に何があるんですか?」
ヒリングも気持ちを切り替え、普段どおりを装っている。
「君なら、見ただけでわかるんじゃないかな?」
預かっていた鍵を刺し込むと鍵穴に魔法陣が浮かび上がり、ガチャリと回すと魔術的な封印ごと
「これは……転送魔法陣の一種、でしょうか? これほどの規模は私も千年生きてきて初めて目にしますが」
厳重に
「まだ最終実践テスト中らしいけどね」
「それで、今回の依頼はこの大規模転送魔法陣が絡んでるというわけですか」
アンがこくりと頷く。
「転送魔法自体はそこまで珍しい技術じゃない。さすがに一般家庭にまで普及してないけど、魔術師を抱える施設では使われてる。
でも、それは物資の搬入搬出が
「ですが、この規模だと戦争が……いえ、歴史が変わりますよ」
「転送魔法の開発により、
その結果、むしろ決着はついたのに、死を覚悟した特攻が
「――しかし、転送魔法陣には弱点がありますよね。この魔法陣は二箇所が対になっていて、片方を無力化すれば、自動的にもう片方も効力を失います」
「さすがに詳しいね、ヒリング」
「お嬢様、私のことを舐め過ぎです」
彼女は結構、根に持つタイプの吸血鬼であった。
「じゃあ、ヒリング。転送魔法陣の『仕組み』は知ってるかな?」
「仕組み……とは? 魔術を用いて、離れた距離間で物質を移動させるだけ、ではないのですか?」
「まあ、結果だけ見ればそのとおりなんだけど……僕が聞いているのは、『どんな魔術で離れた距離を繋いでいるか』だね」
いまいちピンと来ていない助手にアンは手帳のページの一枚にペンでちょちょいと印をつけ、破り取って解説する。
「さて、ヒリング。この『点と点をどうくっ付ける』? 線を引くのは無しだよ」
「挑戦するおつもりですか、千年生きた真祖の吸血鬼であるこの私に。面白い、正解したらご褒美のひとつでももらいましょうか」
「君、僕のおっぱいを狙っているなッ?」
両腕で自身を抱き締め、身を庇うアンである。
「そ、その手があったか……じゃなくて、そういう意味で言ったんじゃありません!」
なんだ違うのかい、と残念なのか安心したのか、どちらともつかない反応をするアンであった。
「そもそも、まず正解してから言いたまえ」
「ふむ……わざわざ問題にするということは、特別な仕掛けがあるのでしょう。
吸血鬼の固有魔法のひとつに無数のコウモリに変化して、再結合するものがあります。一種の瞬間移動と呼べるでしょう。
つまり正解はこうです――」
うんうん、とアンが助手の推理を温かい目で見守る。
彼女が――ふたつに破いたページを重ねると、離れた点と点が重なり合った。
「いかがでしょう?」
ヒリングは、どうだと得意げである。
「いい線いってたけど惜しい!」
アンがもう一枚ページを破り、正解はこう、と示す。
それは――折って重ねる、というごくシンプルなものであった。
「折るか破くかの違いだけで、ほぼ正解ですよね? お嬢様、見苦しいですよ。いくら胸を揉まれたくないからって……」
「違うのは、『考え方』のほうで……君、胸を揉む気だったのかいッ?」
「揉む気でしたが?」
「開き直ったぞ、このドスケベ吸血鬼! 誇りはどうした誇りは! じゃなくて!」
本当に違うんだよ、とアンは子どもをあやすように解説する。
「『物体を一度分解して、離れた場所で再結合する転送装置』も、考案されてはいたんだよ。科学者の友達の受け売りだけどね。
けれど、技術的にも安全面でも、おまけに倫理的にも問題があったらしくて」
「では結局、採用されなかったのですか?」
「今の主流は、空間魔法を元にした技術だね。
僕も詳しくはないから簡単に説明すると、この紙みたいに魔術で『空間を曲げて、くっ付けちゃおう』って技術だよ」
「非常に口惜しいですが、私の負け……のようですね」
ヒリングがまだ不満そうに引き下がる。
「君、そんなに胸を……」
「こ、これは真祖のプライドの問題です! ご褒美の胸目当てではありません!」
誇りが高いのか低いのか、食い気味に否定する彼女であった。
「それはさておき、ようやく本題に入るけど、この【メモ:大規模〈転送魔法陣〉を使った隊員のうち、ひとりが帰ってきていない】んだ」
と、探偵手帳に既に書き記しておいたページを提示する。
アンはさっそく魔法陣の術式に書き損じがないか調べ始めた。
「別のどこかへ、飛ばされてしまったのでしょうか?」
「まさに、それを相談されているんだよ。この魔法陣は実戦投入前の最終段階でね。もし魔法陣の術式自体に異常はないのにそんな『仕様』が起こるなら、とてもじゃないけど実戦で使えないんだとさ」
「その……行方不明者の方を軍は捜索されていないのでしょうか?」
「
雑談も交えつつ、アンは運動場ほどの大きさのある巨大魔法陣を隅から隅まで点検していく。
ようやく調べ終える頃には、日が暮れていた。
「うん、【メモ:片方の転送魔法陣には異常なし】だね。となれば、調べるべきは、もう片方だ」
【ここまでの調査レポート】
・新型の『転送魔法陣』で問題が起き、使用者のひとりが帰ってこなかった。
・調べたところ、片方は異常なし。
「なんかヒリング、だんだん大胆になってきてない? 素直になれば……とは言ったけどさ。
こりゃツヴェルク警部に言われたとおり、襲われた時の撃退用に、聖水入りの小瓶でも持っとくべきかな?」
と、メモには書かず、少女は独り呟いたという。
アンの名誉のために補足しておこう。
この事件は終戦後、彼女を訪ねた老夫婦から事情をうかがい、当時の状況を再現したものである。
この件に関する資料は、ツヴェルクの汚職事件の時よりも、徹底して処分されてしまっていた。
(第3問その①・了、つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます