隣の席の幽霊君
緑山実
第1話 隣の席のイケメンは幽霊でした
「えーっと、私の教室は…」
いつもと違う階にいるだけなのに、そこはまるで異世界だ。
記憶より少し傷ついたロッカー。壁に掲示されている、大学のオープンキャンパスの案内。大胆にスカートを短くして、イメチェンした女子生徒。
同じようで同じじゃない世界が新鮮で、色々な胸の高鳴りをもたらす。
自分の教室がどこかきょろきょろしながら、見慣れない廊下を生徒が往住しているのを横目に、手に持っているクラス分け表を再度確認。
「三組…あ、ここだ」
ガラガラと扉を開けると、まだ教室の中はまばらに数人がいるだけだった。
「あー!さきちゃん今年も一緒なんだね!ちょーうれしい」
「なんかサッカー部多くね?ぜってー先生厳しいじゃん」
「かすみと離れちゃったー残念」
クラス替えの後に、クラスメイトのメンツを見て、あーだこーだ花が咲くのはもはや恒例行事。
「私の席は一番後ろね」
黒板に貼り付けられた座席表を見て、自分の名前が窓際から二番目の一番後ろの席であることを確認する。
――当たり席じゃん。やった。
続々と同じクラスの生徒が入って来て、座席表を見るために集まって来た。
埋もれる前に早く席に着こうと、さっさとその場から離れると、そのまま教室の後ろに向かう。
――まだ桜咲いてるんだ。
風の強い日が続き、校舎横にある大きな桜の木も散ってしまったかと思っていたが、空いた窓からはまだピンク色の空が見えた。
「うわっ」
急に風が吹き込んで、教室の中にはらはらと桜の花びらが舞い込む。
机の上に放置されたプリントが飛んで行ってしまう程の強風に、ぎゅっと目をつむる。
「――」
空気が落ち着き、乱れた前髪を整わせながら瞳を開くと、思わずその瞳に映った景色に息を呑んでしまった。
――とってもきれいな人…
自分の席の隣。窓際の一番後ろの席には、さらさらと髪を靡かせながら、頬杖をついて外を眺める男子生徒が座っていた。
まつげが長くて、鼻が高くて、とても横顔がきれいだった。
舞い上がった桜の花びらと一緒の画角に納めたら、きっとCMのワンシーンみたいになってしまうだろう。
「みんな席に着けー」
先生が教室に入ってきて、ハッと我に返る。
少し熱い顔がバレないように俯きながら急いで席に着くと、先生はよくある自己紹介やら、新年度の連絡事項やらをたらたらと続けて、プリントを配り始めた。
――あっ、一枚多い。
プリントが一枚多かったり、一枚少なかったり。そんな時に先生に声を上げるのは一番後ろの席の宿命だ。
仕方ない、と前まで余ったプリントを返しに行こうとした時、あることに気が付いた。
――あれ、この子プリントが回って来てない。
隣の席のイケメン君にプリントが来ていない。ひとつ前の机にはプリントがあるため、一枚足りなかったのか。
いくら先生にもう一枚下さいというのが面倒だからって、全くの知らんぷりなのは少し酷い。
「あの、一枚多かったので要りますか?」
先生に返しに行くのも手間だし、どうせだから、という軽い気持ちで、少しドキドキしながらイケメン君に声を掛けてみた。
手紙が来てないのがわかってしまう程、ちらちらとずっと目線を送っていたのはバレないはずだ。
「――ありがとう」
イケメン君は目を真ん丸にしてプリントを受け取り、ぺこりと頭を下げた。
初対面で急に声を掛けたにしても、随分とびっくりされた気がしたが、また窓の外を眺め始めてしまったので、それ以上話すことはなく、先生の話を聞くことに集中する。
「ねえねえ一緒に帰らない?あたし、このクラスに知り合いいなくてさ」
「うん、いいよ。一緒に帰ろ」
新学期初日なため、その日は一限で下校だった。
先生がいなくなった後は、グループラインを作ろうだの、他のクラスを覗きに行こうだの、みんなはしゃいでいたが、自分にはすることが無いためそそくさと帰ろうとしていた。そこで、右隣の席の
「もう知らない人ばっかりで心臓バックバクだったよー。クラスじゃ誰とも今日喋れなかったもん」
「私も同じだよ。隣の男の子と一言喋ったくらい」
「あれ?左隣って誰もいなかったくない?」
「――?」
「じゃ、あたしこっちだから。ばいばいー」
「…うん。ばいばい」
――誰も居なかった?
一体何を言っているのだろうか?隣の席にはあのイケメン君がいたではないか。
上履きを履き替えて、校門の外まで既に来てしまっていたが、なんだかとってもそれが心に引っかかって、くるりと振り返った。
走りはしないけど早歩きで階段を上る。
「いない…」
教室を覗くと、そこにはもう誰も居なかった。ついさっきまで騒がしかったはずなのに、嘘みたいに静けさで満ちている。
ビュウッ――
きっとどこかの窓が開いていたのだろう。その時、また風が教室に吹き込み、カーテンが大きく踊り出した。
すると、カーテンの後ろに隠れていた男子生徒の姿が露わになる。
「あ!イケメン君!」
つい、『イケメン君』なんて恥ずかしい心の中の呼び方を声に出してしまって、咄嗟に口に手を当てる。
――聞こえちゃったかな。
廊下と窓際ではまあまあな距離があるため、自分の声が聞こえていないことを祈っていると、窓枠に肘を付いて、たそがれていたイケメン君はゆっくりと振り向き、まっすぐこちらに澄んだ瞳を向けた。
「君、名前は?」
「
「ねえ、友彩。なんで僕のことが見えてるの?」
「――?」
「僕、幽霊なんだよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます