第3話 冬の日常③

 やっぱり、俺、病気?


 みゆきや聖子姉もそうだけど、優子の顔を観ただけでも、聖夜の奇跡の感触を思い出してしまう。みんな違って、みんないい! って、だめだ、俺。なんて不誠実な男なんだ。俺が好きなのは栄子ただ一人。の、はずなのに、何故だかみんながいいと思ってしまう。どうしたんだ、俺! 狂ってしまったのだろうか。


 ましてや、優子は俺の担任。しかも、母さんよりも歳上。それなのに、俺はこんな気持ちを抱いたままでいいのだろうか……。


 そんな思いを隠すには、ちゃらけて見せるしかなかった。優子の反応は意外。


「やはり、かわいげないな。私はあの日の記憶が未だに頭にこびり付いている」


 あの日って、もしや! と、思っているうちに家の前に着く。時刻は九時十八分。あと二分で母さんの演習は終了。外で待ちつつ、話を続ける。


「クリスマスイブ? スーパー銭湯でのこと?」

「他にないだろう、私が君を抱きしめたことは。女生徒を含めて他にもいない」


 意外や意外。優子も俺と同じ思いをしていたなんて。優子にそんなウブな一面があったとは! 自分の母親よりも歳上の女性を不覚にもかわいいと思ってしまう。


「意外ですね。優子、男子からも女子からもモテモテなのに」


 クラスの約半数に推されている。俺調べではあるが。


「否定する気はないが、一歩踏み込んでくる生徒は稀だ」


 優子の中では、俺が踏み込んだことになってるようだけど、俺だって成り行きでのこと。決して狙ってしたことではない。だって優子、かわいくって眩し過ぎる。


「アイドルのころもモテたんでしょう?」

「早苗には敵わんよ」


「アイドルといえば。ほら、接触イベントとかあるでしょう」

「うーん、握手会はあったが、ハグ会はなかった」


「そぅ?」

「他のユニットでハグ会をしてるのを観たが、まぁ、表面上のことだ」


「ハグに表面上とか何だとかって、あるんですね」

「君が言うか? すばるのそれは……」


「……おっ、俺のそれは?」

「恋人同士がするような、濃厚なヤツではなかったか」


「こっ、恋人同士!」


 優子が言いながら顔を赤らめるのまで含めて、あまりにもかわいい。まるで歳を感じさせない雰囲気だ。


「ッ、カーッ。もう、いいだろう。お互いに忘れようではないか」

「そう言われても、俺にはムリですよ」


 本心だ。優子との聖夜の抱擁を、俺は一生、忘れないだろう。


「私にも難しい。だが、早苗が頑張ってるんだ。不謹慎なことはできまいて」

「そんなに不謹慎な想い出じゃないですよ」


「そう言う意味ではない。お互いにあの日のことを想い出している今が不謹慎」


 大人の正論だ。


「そう、ですか。だったらもう一度、ハグすます? 一緒に」

「何でそうなるんだ」


「あの日の想い出を上書きすればいいかなーって」

「はい、はい。そんな挑発に、のったりはせんよ!」


 と、ちょうど演習終了を告げるキッチンタイマーがなる。優子は続けて「この、かわいげない生徒くん」と、言いながら玄関のドアを開け、中へ入る。


 俺も続く。「お帰りなさい! 優子、すばる」と、エプロン姿の慶子が出迎える。




 優子は予定通り母さんの答案を持って学校へと向かう。


 そのあと。母さんの演習中に、俺は慶子に掃除の仕方を教えることになっている。一昨日はお風呂場、昨日は洋室。そして今日は玄関掃除の日なんだけど……。


「すばる。目を閉じてお茶を啜ってる場合ではないでしょう!」


 と、息巻くのは慶子。『餅つき大会』の約束のせいか、母さんは英語の演習に集中。気配を全く感じないほどだ。近くに母さんがいるのに、目を開けていると慶子が眩し過ぎる。上品なやわらかさを思い出してしまうんだ。けど、言われてしまったら仕方ない。俺は目を開けて斜め上を見ながら言う。


「掃除をする前にお茶を飲むことは、大事なことだよ!」


 一杯のお茶が掃除の成否を分ける! なんてことはないが、ここは気合いだ。


「なるほど。リラックスして掃除するのが効果的ってことですね?」

「それもあるけど、本当に必要なのは茶殻だよ」


「? 分かりませんわ」

「箒を掛ける前に、茶殻を撒くと、程よい水分が埃を吸着してくれるのさ」


「埃が舞うのを防げるというわけね」

「さらに! 茶殻に含まれるカテキンに殺菌効果があるとか、ないとか」


「はっきりしないのですね。気合いだけですか?」


 見透かされる。


「さっ、最終的には洗剤を使うからね。効果は保証できないってことだよ」

「だったら、洗剤を使わなければよろしいのでは? あるいは……」


 あるいは?


「……カテキンを配合した洗剤を使えばいいのではないでしょうか?」

「そういうの、あるけど高価なんだよ。玄関には使い難い」


「では、安価で使い勝手の良いカテキン配合の玄関用洗剤を開発すればいいのね」

「簡単に言わない。開発期間がものすごく長いんだから」


「そうかもしれませんが、念のため我が家の研究所に依頼しておきますわ」


 慶子と話してると調子が狂う。『我が家の研究所』って、パワーワード過ぎる。


「兎に角、掃除をはじめよう!」

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