第6話 二人目は、誰?

 当然のように呼び出される。担任の前田優子先生。長髪でクールな佇まいに隠れファンは多いが、俺は苦手。表向きは進路指導となっているが、就職先の決まってる俺に指導は不要。と、なるとお説教。俺には煙に巻くことしかできない。


「まったく。最後の最後。ついに本性を表したな、大谷」

「はっ、はぁ」


「クラスの連中をどうやって焚き付けた?」

「俺、何もしてませんよ、何も。みゆき……松井さん達がしたことです」


「まぁ、いい。君の家庭のことはある程度理解しているつもりだ。協力もした」

「いつも、ありがとうございます。特に、就職口については」


「私は神様じゃないぞ、大谷」

「いやっ、じゃあ、毎度どうも」


「はぁーっ、まあいい。それより、君のことだから理解できるだろう」

「受験、ですよね」


「そう、受験。話が早くて助かるよ。君のクラスメイトは人生を賭け受験に挑む」

「安心してください。そこは、弁えているつもりです」


「君は早々に就職先を決めた。かといって、無関係でいてほしくはない」

「もちろんです」


「ならいいが、くれぐれもよろしく頼むぞ!」


 先生はそれ以上は何も言わなかった。




 赤い古びたランドセルを背負っている少女が画面に映る。自己紹介に続けて『好きなテレビ番組は情報バラエティー。将来はアイドルになりたいです』と言う。


 あのときの俺達は無敵だった。なんでもできると思ってた。


「っかし、よくもこんな古い映像を保存してたな」

『全くです。構成、演出、オリジナリティ、テンポ。全部ゼロ点! おみごとぉ! まぁ、メッセージ性だけは幾らかの点数を上げてもいいですが!』


「そんなに酷い? なっ、何点くらいかなぁ?」

『五点ってとこでしょうか』


「それって、何点満点?」

『二十点です。五項目合計、百点満点中の五点!』


「そんなゴミ、よく保存してたな」

『当然です! ご主人様がクラスのど真ん中にいたころの貴重な映像ですから』


「そんなころもあったなぁ」

『あら、ご主人様は今でも、ギリ、クラスの中心人物の一人ですよ』


「よく言うよ。俺はギリはギリでもいじられてもいじめられないギリの立場」

『そうでしょうか? 六連星のみなさん、ずっとご主人様を気にかけてました』


「そうなの?」

『はい。そういう意味では、中心としても言い過ぎではありません』


「かなぁ」

『ことあるごとに、ご主人様を巻き込もうと語りかけていました』


「えっ?」

『ご主人様、相変わらずの鈍感ぶりですね。尊敬します』


「そりゃ、どうも!」

『まぁ、あの先生には見抜かれているようですが』


「そう、なんだ」


 さくらが帰り道で話しかけてくること自体が希なこと。しかもその内容が突飛。青い六連星のみんなが俺に語りかけていた? 先生は見抜いていた? そうは思えないけど、だったらいいなと思う。


「兎に角、ビデオメッセージの作り方、調べといてくれよ」

『必要ですか? そういう業界なら、よく知ってる方がいるじゃないですか』


「あぁー、栄子さん!」

『そうです。加えて、お母様!』


「かっ、母さん? 大丈夫かな、あんなの。どう考えても天然」


 TKGを作るのも大騒ぎ! そんなポンコツがメッセージビデオ撮影について有効なアドバイスをくれるとは思えない。


『何をおっしゃいますか! ご主人様は本当に何も知らないのですね。『ふじた さなえ』というのがお母様のアイドルとしての名前。天才です! 数々の記録を打ち立て、十六年前の卒業公演は水道橋ドームを五日間連続で満員にした伝説を残しています。延べ十公演で五十万人。伝説を目撃した人に言わせれば、現在のトップアイドル『川上美衣子』だってまだまだとのことです』


 そっ、そんなにすごいの! 川上って子がどれほどのものか分からないけど、母さんから前に聞いたエピソードでは社長に怒られたって言ってたし、とても大物には思えない!


「兎に角、そのときが来たら、協力してくれよな!」




 帰宅。


「お帰りなさいませ、すばる様!」

「えっ、栄子さん。もう来てたんですか!」


 まだ、慣れない。会った瞬間の破壊力は半端ない! っていうか、新妻スタイルの栄子さんの色気、マジ、幸せ。この距離感、大切にしたい。はじめて出会ったときの感動が甦る! 


 それでいて、しばらく一緒にいると家族のように感じるから不思議。


「はい。土日は忙しくてここには来れません。正確には金曜日の夜から」

「金曜の夜から……」


「今から三十時間は暇です。明日はお帰りに合わせてお迎えに行きましょうか?」

「いやっ、ムリムリムリ」


「そうですか? あの車なら、大丈夫かなーって思ったんですけど。ダメですか」

「違いますって。車はいいんですが。明日、俺、学校ないんです!」


 創立記念日だ。


「へぇーっ! そうなんですか。へぇーっ!」

「なんですか、それ。今、何か企んでません?」


「企んでないことはありません。いつでもすばる様を引き込むことを考えてます」

「正直ですね。栄子さん」


「はい。すばる様にウソはつけません」

「乗りませんよ。車にも、仕事にも!」


「ええっ。それならそれで構いません!」

「そうですか。それはよかった」


「その代わり、ちょっと付き合ってくださいませんか?」

「つっ、付き合うって!」


 仕事は断りつつ、個人的な付き合いがはじまる。最高のパターンじゃないか!


「恒例の、お土産披露タイム。車まで取りに行くで、よろしくお願いします!」


 そういうことですか。





「栄子ちゃん! ツボ、押さえるのが上手ね!」

「ありがとうございます、早苗さん」


 披露されたお土産は、大量のキッチン用品。ラップフィルムやらアルミホイルやらペーパータオルやら台拭きやら。いわゆる消耗品ってやつが主体。


「驚いたな、母さん。台所に立ったことなんてないのに、よろこんでる」

「すばるちゃん、それ、言い過ぎだって! お母さんだって料理くらいするから」

「あっ、知ってます。『ふじたさなえのラブコメキッチン』ですよね」

『ご主人様、それは視聴率三十パーセント超えの超絶人気番組です』


「母さん、そんなのに出てたの⁉︎」

「看板だよーっ。お母さん、すごかったんだから」

「そうですね。私はまだ小さかったんですが、卒業式には参戦したんですよ」

『ご主人様、前に話した伝説の卒業式のことですよ』


「分かるよ、そのくらい。でも、栄子さんって歳は幾つなんですか」

「あーっ、いーけないんだーっ。女の子に歳を聞いちゃダメなんだよ、すばるぅ」

「明かしてもいいですけど、今は内緒ってことにしますね」

『それがよろしゅうございますよ、栄子さん!』


 そんな話のあとで事件。ことの発端は、荷物の整理。


「あーっ、これ! ロックジッパーじゃん!」

「何? それ」

「早苗さん、それは密閉出来る食材保存用の袋です」

『空気や水分を閉じ込める優れものです。それがあれば、私だって入浴できます』


「前に一度だけ、使ったことあるだろう。高いから最近は買ってないけど」

「あー、あれ! たしかに、さくらちゃんとお風呂入るときに使ったかも」

「へぇーっ、そんな使い方もあるんですね! だったらどうです、さくらさん!」

『いい提案ですが、ご主人様次第です。ヤキモチを妬かれたら困りますので』


 昨日、母さんと栄子さんが一緒にお風呂に入ったあとは、二人とも笑顔だった。今でも充分に仲がいいとは思うけど、もっと仲良しになって笑ってくれたら、こんなにうれしいことはない!


「ヤキモチなんか妬かないからさ。好きなようにしろって!」


 目的からして、母さんが反対することはないだろうと思った。さくらが俺次第と言ったのも、同じ考えからだろう。けど、母さんはたしかに賛成したものの、幾らかの迷いがあるように感じられた。腰に手をあてて胸を張る。母さんが迷ったときにするクセだ。それが見えた。


「じゃあ、決まりだねーっ!」

「はい。早速お風呂、いただきます」

『いただきます!』


 こうして、栄子さんとさくらが一緒にお風呂に入ることとなった。まぁ、二人が仲良くなって笑顔になるんなら、俺にはメリットしかない。それでいいと思った。


 栄子さんはまるで、俺達の家族のようになった。

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