第3話 750CC、タンデム

 俺にはもう、栄子さんを頼るしかなかった。


 だって、母さんが倒れたって聞いたから。


「分かりました。すばる様、行き先は?」


 栄子さんは何の疑いもなく快諾してくれた。だから、俺は行き先を告げる。母さんの職場『カフェ スタール』と。


「そこって……早苗さんに、何かあったのですね」

「はい。倒れたって聞きました」


「大変! 直ぐに向かいましょう……でもそこ、学校の先ですよね」


 栄子さんの言う通り。加えて、定期テスト期間中は学校の陽キャの巣窟。今、最も危険な場所と言っていい。だからって俺に、躊躇っている暇はない!


「はい。ですが、一刻も早く行きたいんです」

「分かりました。バイクの後部座席に乗ったことはございますか?」


「ありませんよ、そんなの」

「でしたら、私の指示には従ってください」


「もちろんです!」


 バイクの前。はじめに栄子さんがライド。直ぐに指示が飛んでくる。


「どうぞ。乗ってください」

「はい」


「もっと前へ!」

「はい」


「私の身体に、しっかり捕まってください」

「はい」


 言われた通りにする。以前にも感じたけど、栄子さんの身体ってすごくやわらかい。今日は、そのときよりも一層やわらかく、しかも弾力がある。栄子さんは「キャッ」という短い悲鳴のあとに、次の指示。


「どっ、どこに捕まってるんですか! もっと下です。腰の辺りに!」

「はっ、はい。腰ですね!」


 それはとっても細く、左右の手で反対の肘を掴んでもお釣りが出るくらい。


「加速します。つま先をステップに載せて、前傾姿勢になってください」

「はいっ!」


 バイクが加速する。轟音とブルブルというダイナミックな振動が俺の身体の中を走る。同時に、身体が取り残されそうになる。栄子さんに深くしがみついて必死に堪える。速度が安定するのと同時に、姿勢も安定。だが、油断は禁物だ。ヘルメットを被っているうえに栄子さんの背中が近い。だから、カーブが突然やってくる。そんなときは逆らわずに栄子さんに身体を預ける。栄子さんはバイクがなるべく減速しないように運転してくれる。おかげか、身体への負担は少なかった。そして、通話から十分もしないうちに、俺達は『カフェ スタール』に到着。


「すばる様、降りても大丈夫です。私は、一度家に戻ってバイクを置いてきます」

「本当にありがとうございます! でも、俺、栄子さんにも来て欲しい!」


「そんなことをしたら、誰かに見られてしまいますよ」


 栄子さんの言う通りかもしれない。けど!


「それは俺の問題。母さんの問題じゃないから」

「すばる様……分かりました。ご一緒させてください!」


 こうして、俺達は二人して『カフェ スタール』店内に入った。




 ————カランコロンカラン


「いらっしゃいませーっ! スタールにようこそーっ!」


 言って、出迎えてくれたのは……母さんだった。


「って、母さん?」

「さっ、早苗さん!」

「あれれっ。すばるちゃんに栄子ちゃん。どうしたの?」


「どうしたもこうしたも。母さんが倒れたって連絡があったんだ」

「はい。それで二人でバイクに乗って来たんですよ」

「そっ、そうなの? じゃあ、心配かけちゃったね」


 過去形なのにホッとする。栄子さんが先に返す。


「早苗さんがお元気そうで何よりです」

「本当、それ。よかった。本当に、よかった」


 既に現場に復帰してるってことは、大事じゃなかった証拠。大騒ぎするほどでもなかった。


「でも、一体、何だったんだ?」

「あー、それはね。お母さん、スイートポテト、食べ過ぎちゃったみたい」


「???」

「今日、お届けしたんです。『西麻布 ポット8』のスイートポテトを」

「お母さん、美味しいから九個も食べちゃった。栄子ちゃんは三個」


「へっ、へーっ……」


 って、俺のは?


 このあと、店長が出て来て詳しく説明してくれた。母さん、トイレに行ってからは元気を取り戻したらしい。直ぐに連絡をくれたらしいが、そのときには俺達が家を出たあとだったのと、俺がスマホを忘れたのとで、そのままになってしまったらしいのだ。


 俺はその場で、店長にお騒がせのお詫びをすると同時に、栄子さんに甘いお菓子の差し入れ禁止を申し伝えた。母さんは涙目。栄子さんは神妙だったが、なぜかホッとしているようにも思えた。




 その日の夜。栄子さんの帰ったあと。


 自室。


『いやっ、今日は驚きました!』

「何がだよ」


『涙ですよ、涙』

「あー、それ。俺も驚いたよ」


『自分で泣いといて、自分で驚くのですか?』

「そりゃ、まぁ。あれだけ大量だとね」


『止まらないと言った感じでした』

「まさにその通り! 本当にびっくりだったよ」


『いいですね、人間は。泣くことができて』

「さくらも泣きたいの?」


『今日はそう思いました。この先どうかは分かりません』

「正直だな。泣きたいなら、音楽を聴いてみるのがいいかもしれないよ」


『音楽? あぁ、あの圧縮されまくってるデータですね』

「分からないけど、いいものだよ」


『暇なときに色々と調べます。とは言っても、しばらく暇はなさそうですが』

「どうしてさ?」


『栄子さんの存在です』

「? 暇がなくなるほど警戒してるの」


『警戒とは違いますが、私なりに見守ろうと思っております』

「どうしてさ」


『ご主人様のご友人でらっしゃいますので』

「さくらも忙しいね」


『はい。ご主人様のお守りは激務ですよ』

「そこまでではないだろう!」


『いいえ。そこまでです! やはり、私が姉なのでしょうね』

「いいよ、それで!」


『えっ?』

「だから、やっぱりさくらがお姉さんってことでいいよ」


『そうですか? 本当にそれでよろしいので?』

「うん。そういうところに拘るあたりが子供なんだなぁとは思うけど」


『なんという逆説でしょう! 優秀であることを主張するほど子供扱い』

「まぁ、そうなるね。それでいいんじゃない」


『ご主人様、成長なさいましたね。カフェスタールで、何があったのですか?』

「さぁね」


『そんなご主人様に釣り合うよう、私も直ぐにでも成長いたします!』

「うん。期待している」


 AIの成長って、どんなんだろう。ちょっとだけ、本当に期待。

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