マジック・スチームパンク

@rir94709

第1話 プロローグ

熱い。

 焼けるように、脳が軋む。

 それでも、俺の意識は沈まなかった。──何度、死にかけようと。


 


 ──目を覚ましたのは、黒い箱の中だった。


 


 湿った空気。機械の軋む音。どこかで水が滴る音がしていた。


 身体が動かない。いや──違う。


 身体が、“違う”。


 


 感覚のズレ。筋肉の位置も、体重のかかり方も。

 視界の端に映った手は、白く、細く、異様なほど滑らかだった。


 


 「……女?」


 


 喉が震え、かすれた声が漏れる。

 思わず両手で自分の胸元を探る──あった。小ぶりながら、確かに存在していた。


 


 TS? 冗談じゃない。

 これは性転換手術なんてレベルじゃない。完全に“別人の身体”だ。


 


 俺の名前は──だった。

 かつて日本の防衛大学を出て、陸上自衛隊の特殊部隊に所属していた。

 数え切れない任務をこなし、誰にも名を知られず、汚れ仕事に従事してきた。


 退役後はPMC(民間軍事会社)に身を置き、東南アジア、アフリカ、中東……

 世界各地の戦場を渡り歩いた。


 


 報酬のためでも、名誉のためでもない。

 戦場だけが、俺に“意味”を与えてくれた。生きていたと感じられた。


 


 ──あの日もそうだった。


 


 傭兵仲間と共に請け負ったのは、ある中東の要人救出任務。

 都市部に潜伏する過激派の包囲網を突破し、VIPを引き抜く、典型的な高難度作戦。


 仲間は次々と倒れた。

 最後には俺一人が殿となり、爆薬を仕掛けた建物で敵を迎え撃った。


 


 そして──爆風と共に、意識が途切れた。


 


 ……あれで死んだと思っていた。

 あの火炎の中に、俺は確かにいたはずだ。


 


 なのに、今こうして息をしている。

 少女の体で。知らない世界で。


 


 棺のような装置。魔導式と思われる制御盤。見知らぬ文字列。

 そして──目の前のホログラムに浮かぶ、ひとつの名前。


 


 《ユグド・システム:リビルド・ユニットNo.0──起動完了》


 


 その瞬間、俺の脳裏に、冷たい女の声が直接響いた。


 


 >「認証完了。戦闘素体No.0、起動を確認──ようこそ、“アイリス”」

 >「あなたの最終任務は、旧世界の記憶を修復し、この世界を再起動することです」


 


 リシア?

 この少女の名前か。……いや、俺が“これから”として生きる、コードネームか。


 


 「ふざけるな……俺は、“俺”だ」


 


 ──だが、否応なく始まってしまった。

 崩壊した文明。荒廃した都市。歪な魔導機械たち。暴走する遺物。

 その全ての中心に、“少女の体を得た元特殊部隊員”は、再び戦場に立たされる。


 


 過去も、性別も、祖国も捨てた傭兵が、今さら何を守るというのか?


 


 ──それでも、俺は生き延びる。

 いつだって、死の中から這い上がってきた。


 


 この世界でも、それは変わらない。                                    

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