第51話 赤ちゃん
「ホワイトのロールプレイをやりたいの」
置物扱いだった頃の無情な時期からの脱却として、役になりきって活躍したいという美咲さんの秘めた思いを聞いて……僕の胸にも昔感じていた、ある思いがこみ上げてきた。
美咲さんをぎゅっと抱きしめる。
「美咲さん、辛かったですね……僕も昔、小学生ぐらいの頃までは目が見えないことを理由に、そこにいるだけでいいと言われて何もやらせてもらえなかったことがあります。
そうすると……僕なんて、いてもいなくてもどっちでもいい存在なのかと思えてしまって、凄く辛かったんです。もちろん僕のことを心配して優しさからそう言ってくれている人がほとんどでした。
でも駄目でした。人間って実存が大事なんですよね。人を頼りにして、頼りにされてっていう関係がないと……人生がとても虚しく感じてしまいます……」
腕の中で美咲さんの肩が震えている。僕の服に、温かい涙がじんわりと染み込んでいくのを感じた。
「徳本整骨・整体院で働こうと決めてからは心が凄く楽になったし、実際に父のサポートとして患者さんやお客様との触れ合いを通して毎日がとても充実していたからね。幸い目が見えなくとも僕の施術は好評だったから、仕事もとても楽しかったし。
……美咲さんがホワイトになりきって、この世界で活躍するのを楽しみにしてるからね。頑張って! そのためのサポートもしっかりするから任せて!」
「もちろん私もお手伝いしますよ!」
僕らの様子を静かに見つめていたルナも、僕の行動を肯定するように強く頷いた。
「……巧君、ルナちゃん、ありがとう」
美咲さんの肩の震えがおさまったので、抱きしめていた体を離すと、美咲さんはハンカチでそっと涙をぬぐった。
「ふふっ、こんなに親身になってもらえたら、私、めいいっぱい頑張っちゃうんだからね! 魔力が暴走した時に一度だけすんごい治癒魔法が使えたから、頑張ればその内に聖女らしく白魔法系全般が普通に使えるようになるといいな」
「魔法が使えないのは……『聖域展開』のスキルが何かしら関係しているのかもしれないね。グレーアウトしてるし。僕の神眼でもっと美咲さんのことが見えるようになったら、解決の糸口が掴めるかも」
「ミサキさんの物理攻撃は、取り敢えず杖術から狙っていくのが良さそうですね。そうすれば連動して少しは物理攻撃系のステータスも上がっていくでしょうから……その後折を見て体術を加えていくのはどうでしょう?」
ワイのワイのとホワイト無双の為の育成計画を語り合った後、宿を出て厩舎に預けていたメイとラヴィを回収する。
「おはよう。メイ、ラヴィ」
「「ブルルル」」
うおっと!? 挨拶なのか、ベロリン、ベロリンと左右から長い舌で顔面を舐められた。
「むぅ……タクミ様を舐めるのは私の役目だというのに……」
そんな役目が本当にあるの? まぁ、いつも癒してもらっているから否定はしないけど……
メイとラヴィの全身をチェックし、特に足周りを念入りに調べる。治療してから一晩たったけど、二頭の体調は問題ないようだ。
「良し! 今日もよろしくね!」
「「ヒヒーン!」」
気合十分の二頭にまたがり出発の号令をかける。勇ましく号令はかけれども僕がやっている事といえば、振り落とされないようにルナの腰にしがみつくだけというのが、なんともしまらない。
「ルナ、僕も早く一人で乗馬出来るようになりたいんだけど……練習っていつから始められるかな?」
「メイもラヴィもタクミ様がご主人様だと認識しているみたいなので、この様子なら移動しながらでも練習できそうですね」
「ほんとに? 良かった!」
「二頭とも賢いですから、たぶん手綱を握って声がけするだけで、問題なく進路を走ってくれると思います。その中で少しずつ手綱捌きと馬と呼吸を合わせる事を覚えていきましょう。次の休憩の時にミサキさんの前に乗って早速始めますか? それとも私がラヴィに乗り換えて教えましょうか?」
「うーん……馬を乗り換えるのも、順番を変えるのも悪い気がするから美咲さんに教えてもらおうかな」
「わかりました。それでは合図の出し方を一通りお伝えしますので見て覚えてくださいね」
ルナ先生のつむじを上から覗き込みながら、手綱捌きの座学……いやこれも実地か? 乗馬技術の見学が始まった。美咲さんにも声をかけて、練習しながら進むことを伝える。
乗馬の練習は精神力を養うというのは本当だった。
なんと、移動中は常に二人のたわわちゃんが、交互に僕の背中を攻撃してくるのだ。どうしても意識が背中に集中してしまうのを、鋼の精神でもって手綱へと集中する。これが実に難しいということを思い知った今日このごろ。
ルナなんて絶対にわざと押し付けて面白がってるだろ!? っていうぐらい押しつぶしてきていたからね。
そんなこんなで乗馬の練習をしつつ西へ進むこと三日。三人で一部屋はもはや必須のようで……毎日のルーティンとして、僕の柔道技(立技・寝技)とルナの狼牙封禍拳の修練を三人で行い、二人への整体マッサージという流れが加わった。
そしてルナのペロペロマッサージ中の僕のエネルギー切れによる寝落ち。
気のせいかもしれないけど、ルナだけじゃなく、日に日に美咲さんの匂いが僕の体からも香ってくるようになっている気がする。これだけ一緒に生活すればそういうもんかとも思えるけど……寝起きが一番匂いが濃いのがなんとも不思議だ。
今日も西へと街道を駆ける。メイとラヴィは本当にお利口さんなので、僕も一人でも乗馬が出来るようになった。でもたぶん他の馬だと、思うようにいうことを聞いてくれないんだろうな、というのもなんとなくわかる。慢心せずに練習を続けていこう。
「順調に進んでこれたので、明日の夕方には目的地のダンジョンに到着できそうですね」
メイに騎乗中に、背中のルナが話しかけてきた。
「そうみたいだね。ダンジョンに入ったら安全地帯を探して数時間休ませてもらうね」
「はい。毎日常時スキルの発動お疲れ様です。その時は私がしっかり見張っていますので安心して休んでください」
「ありがとう……あれ? ルナ、左奥の茂みがなんか光ってない?」
「え? どこですか?」
「あそこだよ。ほら! 光ってるっていうよりは揺らめいてる? ほんとに見えない? ひょっとして神眼にだけ映っているのかな?」
思わず声が大きくなってしまった。
「私にも見えないよ。巧君そのまま揺らめきの方に進んでみて。神眼にだけ見えている場所なんてわくわくするじゃない!」
「わかった。メイ左に行こう」
神眼に映る揺らめきを頼りに街道から外れて左に進みしばらく進むと、茂みの奥に小さな泉があった。
「綺麗な泉ですね。ちょうどよいので休憩しましょう」
光や揺らめきは水面の反射だったのかな?
ルナの呼びかけに皆が頷き、馬から降りて泉に近付いた。
ふっ、と全身に違和感を覚えた次の瞬間。
「「「え!?」」」
僕らはみんな揃って、真っ白な空間に入り込んでいた。
「なにこれ!?」
「とにかく戦闘準備だ!」
突然の事態に驚くが、三人で二頭を中心にして背中合わせにその場にかたまり、周囲を警戒する。しばらく警戒態勢のまま様子を見るが、真っ白なだけで特になにかが襲ってくるわけでもなさそうだった。
「……まさかこれは……幼い頃に噂で聞いた……出会うことはまずないと言われている幻の……『
ルナの驚愕のつぶやきがやけに大きく耳に響いてきた。
――――――――――――――――――――――
お話の構成上、今話の冒頭シーン「ホワイトのロールプレイをやりたいの」〜ワイのワイのとホワイト無双の為の育成計画を語り合った。までを第50話に含めた方が適切だと判断しました。
すでに第50話を読み終えた方々が第51話を全員読んでくださったと判断したタイミングで、第50話に移植した方のみを残し、第51話からは削除するように致します。
ご迷惑をおかけして申し訳ございませんm(_ _)m
いつも応援していただきありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます