プロローグ02

リオンが、凍り付いた彫像のようにそこに立っている。

周囲の罵声が、俺の耳にも届く。一つ一つ、刃のようにリオンの心を突き刺しているだろう。いや、もっと深く、彼を蝕んでいるに違いない。

「あんな男、とっとと追放してしまえ!」

「学園から出ていけ!」


その声が、俺の胸に激しい痛みを伴う。罪悪感で、吐き気がした。

(俺のせいだ……。全て、俺が招いた結果だ……!)


完璧な笑顔の裏で、エリオットの胸は、後悔と、そして抑えきれない焦燥感に満ちていた。

ああ、君は今、どれほど苦しんでいるのだろう。

数ヶ月前、俺のあまりにも愚かな、そして衝動的な決断が、リオンをこの場に立たせた。愛ゆえの選択。それが、リオンを世間から『悪役』と罵られる孤独な場所に追いやったのだ。リオンに向けられる侮蔑の言葉一つ一つが、彼の胸に容赦なく罪悪感の針を刺す。


(すまない、リオン。本当にすまない……。俺が、あの時、君のつれない態度に自信をなくさなければ……聖女との婚約に、流されるように身を任せようとしなければ……こんな、こんな惨めな思いを、君にさせることはなかったのに……!)


後悔の念が、心の臓を鷲掴みにする。あの時、君がもう少しだけ素直になってくれていたら。僕のちょっかいを、もう少しだけ喜んでくれていたら。そうすれば、僕は聖女との婚約を、都合の良い逃げ道だなんて思わずに済んだのに。

だが、そんな後悔に浸っている暇はない。リオンは今、この瞬間も、傷つき、追い詰められている。


周囲の人間には、聖女の状況に同情していると思われているだろう。だが違う、僕はリオンしか見えていない。この傷ついた『悪役令息』を、誰にも渡したくないほどに。僕は、リオンを深く深く理解している。


リオンは相変わらず無表情だ。しかし、エリオットには分かる。その冷たい仮面の奥で、彼がどれほどの絶望と、そして微かな救いを探しているか。

リオンの視線が、一瞬だけ自分を捉えた。その目に宿る、諦めと、救いを求めるような小さな光。エリオットは、その光を、決して見逃さなかった。


(今、優しく手を差し伸べたら、君は僕に、あの頃のように微笑んでくれるだろうか? 君は僕が聖女と婚約しようとしていたことを知って、ショックを受けていたはずだ。もしここで、僕が君を救い出して、優しく包み込んでやれば、きっと君は、僕だけのものに――)


一瞬、そんな甘美な誘惑が頭をよぎる。あの、無垢で純粋なリオンの笑顔を、もう一度自分だけに向けてほしい。

しかし、すぐに「……いや、焦るな。今ではない。今、安易に手を差し伸べれば、君はまた、僕から逃げようとするだろう」と、わずかな自制心でその衝動を押し殺した。これは、決して計算ではない。リオンの心を深く理解しているからこその判断だ。リオンは、安易な救いなど望んでいない。真に救い出すためには、もっと根本から、この状況を、彼の心を、変えなければならない。

これからの長い時間、ゆっくりと、確実に、リオンを自分の愛の檻に絡めとっていくのだ。


リオンの冷たい瞳の奥に、わずかな動揺と、抗えない好奇心が見て取れた。

エリオットは、静かに笑みを深めた。その唇には、周囲には完璧な王子の微笑みに見えながら、リオンにだけは『お前を、俺の全てにしてやる。必ず』という、甘美で、しかし確固たる決意が滲んでいる。


(ああ、早くその震える身体を、この腕に閉じ込めたい。そして、誰にも見られぬ場所で、とろけるほどに愛してやりたい。この世界から隔絶された、僕だけの楽園で、君を──二度と、誰にも傷つけさせない。俺が、君の全てになる)


胸の奥が、甘く、そして切実に疼く。それは、傷つけられ、絶望に打ちひしがれた獲物を、ゆっくりと、そして熱く、食らい尽くしたいという、彼の男としての本能が呼び覚まされる感覚だった。

この退屈な世界で、唯一心を揺さぶった存在。君は、もうどこにも行けない。俺が、必ず君を救い出す。


こうして、俺を悪役にした「飢えた色男」との、甘く歪んだ物語は幕を開けたのだった。

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