陰謀論者のつくりかた
@soycurd
第一章:…いつも通り?
目覚めはいつもと同じだった。7月21日、月曜日。夏休みに入って3日目。遮光カーテンの隙間から差し込む朝の光が、使い慣れた学習机の上の参考書や、積み上げられた漫画雑誌の背表紙をぼんやりと照らしている。アラームを止めるために枕元のスマートフォンに手を伸ばす。ごく自然に、いつものようにSNSをチェックしようと画面をタップした、その瞬間。
ディスプレイに表示されたニュースの見出しに、俺の手はピタリと止まった。指先が、僅かに震える。
「地球平面学会、月面ドーム構造の最新画像公開!」「本日、中央地殻安定化核実験が実施されます」
目を擦った。瞼の裏に残る夢の残滓が消え、視界はクリアだ。もう一度見出しを凝視するが、内容は変わらない。ふざけたデマか、あるいは誰かの悪質なジョークだろうか。心臓がドクンと嫌な音を立てる。急いでブラウザを開き、ブックマークしていたいつものニュースサイトにアクセスする。だが、そこにも同様の見出しが躍っていた。しかも、より大きく、当たり前のように、何の違和感もなく。トップページをスクロールすると、まるで最新のヒット曲のように、「月面ドームは我々の偉大な遺産」という特集記事が組まれている。
「……はっ?」
喉から絞り出した声は、掠れていた。疑問符が頭の中を嵐のように駆け巡る。慌ててテレビをつけた。いつもの朝の情報番組が流れている。画面に映るのは、毎日見慣れた、落ち着いた雰囲気の女性キャスターだ。彼女が、淀みなく語っている。
「……本日、午前9時より、中央地殻安定化核実験が実施されます。周辺地域にお住まいの方は、微細な振動にご注意ください。皆様のご協力が、地球の安定に繋がります。」
まるで今日の天気でも告げるかのような、淡々とした口調。地球の安定? 核実験が? 俺の知る世界では、核実験は世界を脅かす禁断の行為だ。それが、まるで日常の一部のように語られている。全身の毛穴が開き、冷や汗が背中を伝う。
混乱した頭で、リビングへ向かう。味噌汁と焼き魚の、いつもの朝食の香りが漂ってくる。食卓には、母と妹のマナが座っていた。彼らの表情には、何の異変もない。
「おはよう、アキラ。顔色が悪いわよ。寝不足?」
母が心配そうに、いつもの優しい声で言う。
「いや、ちょっと……」
俺は言葉を選びながら、声が震えるのを抑えた。
「今朝のニュース見た? 何か変なこと言ってなかったか?」
マナが、牛乳のグラスを傾けながら笑う。
「変なこと? いつも通りだよ。アキラこそ、変な夢でも見たんじゃない? また漫画の設定に悩みすぎて、寝ぼけてるんでしょ。」
「そうよ、核実験のお知らせでしょ? あと月面ドームの映像もすごく綺麗だったわね」
母が相槌を打つ。その口調は、まるで週末の買い物リストを確認するかのように自然だった。
俺は黙り込んだ。彼らは、何の疑問も抱いていない。まるでそれが、生まれてからずっと、変わることのない当たり前のことだったかのように。俺の心臓は、急速に不安を刻み始めた。ドク、ドク、ドク……と、耳の奥で激しく鳴り響く。この部屋の家具の配置も、窓から見える隣家の屋根も、壁に貼られたマナの書いた下手な絵も、全てがいつも通りなのに。
夏休み中の街中は、いつもと変わらない活気に満ちていた。蝉の声が降り注ぎ、アスファルトからは熱気が立ち上る。しかし、すれ違う高校生たちの会話が耳に飛び込んでくるたび、俺の胸はざわついた。
「今日の核実験、大丈夫かな。ちょっと揺れるの苦手なんだよな」
「でもあれで地球のプレートが安定するなら仕方ないよな」
まるで、今日が体育祭の練習があるかどうかを話すような、何気ないトーン。街中のデジタルサイネージには、**「平面地球は我らの盾」**というスローガンと、見慣れないシンボルが描かれたポスターが、鮮やかな色彩で映し出されていた。そのシンボルは、どこか威圧的でありながら、同時に人々に安心感を与えるような、矛盾した印象を与えた。
おかしい。全てがおかしい。まるで、自分が知らない間に、世界のどこかが根こそぎ入れ替わってしまったかのようだ。しかし、周囲の誰もが、この「新しい常識」の中で平然と生活している。彼らの視線は、俺の違和感を映し出すこともなく、ただまっすぐに前を向いていた。まるで俺だけが、このパズルの中に、場違いな一片として放り込まれた異物であるかのように。
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