第21話 大人の時間 3

「さっきからこっそりこちらをうかがっているのは分かってますからね」


 容赦の無い一言に、観念したようにフレアは起き上がる。


「ミリアちゃんやリタちゃんがいない間に話を済ませたいので、先に話に参加してください」


 有無を言わせぬ調子のカリンに、フレアは頷くと、肩を落としてこちらへやってきた。カリンの手で俺の隣にフレアの席が用意され、彼女は少し躊躇ためらいつつも、諦めたのか大人しく腰を下ろした。


「それで、ユーリさんからは気まずいでしょうから、まず私から聞きますけれど、何か私たちに話しておくことはありますか?」


 言葉に若干の棘は感じるが、責める風でもなく淡々とした響きで尋ねるカリンに対し、フレアは少し俯き静かに沈黙で答えた。

 カリンは静かにその様子を観察していたが、何か納得があったのか、一つ頷くと口角を上げて視線をこちらへ向けた。


「では次に、ユーリさんはフレアさんに聞きたいことありますか?」


 ついにこの時が来たかと覚悟を決めると、俺はゆっくりと口を開こうとして――。


「あ、やっぱりいいです、私が教えてあげます。フレアさんはユーリさんが大切過ぎて頭がおかしくなってるだけです」


「――おい」


 出鼻をくじかれたことと、あんまりな発言に思わず声が出た。しかし、カリンはそんな俺を押しとどめてフレアと視線を合わせて話をつづけた。


「違うなら違うってちゃんと言ってくださいね?私の言ったこと間違ってますか?ユーリさんのこと見限りました?それとも、嫌いになりましたか?」


 決して強い語調ではないが、若干責める色を帯びたカリンの言葉にまなじりに涙を浮かべ、唇を噛み、首を振って意思表示するフレア。


「ほらね。で、続けますよ?貴方たち二人は、二人きりで田舎の農村にでも行けば静かに平穏に暮らすことが出来たんです。しかし、残念ながらそうはなりませんでした」


 今度は俺が言葉に詰まる番だった。カリンと目が合うと僅かばかり責めるような色が浮かぶのが見えた。


「ミリアちゃんの状態は目が覚めてみなければわかりませんが、少なくともショックは受けているとは思います。存外タフな子なので、私はそこまで心配していません。ですが、傷つけた自覚があるのなら、ちゃんと責任もって傍に居てあげてくださいね」


 そう言ってカリンは俺たち二人を順番に見たあとに視線を落とし、口元に嘲りの陰を浮かべた。


「私も責任もって支えますから、お二人も逃げ出さないでください」


 ゆっくりと三人で視線を交わし合った。

 それぞれ複雑な気持ちを抱えているのは分かったが、少しばかり分かり合えた気がした。

 ふと、右手に触れる感触があった。視線を落とすとフレアの人指し指が遠慮がちにこちらの手に触れていた。そっとその指を握り返すと、視界の端でフレアの目が大きく見開き、その後目を細めた。指先だけのふれあいとはいえ、彼女の温もりを感じたのは実に一週間ぶりに近かった。指先から伝わる温もりのお陰か、胸の中の疼きが楽になった気がした。


「あの、人が真面目な話をしてる時に二人だけでイチャつくのやめてもらえます?」



 それからは、ここ二日に比べたら穏やかなものだった。まず、三人で話し合った結果、フレアもここに移ってくることに決まった。荷物を宿に置きっぱなしで着替えすら無いフレアと、満足そうな顔で戻ってきたリタに留守番を任せて、カリンと二人で諸々の片付けに行くことになった。

 まず、ミリアとライルの部屋を正式に引き上げに行った。多少荒れてはいたものの、宿の人はミリアの心配をするばかりで大して揉めることもなかったのは助かった。次に、ギルドに顔を出した結果、カリンが現状ではギルドに居ても仕事にならないということで休暇という名目で俺たちと行動を共にすることが決まり、身の安全も考えてカリンも宿へ移ってくることになった。彼女の寮から荷物を回収がてら、俺とフレアが借りていた部屋に寄ってフレアの荷物も回収した。

 そして、ライルの捜索状況を確認に衛兵の詰所に顔を出したところ、依然情報はなかった。俺とカリンを見て震えていた衛兵が数人いたが、あの時の関係者だろうか。衛兵隊長は代理とやらが居るだけでアイツの姿は既になかった。また、カリンを庇ってくれたあの衛兵も居なかったのでどうにもタイミングが悪い。


 少し日が傾く中、カリンと二人並んで宿への帰り道を歩く。


「またすぐに、私まで一緒に生活することになるなんて思ってませんでした」

「そうだな」

「ライル、どこに居るんですかね」

「街を出入りしてないとすれば、どこかにいるんだろうが、この街も割と大きいからな。住んでいた時も行ったことのある地区は限られるし」

「そうですね、私もギルド周辺と商業区、貴族区くらいしか行ったことないですから。ユーリさんと同じような感じかもしれません」

「ん?」


 驚きに思わず足を止た俺を、カリンは数歩先で立ち止まり、振り向いた。小首を傾げたその顔には、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。


「私もこの街出身なんですよ、知りませんでしたか?」

「聞いたことなかったな。なんでわざわざあの街に?」

「ふふふ、そのうち教えてあげますが、今は秘密です」


 そう言って口元に指を当てて笑う彼女に肩を竦めて返事をすると、俺は荷物を担ぎ直し止めた足を再び踏み出す。カリンはそんな俺の隣にトコトコと歩いてくると並んだ。その後の道程は夕飯の買い出しや屋台の呼び込みの声と共に過ぎていった。

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