第2話 パラレル2

# 顔舐め妖怪の秘密


私の名前は水木月血美。普通の女子高生に見えるかもしれないが、実は代々受け継がれてきた特殊な能力を持っている。私は「顔舐め妖怪」の血を引いているのだ。


人の顔を舐めると、その人の顔は一時的にノッペラボウになる。そして私の意志で、どんな顔にも作り変えることができる。美しくすることも、醜くすることも、全く別人にすることも可能だ。この力は私の家系に代々伝わる秘密で、母から私へと受け継がれた。


「月血美さん、お願いします!」


放課後の教室で、クラスメイトの佐藤さんが私の前で頭を下げていた。彼女は来週のオーディションに向けて、もっと魅力的な顔になりたいと言う。


「分かったわ。でも条件は覚えてる?」


佐藤さんは熱心に頷いた。「はい!誰にも言わないこと、そして一度変えたら一週間は元に戻せないことも承知しています!」


私は周囲を確認し、カーテンを閉めた。そして佐藤さんの前に座り、ゆっくりと彼女の顔に近づいた。私の舌が彼女の頬に触れた瞬間、彼女の顔の輪郭がぼやけ始め、やがて完全に平らになった。ノッペラボウの状態だ。


「どんな顔がいい?」と私は尋ねた。


「少しシャープな輪郭と、大きな目...それから自然な感じの鼻と唇を...」


私は頭の中でイメージを描き、指で彼女の平らな顔の上を滑らせた。肌の下で何かが動き、新しい顔が形作られていく。数分後、佐藤さんは鏡を見て歓声を上げた。


「すごい!まるで別人みたい!でも、どこか私らしさも残っている...本当にありがとう!」


これが私の日常だ。人々の願いを叶え、時には彼らを助ける。しかし、全ての依頼が純粋なものとは限らない。


---


「月血美様、どうか私をノッペラボウのままにしてください」


ある日、見知らぬ男性が学校の裏門で私を待っていた。彼の目は異様な輝きを放っていた。


「何を言ってるの?気持ち悪い」と私は冷たく言い放った。


「あなたの噂を聞きました。顔を舐めて人を変える妖怪の末裔だと。私はあなたのしもべになりたいんです。顔のない存在として、永遠にあなたに仕えたい」


私は背筋が凍るのを感じた。どうやら私の秘密が漏れ始めているようだ。


「帰りなさい。二度と近づかないで」


しかし彼は諦めなかった。次の日も、その次の日も現れた。ついに私は警告として、彼の顔を舐め、ノッペラボウにした。普通なら恐怖で叫ぶはずだが、彼は喜んだ。


「ありがとうございます!これで私はあなたのもの!」


私は慌てて彼に新しい顔を与えた。醜い、誰も振り返らないような顔を。そして彼を追い払った。


しかし、それが始まりだった。SNSで「顔舐め妖怪」のハッシュタグが流行り始め、匿名の投稿が増えていった。


「月血美様に顔を変えてもらった。人生が変わった」

「ノッペラボウの感覚は言葉では表せない解放感がある」

「月血美教の信者募集中」


冗談のような投稿もあれば、本気で私を崇拝するような不気味な投稿もあった。私の力を求める人々が増え、中には「ノッペラボウ信仰」なる奇妙なカルトまで生まれ始めた。


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「これ以上は危険よ」


母は心配そうに言った。「私たちの力は秘密にしておくべきもの。表に出れば、恐れられ、利用され、最後には迫害される。歴史が証明している」


私も分かっていた。しかし、すでに手遅れだった。学校では私を避ける生徒もいれば、こっそり接触を求める者もいる。


ある夜、下校途中に5人の男女に囲まれた。


「月血美さん、私たちを変えてください」と一人が言った。

「ノッペラボウにして、新しい人生を与えてください」と別の一人。

「私たちはあなたの力を信じています」


彼らの目は狂信的な光を放っていた。私は恐怖で足がすくんだ。


「やめて!近づかないで!」


その時、私の中で何かが目覚めた。先祖代々受け継がれてきた本当の力が。私の舌が伸び、一瞬で5人全員の顔を舐めた。彼らはノッペラボウになったが、私は新しい顔を与えなかった。


「これがあなたたちの望みだったでしょう?」


彼らは喜びの声を上げ、私に跪いた。その姿は不気味で、どこか悲しかった。


---


今では「顔舐め信仰」は都市伝説として広まっている。私を崇拝する小さなグループが存在し、ノッペラボウになることを究極の解放と考えている。


私は彼らの願いを時々叶える。そして彼らは私の言いなりになる。この力は恐ろしいが、同時に魅力的だ。人々の顔を変え、時には人生を変える力。


母は警告した。「力に溺れるな」と。でも時々、私はこの力を楽しんでいる自分に気づく。人々の願望を操り、彼らの運命を変える感覚は、何物にも代えがたい。


夜、鏡を見ると、時々自分の顔が平らになっていくような錯覚を覚える。もしかしたら、これが私たちの血筋の最終的な運命なのかもしれない。顔を舐める者から、顔のない者へ。


でも今は、この力を持つ私が、この街で静かに生きている。あなたも私に会いたいと思うなら、夜の校舎の裏で待っていればいい。もしかしたら、あなたの顔を舐めて、望み通りの顔に変えてあげるかもしれない。


あるいは、永遠にノッペラボウのままにしてあげるかもしれない。それもまた、ある種の解放なのだから。

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