第二章 黄金のシェフVS食の貴公子

 金色の髪を靡かせ、口から色っぽい吐息を出して、書類に目を通すのはアメノであった。唇へ手をやり、ツツッと艶めかしい音を立てているのを、隣に毅然として立つハズキは平静を装った顔で眺め、いや食い入るように凝視している。

 プレジデントチェアーに深く腰掛け、オーク材で作られた広い豪奢な机の上には書類が山のように置かれていた。

 一枚一枚書類を取り、素早くその内容に目を通しながら、特大のハンコを押していく。

 押されるハンコに刻まれている文字は許可、不許可、廃部の三点のみ。

「……」

 甘い吐息を漏らしながら、口の中で自家製のキャンディーを色っぽい様子で転がしていたが、次の書類を手に取った瞬間にその体が一瞬びくりと跳ねる。

「……」

 書類に印字されているのはミョルニル式料理文化を残す会という部活の書類であった。

「……くっ……うぬぬぬぬぬ……ぎりっ……」

 書類を見て溜飲が下がらなかった三日前を思い出す。そうあれからもう三日が経っていた。アメノはこの三日間の間、オーリウスの料理を思い出しては歯がみをしてきたのだ。

 色っぽく撫でていたキャンディーが、ガリッと言う音を立てて歯で破砕された。

 先ほどまでは冷静な様子で顎に手を置き、余裕を醸し出した女王様よろしく的な体勢で居たのに、今のアメノは両手でその書類を引きちぎらんばかりの勢いで、その書類を食い入るように眺め……いや睨んでいた。

「ど、どうかされました? アメノ様?」

「……おだまり!」

「は、はい……」

 書類の放課後活動に書かれている名前は。キャルタン、キャメロット、オーリウス。 

十二使が一般人に興味を持つことはない。しかしアメノの場合は例外だった。いつも変な方向に味付けをするオーリウス。その癖泣けるほど丁寧な食材への配慮。

 そんなフェチ的な思いがアメノの乙女心をくすぐったのだ。でも今の思いは違う。

 あいつの料理が食べたい! 私が手を加えて最高の料理にして食べたい。

 あってはならない、そう十二使としてこんな事はあってはならないのだ。

「あってはならないというのに……」

 放課後活動など勝手にやらせておけばいいのだ。自分は許可、不許可、廃部というハンコを黙々と押せばいい。

 押せば良いだけだ。

 でもアメノは手に持った書類を睨め付けるように、見るとその手をかたかたと震わせる。

(思い出しちゃったじゃない……だめ……胸が熱くなる……そうだ……)

 睨め付ける、いやその表情をしなければ自分はハズキの前で、乙女としてあるまじき顔をするだろう。それは十二使三使氷帝の魔女の名を深く傷つける行為。

 でも、そう頭では分かっていても、ハンコに手が行かず、その代わりに内心でこんな事を思う有様。

(この放課後活動を利用すれば、あれがまぐれかどうかも分かる)

 内心で高ぶる思いを押さえつけながら、アメノは髪を揺らしながらハズキの方へと振り向いた。

「ハズキ、校内放送でこの放課後活動の面々をここに来させるようにいいなさい」

「え?」

 僅かに書類を睥睨するように見えるようにして、アメノはハズキに対して余裕な感じを見せるが、実質取っている行動と言っている事が違いすぎて隣に立つハズキは面食らった。

 大きく動揺するハズキにアメノは聞こえなかったの? と作って見せた冷笑を浮かべると、すっと目を細めハズキを見る。

 不機嫌にしてはならない。怒らせてはならない。ハズキにとってアメノは踏まれたい女王様なのだから。

「えー、申し訳ございませんアメノ様、その放課後活動部の名前が分かりません……」

 おずおずと遠慮した感じで聞くハズキにアメノは歯がみをし、キッとした目を向けると、

「ミョルニル式料理文化を残す会よ。なんども言わさないで」

 頬をぷくりと膨らませながら、言うのだった。そんなアメノを見て、ハズキはす、すみませんと言いながら生徒会室に備え付けられているマイクの元へ向かうのだった。

 慌ててマイクの元へ駆け寄っていくハズキを見て、アメノはにっと口元に笑みを浮かべて思う。

 そうこれでいい。私は氷帝の魔女、ハズキ悪いけど踏み台になってもらうわよ。

 悪意のある冷笑を背後で浮かべているアメノにハズキは気がつくはずもなかった。

 その頃。ミョルニル式料理文化を残す会では、

「うまー、このポテトオニオンミート」

「本当においしいっす……まじぱねっす」

「おねーさんは、味見が専門なんで」

 薄茶色の出汁に浮かぶのはタマネギとジャガイモと豚肉。出汁から香る昆布と鰹の芳醇で甘く、それでありながらも醤油をベースにした出汁に食欲がそそる。

 ぱくりとオーリウスがこのポテトオニオンミートを口へ運ぶと甘美な味が舌を包み込む。

どこ産か分からないがタマネギの甘さと、ほっこりとしているジャガイモの食感、少し油を浮かし、極上のデザートと化している豚肉を噛むと、出汁と旨く絡みあって、思わず声が出そうな程の豚肉特有の甘美な味が染み渡る。

「おおおおお……こ、これは肉じゃがじゃないか……うめえ……そして、まじぱねっす、キャルタン先輩」

「肉じゃが? なによそれ」

「俺の故郷では肉じゃがーと呼ばれてたんですよこれは」

「へえー、いいこと聞いたわん。肉じゃがーと呼ぶ地方もあると……てかさ、私なんか縦に体が伸びなくて、横に拡大していくんだけど、なぜかしらん?」

「キャルタン先輩は、ぱねっぐらいに運動しませんから、エネルギーが逃げる場所がねーんすよ」

「運動しなさいなキャル。今にドアから入れない体になるわよ……まあ、その時は坂から転がしてみて、どれだけ転がるか実験してみるけど」

「ひ、ひでえ……」

 カンタレラの遊ぶような容赦のない言葉を聞いて、オーリウスは咀嚼し嚥下すると、笑う。

「そんな事させないわよん。どこまでも逃げてやるからん」

「でも、まじキャルタン先輩足遅いっすから、これ以上体積が増えると、早足で追いつけるっす」

「地面に寝て、ころころ転がった方が早いかもよキャル」

「みんな酷いわん、明日から走ってやる、そしてイケボとイケメンになりハーレムを築いてやるわ」

「あ、それは痩せても無理だからキャル」

「なんでよん」

「性格自体と行動自体に難があるからじゃないっすかね?」 

「こんないい男がどこにいるっていうのよん」

「そんなオカマぽっい漢がどこにいるっていうの?」

 和む談笑、温かな空気、そんな空気を切り裂くようにチャイムがなり響く。甲高く木霊するチャイムにオーリウスは耳をそばだてると、イケボな男の声が聞こえてくる。

「これは命令だ。ミョルニル式料理文化を残す会の一同は生徒会室にくるように。以上だ」

 同じくチャイムに耳をそばだてていたキャメロットとキャルタンは顔をさっと青くする。

 そして口から漏れ出る声はか細く力がない。

「な、なんで私たちが生徒室に」

「な、なんでっすか、なんで私たちが呼ばれたんすか……」

 生徒会に呼ばれた事に二人は顔を青白くさせる。そんな震える二人を見てオーリウスは思う。きっと呼ばれるという事はろくなもんじゃないんだろうと。

 それにスピーカーから聞こえてきたイケボのあの高慢ちきと言える態度が、オーリウスにとっては人としてどうなの? と言いたいぐらいだった。

 呼ぶにしても、もう少し常識のある呼び方があるんじゃねーかと思う。

「……行かねば地獄、行けば地獄が待っているわん」

「ひえええええええん、行きたくないよ……あっしは平和に過ごしたいだけなのに……」

「なにがあるんですか? 行くと?」

 二人の尋常ではない怯えを見て、オーリウスは逆に冷静な顔をして観察しているカンタレラに聞いた。

「行けば分かるわ。通称氷の生徒会の意味がね」

 聞いてきたオーリウスにカンタレラは低い口調で質問に答えると、後ろ髪に手を当てるのだった。

 暫く時間が流れ、キャルタン、キャメロット、オーリウス、そして活動員でもないカンタレラが生徒会の扉の前に立っていた。

 豪奢な扉を際立たせる廊下に敷かれた赤の絨毯。白磁の壁を強調させながらも、調度品として飾られている花瓶や花の品位を落とさないようにしているのが、オーリウスにはなんとなくだが分かった。

 ごくりとキャルタンが息を飲むのを聞いて、伝播するようにキャメロットも息を飲んだ。

 生徒会室の扉に手を掛けたのはカンタレラ。カンタレラは息を飲むオーリウス達を見てこう言った。

「覚悟は決めなさいな、どの道逃げ場はないんだから」

 カンタレラはそう言うと静かに生徒会室の扉を開けた。カンタレラの促しに嫌々な歩調で入室していく一同。

 一歩オーリウスが室内へ足を踏み入れた瞬間に、肌にビリッとした攻撃的な空気を感じる。これはこの中にいる料理人に対する畏怖なのかと本能的にそう感じた。

 オーリウスは廊下から生徒会室まで続く赤絨毯に目を落としていたが、その独特なオーラを感じて目線を上に上げた。

目線を上げると、瞳に映る光景は白磁の壁や様々な調度品。そしてその中央の奥には豪奢なオーク材が配置されていた。

オーク材の机の椅子には、自分を叱責した件の十二使であるアメノ・ムラクモが女王様のような優雅な姿勢で座っており、一同に対して睥睨した視線を向けている。

自分たちとは違う黒衣の制服を着ているアメノ。そういえばカンタレラの制服も自分たちとは違う。

制服が違うのは、なにか法則があるのかとオーリウスは考えながら、アメノの視線を正面から受け止める。オーリウスの目を見て、ふっ、と少し嘲笑じみた笑みを浮かべるアメノ。

アメノは首をくいっと動かすと、ハズキへ目配せをする。ビリビリ来るほどの圧倒的であり、更に攻撃的なオーラをアメノが放っていた為に、隣に男が立っている事が分からなかったぐらいだ。

料理人としての本能が、要注意すべき対象をアメノと判断させたようだ。男は嘲笑するような笑みと、侮蔑の目線をオーリウス達に送ると怜悧な声を発した。

「お前達のような凡人が、この生徒会室に来ると言う事はあってはならない事なのだ。本来は。しかし」

 男ことハズキはちらりとアメノを見ると、先を続けてもよろしいですかと再度目配せをする。こくりと首を縦に振ったアメノを見てハズキは続けた。

「アメノ様がお前達にお話があるようだ。心して聞くように」

「あら、相変わらず偉そうだ事」

「げっ……カンタレラ、き、貴様はどうしてここに!」

「ちっ……」

 態と時間を少し空けて入って来たカンタレラ。そんなカンタレラの姿を見た瞬間に、ハズキは一歩後ずさり驚愕の表情を浮かべ、アメノは舌打ちをしながら露骨に顔を顰めてカンタレラを睨んだ。

「お久しぶりーアメノ」

「顔も見たくないわ。あなたの顔なんてね」

「そーいわないの、昔はよくお互いのことを話した仲じゃない。そんなつんけんしない」

 吐き捨てるように言葉を吐いたアメノにカンタレラは肩を竦めた。アメノはカンタレラから目線を逸らすと、オーリウスに凍るような視線を向けながら言った。

「昔はね。でもあなたも私も昔とは違う。そう立っている高見がね」

「あっそ、高見に立てば、一般は下々に見えると、ふっ、なんともまあ昔の可愛い、ピュアガールはどこへ行ったのやら」

「料理こそが全て、物を語る前に料理で語れ。の方針の通りに生きてるだけだけど? まあ、あなたには話なんかないわ」

「そうー、じゃあおねーさんは聞いてるから、要件はお早めに~~」

「いや、お話が立て込んでいる見たいなので、私たちはこれで~~」

「そ、そうですね、キャル先輩」

 そそくさと逃げようとしたキャルタンとキャメロット。でもアメノは色を無くした冷酷な瞳を浮かべながら、機械じみた口調で静止を掛けた。

「どこかに行って、誰がいいって言ったの? この部屋の主は私。何人もこの部屋で私の指示なく勝手に動くことは許さない」

「ひっ、怖い……」

「そ、そんな怖い目で睨まなくてもいいんじゃないっすか……ひっ……」

「誰に物を言っているの? 凡人風情が」

 キャルタンに続いて、キャメロットの口から吐いて出てしまった不平をアメノは聞き逃す事はなかった。

 キャメロットの目を覗き込むようにして見て、アメノは尚のことその瞳から色彩を無くす。そんなアメノの目を直視できずに、キャメロットはオーリウスの元へ縋るようにして逃げる。

「まあ、凡人風情が取れる行動はそんなものでしょうね。さて話に戻るわ。私は待つのも待たされるのも大嫌いなんでね」

 なんかイラッとしてきたなと、オーリウスは自分の肩に縋るキャメロットを見ながら思う。

 なんだ? この上から目線の態度は。選ばれた人間かなにか知らないが、そんなに偉いものなのか? とオーリウスは思った。

「ミョルニル式料理文化を残す会? だったかしら?」

 はらりと机の上にサイドから伸びる髪が垂れ落ち、その髪を触りながらアメノはキャルタンに聞いた。

 キャルタンは一歩後ずさりながら、ええそ、そうよと言うと、アメノは嘲笑じみた笑みを浮かべた。その嫌な笑みを見てオーリウスのみならず、一同は嫌な予感する。

「そ、それがどうかしたのかしらん……」

「いえ、大した活動をしてないなと思ってね」

「し、失礼な、してるわよ。つい最近も、昔の料理を懐かしむご高齢の方の家に作りにいったりしてるわよ」

「確かにそんな活動をしている事が書いてあるわね。でもね」

 そう言いながらアメノは一度目を瞑り、なんどか人差し指を顔の前で振りながら

「ちっ、ちっ、ちっ、帝国料理養成学校に在籍する者が、そんな一般人相手をしているようじゃだめだわ」

 と、アメノはそう言いながら、更に目を細め、キャルタンの行動全てを否定する冷めた意見を述べる。

 鼻につくほど高慢ちきで、見ているこちらが気分が悪くなりそうだとオーリウスは思う。

 こんな奴が将来の料理の高官になるのかと思うと、自分の料理人魂が燻り、苛立ちを押さえる事ができない。

 レストランを起業する前の自分は、本当に小さな定食屋から始めた。だからこそ一般の人の意見がどれだけ大事か誰よりも知っている。庶民感覚の小さな意見を見逃すと、後からどんなしっぺ返しがくるか分かったもんじゃない。

 そんな当たり前の事を軽視する人間に、あれほど偉そうな事を言われたのかと思うと虫唾が走った。

 確かに料理を作る事にかけては一流なのかもしれないが、料理人として肝心な何かがずれている。

「帝国料理養成学校の生徒は、その名に恥じない行動を取らなければならない」

「どこに私の行動に恥じる事があったのん。みんなに喜んで貰った。それがどこが恥じる行動なの?」

 流石のキャルタンも黙っていられなかった。キャルタンだって二年まで生き延びている猛者の一人だ。自分の料理には意地がある。

 キャメロットはオーリウスの背中に隠れながらも震えた声を出す。

「そ、そうすっよ。私たちの行動にどこに恥じた行為が……」

「誰が私より先に喋っていいと言ったの? 落第生もどきは黙ってなさい」

「ひっ……」 

 オーリウスの背後に縋るように隠れているキャメロットの体が、がくがくと恐怖で震えている事が痛いほどに分かった。

「ということで、ここは生徒会長権限で廃活動通知をさせてもらうことにするわ」

「だそうだ」

 アメノは一度くすりと笑うと、冷酷無比な言葉を一同に言い放った。そんなアメノに心酔するようにしてハズキは前に垂れる髪を掻き上げながら主君に習うように続ける。

「そ、そんな横暴よ。廃活動通知はそんな事では行われない筈よ。ちゃんと料理を作り、研鑽している活動の場合はならない筈よ――! そう! 横暴だわ!」

 震える手で胸元のポケットから生徒手帳を取り出そうとするキャルタン。でもアメノはそんなキャルタンに一瞥し顎を少し上げると、ふんと笑う。

「無駄よ。生徒の自治は460人の頂点に君臨する私が決める事。あなたが決める事じゃないわ」

「そ、そんな、そんな横暴が……」

「通じるのよ。それとも? 物を語るなら料理で語れ、つまりコロッセウムのバトルに挑戦する覚悟はある?」

「そんな度胸がこいつらにあるわけないでしょうアメノ様」

「そうよねー、ハズキあなた偶にいいこと言うわ」

「いえ凡人の考える事など容易い事です」

 窓から差し込む遮光が、アメノとハズキを照らす。これで言っている事がまともであれば、美しき女神とその従者でも想像させただろう。

 でも、目の前にいる二人の顔は血など通ってない悪魔のように見えて、オーリウスはぎっと奥歯を噛む。

「あ、あんたらになんか勝てるわけないじゃない、ひ、卑怯よ!」

「そ、そうだよ。そうっすよ。あんたは卑怯っす……」

「ちっ……これだから頭の悪い奴は嫌いなんだ」

 ハズキは侮蔑の表情と眼差しをキャメロットへ向ける。つまりお前は喋るなといいたいらしい。

 オーリウスの隣に立つカンタレラは、横に振り向きオーリウスの表情を眺める。でもそこで動きが止まりカンタレラは

「……え……」

 と、口から驚きの声を発しながらオーリウスの瞳を覗き込んだ。

カンタレラが驚いた原因はオーリウスの瞳にあった。

それは、オーリウスの瞳がいつものような澄んだブルーではなく、金色に変化しているからだ。

 瞳が金色に変化した瞬間、アメノの肌を刺すような攻撃的なオーラを感じ、震えと寒気が背筋に走った。弱肉強食の条件反射なのか、アメノは少し斜め見をしていた視線をばっとオーリウスへと向ける。

ハズキも主君と同様に異様な空気を感じ取ったのか、じっとオーリウスの顔を眺める。

「金色の瞳……」

「ア、アメノ様先ほどまであいつの瞳はブルーじゃ……」

「オーリ、君は……」

 三人が目を見開き、オーリウスの顔を見ているのを見て、キャルタンはなにかの異常性を感じ取り、オーリウスの方向へと向き直った。でもオーリウスは振り返ったキャルタンの瞳を見ながら、口から凍てつくような言葉を吐いた。

「キャル先輩……」

「え……な、なに」

「勝手ながらこの場は俺に任せて貰えませんか」

「え?」

 少し顎を上げて逆にアメノとハズキを睨むオーリウス。一流の料理人しか判断できない身を刺すようなオーラがオーリウスから流れてくる。

 オーリウスの迫力に気圧されるようにカンタレラはこれはやばいと感じ、ばっと目を背けた。そしてどんどん細められた金色の瞳がアメノに向いた瞬間、アメノの口から異音が漏れる。

 カチン……カチン……カチ、カチ、カチ……。

「くっ……うっ……カチ、カチ、カチ……」

 オーリウスが全力で敵視してるのは、傍若無人なアメノである。そのあまりの迫力に寒気を感じ、アメノが歯を鳴らしたのだ。

「カチン……あってはならないと言うのに……ギッ……」

 アメノはそこで歯を鳴らすのを強制的に止めると、目を細めて、仰け反りにかかった姿勢を元に戻し、平静を装う。

「じゃあ君が戦うというの?」

「キャル先輩とキャメがよろしいというのであれば」

「どうなの?」

「どうせ、潰す気なのでしょう? ケーキの味を信じてオーリに任せるわ。そう異存はないわ。このキャルタンも漢、キャメちゃんいいわね」

「う、うん!」

 キャルタンはオーリウスの肩に手を置き、泣きそうな顔で頼んだわよといい、キャメロットはぎゅっと背後から抱きついてくる。

「これで決まりでいいでしょう。さあ言葉より料理で語りましょう」

「き、貴様誰に向かって!」

「もうお前は喋らなくていいぞ。俺はアメノ・ムラクモという生徒会長に聞いている」

「お、お前は一体何なんだ……ら、落第生候補のくせに、あ、アメノ様、こんな無礼な奴は捨て置けません。もう廃活動でいいのでは?」

「そうね」

 アメノはにっこりと笑いながらハズキ見上げるようにして見て

「あなたは黙りなさい」

 と、冷酷な視線でハズキを睨め付けた。アメノから放たれる氷帝の魔女の視線を受け、ハズキは一歩後ずさり、も、申し訳ございませんと深く深く頭を下げた。

「邪魔はもう入らないわ。じゃあ、早速。あなたハズキに勝ちなさい。それしか放課後活動が生き残る道はないわ」

「え?」

 後ろで畏まっていたハズキが間の抜けた声を出し、アメノを見るが、そんなハズキを見ながらカンタレラは口元をへの字にして笑みを浮かべアメノに聞く。

「あらー、あなたがやるのかとばかり思っていたわ」

「あら、冗談を」

 アメノは余裕を持った笑みをカンタレラへ向けると、僅かに笑う。でも内心笑ってなどいない。目の前にいるオーリウスが放つ空気は笑えるものじゃなかった。

 だからカンタレラから自分の視線を逸らすようにしてアメノはこう言った。

「じゃあ勝負は今から三時間後、それでいいかしら?」

「そ、そんな横暴な、研究する時間もあなたはくれないの!」

「私は今すぐやってほしいのを三時間後と言っているのよ? 温情とは思わないの?」

「じゃあ、その温情ついでにいうけど、こちらからも一つ条件いいかしら」

 反論するキャルタン。でもそんなキャルタンの反論など無視するかのようにアメノが言うのを見て、カンタレラは腕を組みながら言葉を挟んだ。

「なに?」

 カンタレラの言葉に少し小首を傾げるアメノ。カンタレラはそんなアメノを見ながら後ろ髪に手を回すと、優雅な動作を取りながら言った。

「メイン食材はトルメーノール産のジャガイモ、ホロメルスベーコンとベルセウス牛にいいかしら、なにぶん時間がないものでね」

 ベルセウス牛はアメノに叱責された時にオーリウスが使っていた牛だ。なんの嫌みなんだとアメノは思う。カンタレラの遠回しな嫌みが効いたのかアメノは大きく舌打ちする。

「だからあなたは昔から嫌いなのよ」

「それはどうも~~」

「ちっ、いいわ、その食材でOKよ。まあ覚悟は決めておく事ね。あなたは一般の生徒の前で」

 アメノはオーリウスを見ながら親指で首を横になぞる。どうやら一般観衆の元でのギロチンのようだが、そうは簡単にやられないとオーリウスは心に誓う。

「さて、こっちは告知の準備とかで忙しいからもう出てってね」

 アメノはそう言うと椅子を回転させ、オーリウス達に背を向けた。そんなアメノの背を一度睨むとオーリウスに続き、キャルタン、キャメロットが順に退出していく。

 最後に残ったのはカンタレラ。カンタレラは全員が出て行ったのを見てから扉へと歩み、首だけを曲げて、背を向けるアメノを見る。

 背を向けているアメノにカンタレラはにこやかに笑うと、意地の悪い笑みを浮かべながら言う。

「そうそう、オーリのタマネギとベーコンのパウンドケーキ、とってもおいしかったわよー。お先に頂いちゃいました。うふふ」

 カンタレラの言葉を聞いてアメノはびくりと体を震わせるよう反応したが、持ち前の落ち着きを取り戻すために、両肩に手を回すと何度か色っぽい深呼吸をする。

 カチャリと扉が閉まる音が聞こえると、アメノはハズキのこう命令する。

「ハズキ」

「はい」

「負けることは許さないから」

「まさか私が負けるとでも、アメノ様ご冗談を」

「その冗談にならないようにね」

 アメノが深く深く自分の体を抱き、身を震わせながらそう言うのを見て、ハズキはまさかと思いながらもごくりと唾液を嚥下するのだった。

「私も、ケーキ食べたかったな……」

 ツツゥとアメノは指先を唇へとやり、潤んだ瞳と艶めかしい表情を浮かべながら、色っぽい声でぼそりと言うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る