明治時代に転移
小さなランプが照らす暗がりでも三人組であると判断できた。
「小野田良介だな」
「な、何者だ!」
「用件は一つ、この件はあの方に任せてお前は下がれ」
「あの方とは大隈伯のことか! 下がらないと、どうなる!」
「下がらないと、本意ではないがこうなる……」
そう言うと、賊の一人が覆面越しから眼光を光らせ、腰からレイピアらしき物を抜き取り、光らせた。残りの二人も続くようにレイピアを引き抜く。
影で大隈が動いていることは知っていた。伊藤によって政治の世界から追放された大隈だが、近々その伊藤によって外務大臣の職に就くように打診されたらしいという噂は聞いたことがある。過去に英国特命全権公使パークスと渡り合った程の人物なので、政府も欲しいのだろう。
ただ、今回の件で大隈がなぜ動いているのかは分からないが、色々と考えが多い人物なので、大隈は大隈なりの考えがあるのかもしれない。
「引くか、引かぬか」
「下がらぬ、ここで下がれば尚のこと、いい加減な奴と思われて、我が国の印象が悪くなる」
「そうか、ならば致し方あるまい」
「そうだ!」
良介は賊に吠えた。良介も村雨も元は武家の人間だ。武術の一つは幼少時代から習っている。ただ丸腰なので、なにかのチャンスがあればこの場を切り抜けられるかもしれない。
そう思っていた時、暗がりの屋敷の壁から淡い光が漏れ、そこからなにかが飛び出してきたのは。それはもの凄いスピードであった。その物体は蹴りのような姿勢をとった人間としか思えなかった。
飛び出してきたのは鳴海景太郎であり、現代からこの明治へとタイムスリップをしてきたのであった。
鳴海はなんとか空中で体勢を立て直そうとした結果、跳び蹴りの姿勢になっていた。その蹴りのスピードは速く、歴戦の武道家さえ避けられない速度になっていた。
ただただ良介や村雨、そして賊は鳴海の出現に目を奪われるしかなかった。鳴海の蹴りが賊の一人の顔にヒットして賊は派手に吹き飛んだ。
「なにや、おわああああああああああああああああああああああああ、ぐあっふっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!」
鳴海はなんとか速度を落とす為に、天へレイピアを振りかざしていた男の手を取り、懸命に減速をしようとする。
結果、男は腕を握られ、鳴海の全体重と速度がその手にかかった為に、あえなく脱臼をする。
「ぐあああああああああ――!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! と、とまれええええええええ――!」
その光景を見てただただ唖然とする残り一人の賊。その隙を良介と村雨は見逃さなかった。
「今だ! 村雨」
「はい!」
「くっ!」
良介は仕込み杖から刃を抜き取ると構える。月に反射をしてぎらりと光る刀身。村雨は懐からピストルを取り出す。村雨は撃鉄を素早く引くとすっと賊へと向けた。
「死にたくなければ大隈伯に伝えよ、会ってもらえるようになっただけまだ話が進んだとな!」
「うぬ……料理ごときで躓いている貴様らに一体なにができる……」
「本物の料理を提供できるということはそう簡単ではないということだ。そこに重きを置かないと失敗する。ただ我々とて黙っては下がらんよ。外交職員としてな。そして大隈伯とて一流の西洋料理のグランシェフを用意できるのか?」
「この国には伝統的な日本料理があるだろう。なぜ自国の料理で勝負をせぬ。お前達の連れてくる洋風スタイルの料理人が悪いのではないか……?」
「違うのだよ……和食じゃ尚のこと、駄目なのだ……」
相手が求めているのは最高の西洋を思い出せる料理なのだ。そこに重きを置かないと失敗する。
更に付け加えると、日本料理は第一回目の会談で用意はしたが、副公使のギザール・メルギドスはこれにも、
「なんか素敵だが、ちょっと違うね。求めている味じゃない」
と言いながら、冷徹な視線を良介達に浴びせて話を撥ねのけた。
更に自分を満足させられない良介達が、自分よりも上の要人を納得させられるわけがないとギザール・メルギドスは仏頂面でそう言ったことを思い出す。上の者がギザールのように料理を求めてくるのかどうかも分からない状況なのに彼は嫌味な様子でそう言ってくる。
「あの方とて、明治になったこの国の未来を考えて行動しているというのに……」
最後に残った賊は、良介に対して憎々しげな視線を向けてからそんな言葉を呟き、一度瞼を閉じると撤退をしていく。暗闇にその姿が消え、足音が小さくなったところで良介達は大きく安堵の息と言葉を吐いた。
「命はぎりぎり助かったか……」
瞳を一旦閉じていた良介だが、そこで思い出すようにはっとした表情になった。
「おお、そういえば私たちを助けてくださった大武道家様はいずこに!」
「そういえば、壁から現れたような感じがしますが……なんだったのでしょう?」
村雨は、良介の言葉に続くようにして呟いた。端正な顔立ちに疑問顔を浮かべて、後ろで纏められた長髪を手で撫でた後に、ピストルの弾がでないようにゆっくりと撃鉄を元の場所へ戻す。良介も続いて刃を杖に戻した。
「小野田様、大武道家様はあそこで寝ておられます、しかしなんという優美な服装をしておられるのだ」
これは平成の一般的なファッションと言っても彼らにはきっと通用しないだろう。
起きてこない鳴海を心配して良介は必死に声を上げる。
「だ、大武道家さま――! 大丈夫ですか! 起きてくだされ!」
慌てる良介に村雨は頭を下げると鳴海の下へ歩み呼吸などを調べる。
「どうやら気絶しておられるようです。擦り傷や打撲が多少ありますが、どうやら賊の体が緩衝剤になって大事には至っていないようです」
村雨の言葉を聞いて、良介は安堵の息を漏らした後にこう言った。
「そうか……。ふうー、ではこの方を家に運んで医者に診せようではないか。お体の無事が判ったら明日にでももてなそう。何にしても無事でよかった……」
「しかし、この方はどこの馬の骨かも分かりませんよ」
「確かにそうだが、私たちを助けてくださった命の恩人であることも確かだ」
「確かにそうですね……」
そんな村雨は良介に頭を下げると、鳴海の体を起こしておんぶをする。
「お、重い……」
いくら細身の鳴海とはいっても、大の男をおんぶをしているので軽いわけがない。どこか適度な所まで運び、馬車に乗せるつもりだ。
所定の場所までおぶり、馬車に乗せ、鳴海が小野田邸に着いたのは深夜になった頃であった。
これはめっきり肌寒くなり、それでいて秋の到来を教える金木犀や藤袴などが咲く十月二日日の話である。
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