E12-01:エピローグ(前編)—サイラス村にて

創造主マスター! 心拍微弱、体温は三十二度四分、魔力圧縮率二割以下……生命活動に危険な値です!」


「エルシアさま! こちらに!」


サイラス村でエルとフィリオンを出迎えたのは、先に転移していた女騎士たちだった。


騎士団と魔術部隊が駐屯し、村には天幕が幾重にも張られている。


辺りには緊張が色濃く漂い、誰もが慌ただしく動いていた。


女騎士たちはあらかじめエルのための天幕を整えてくれていた。


だが、フィリオンに支えられて天幕へ入った途端、エルの膝が崩れる。


肌は青ざめ、唇はわずかに震えていた。


「あなたの魔力は限界を超えています。……補填を開始します」


フィリオンがエルの手を取り、自らの魔力を慎重に流し込む。


けれどそれでは足りない。


空になった魔力核マナ・コアは容易に満たされず、意識が霞む。


眠気が波のように押し寄せてくる。


瞼が閉じる。


夢が、流れ込んできた。





──夢の中のわたしは、まだ小さかった。


アドリアンに手を引かれて、はじめてノーラの城を訪れた日のこと。


あのひとの隣で、ガリガリの身体で、もっと無表情で。


「なんですかこの子は……? 痩せすぎでは? 引き取るなど、本気で言っておられるのですか、父上」


そう言って、困惑したように目を細める少年がいた。


後のカシアンだ。


あの頃から大人びた口調。


初対面のわたしをしげしげと見つめていたっけ。


場面が変わる。


マチルダ女官長が眉をひそめながら、わたしの皿を覗きこんでいた。


「エルさま、また……。食べなければ大きくなれませんよ。それに、夜更けにお部屋を抜け出してはいけませんと、何度言いました?」


「……ごめんなさい」


俯いて、小さく呟いた。


食べることも、眠ることも、誰かと一緒にいることさえ怖かった。


アドリアンがある日、言った。


「どうしても城がいやなら、ギルドに行ってみるか? 俺の古巣だ。昔の仲間に頼めば、おまえ一人くらい面倒みるのはわけないが……」


その提案に、ほっとしたのを覚えている。


また夢の場面が変わり、冒険者ギルドの一室になる。


「ありゃまあ、風みたいな子だね。誰にも捕まえられないって顔してるよ」


陽だまりのような女将の笑顔。


その明るさに、わたしのなかの何かがほどけていった。 


部屋にいるのが苦手で、何度も野宿を繰り返したけれど、それを咎めるひとは誰もいなかった。


──ああ、ギルドが、わたしの居場所になっていったんだ。


……夢が、すこしずつ遠ざかっていく。





目が覚めると、柔らかな温もりが手に触れていた。


レイヴがいた。


エルの隣で手を取り、魔力をそっと送り込んでくれている。


琥珀色の瞳が、心配そうに揺れていた。


「……戻ってきたんだね」


「……ああ」


「モルテヴィアは、どうなったの?」


「魔物は殲滅させた。来賓たちはひとまずサイラスに転送したが……しばらく療養が必要だろう。救護班がついてる。これから首都プリマシアに移して、各国へ帰還させる手はずを整える。敗残兵の処理はロウスとゼノに任せてきた。……俺は、おまえの顔を見にきた」


「……そっか」


「モルテヴィアの元老院は健在らしい。今回の責任追及なんかは、カシアンがやつらと話をすることになるだろう」


「そっか……」


「ま、今は休め。……少し顔色が戻ったな」


「うん。魔力、分けてくれたんだよね」


レイヴはごまかすように頭を掻いた。


「ねぇ、もうそろそろ夜明けだよね。浜辺、少し……歩かない?」


「おい、無理するな」


「もう大丈夫だってば」


護衛の騎士たちに軽く会釈して、天幕を抜ける。


浜辺は目と鼻の先だった。


朝の気配が差し始めた砂浜に、潮風がやわらかく吹いていた。


まだふらつくエルの肩に、レイヴの手がそっと添えられる。


そのぬくもりを感じながら、波音に耳を澄ませた。


「なあ、あの地下空間で出てきた思念体……誰なんだ? 師匠って呼んでたよな」


「うん。アル=ザルっていうの。カストゥール時代の、星塔アストラリウムを創った魔術師」


「……アル=ザルだと……!?」


レイヴの驚きが、波音の中に消えていく。

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