E06-01 模擬戦―レイヴ対ゼノ―

午後の陽光が射し込む訓練場には、すでに大勢の人々が詰めかけていた。


ノーラの戦力の両翼を担う騎士団と魔術師団の本拠地は首都プリマシアから離れた場所にある。


城内の訓練場は、城の警護にあたる近衛の騎士や魔術師たちの詰所に併設されており、普段は彼らが汗を流す場所にすぎない。


だが今日は違った。


「次期大公殿下と新しい婚約者が、ガロ辺境伯と模擬試合を行う」――その噂は疾風のごとく王宮中を駆け抜けたのである。


エルはこれまで、公式の場にはほとんど現れてこなかった。


その美貌も、元冒険者という異色の経歴も、大半の者は噂でしか知らない。


そこへきてこの模擬試合だ。


さらに故アドリアン大公が遺言で指名した新しい婚約者は、大陸最強の魔術師レヴィアンときている。


その姿と実力を一目拝もうと、場内は見物人で埋め尽くされていた。


「おい、押すなよ!」


「後ろ見えねぇっての!」


騎士や魔術師、さらには侍従や女官たちまでが訓練場の縁に群がり、期待と興奮が熱を持って渦巻いている。


と、ざわめきが弾けた。


エルが入口に姿を現したのだ。


陽の逆光を背に、銀色の髪が周囲に光を撒き散らす。


純白の騎士服に着替えたエルの横に、黒の長衣ローブをはためかせたレイヴがフィロとともに立つ。


そして、少女を挟んで反対側には、オルステッド=ガロ辺境伯が悠然と並んだ。


宝石のような薔薇色の瞳をぱちぱちさせ、エルは辺りを見回した。

 

「うわぁ、すごい人だねぇ……」


「おいおい、この城にいる奴らは随分暇らしいな」


『いっぱい、人!』


「これまで殿下のお姿を見たことがない者が多ければ無理もござらん。ましてやレヴィアンどのの戦いが見られるとなればなおのこと」


エルはふと真顔になった。


「あまり、目立ちたくなかったからね。アドリアンがいなくなったし、見つかったらどうしようって思ってたし」


「――? 見つかったらって、誰にだ?」


「それは……」


答えを掻き消すように、ゼノの合図が響いた。


「展開!」


訓練場の四隅に陣取った魔術師たちが一斉に詠唱を始め、空間に保護結界が展開される。


魔力と物理干渉を完全に遮断する、戦闘用の防護術式だ。


これでいかなる衝撃も観客に届くことはない。


人々の安全を確保したところで、場の中央にロウス騎士団長が進み出る。


ぐるりと場を見渡し、よく通る低い声で宣言する。


「これより、模擬戦を執り行う。参戦者、前へ!」


「……話してる場合じゃないね。魔術師さん、万が一師団長さんに負けたりしたら、即婚約破棄するからね」


「誰に言ってる?」


煽るような少女の発言に皮肉な笑いで返すと、エルの薔薇色の瞳も呼応するように光を帯びた。


「ふふ、期待してるね。上の城は脆いから、やり過ぎないでね」


「上の城?」


「ううん、なんでもない」


エルの言っていることは相変わらずよくわからない。


しかし今はとにかく試合である。


歩き出そうとしたレイヴだが、何かに気づいたように、ふと立ち止まる。


「…………? おい、フィロ。頼みがある」


『はぁい』


レイヴが言霊獣ことだまじゅうに何事かを指示すると、金色の竜巻が立ち昇り、フィロはそのまま消えてしまう。


「さて、いくか」


レイヴが中央へ歩み出ると、ゼノが緊張の面持ちで待っていた。


「よよよよよろしくお願いするっす!」


「おう、よろしくな」


対してレイヴはごく気楽に返事を返す。


しかも丸腰である。


気付いたロウスが模擬戦用の杖を持ってこさせようとするが、レイヴがそれを制した。


「俺は杖はいらない。このままでいい」


「は……左様で」


人々が固唾をのんで見守る中、ロウスが勢いよく右手を振り下ろした。


「始め!」


ゼノは即座に詠唱に入る。


「〈雷槍〉!!」


ゼノの杖を起点に魔方陣が展開され、半透明の幾何模様となって空間に浮かび上がる。


瞬間、複数の雷光の槍が空中に生まれ、閃いたかと思うやいなや、凄まじい速さでレイヴめがけて襲いかかる。


場内のあちこちから感嘆の声が漏れた。


雷槍の陣は一点集中型の攻撃魔術の中でも、命中精度と貫通力に特化した高位術式である。


防御を許さない、殺意すら感じさせる鋭さにレイヴは口元にうっすらと笑いを浮かべた。


若く、緊張しているようであっても、ゼノはノーラの魔術師団長たる男だ。


しっかりレイヴを倒しにかかっている。


それではこちらも遠慮は無用である。


次の瞬間、より大きなどよめきが生まれた。


レイヴが次々と光の槍を躱していったからである。 


まるで水面をすべる影のように静かで素早い動きに、観衆は釘付けになる。

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