E03-03 再開―空中庭園にて―
本宮の奥には、無人の庭園がある。
海にせり出すように造られており、空を遮るものがない。
ここには庭師も入らない。
海側に欄干が設置されているものの、時には潮風がかなり強く吹き危険だからだ。
そのため、手入れも行き届いていない。
城内にはほかにも大小いくつもの庭園があり、そちらは丹精込めた花壇や形良く刈り込まれた木々などが美しく配置されている。
だが、空中庭園の樹木は野放図だ。
上には蔓の絡まる枝葉が日差しを遮り、足元には雑草と共に四季咲きの花々が混然と咲き乱れている。
さながら密林の趣きである。
潮風に揺れる花々の間を、踏み分けるようにして足音が通る。
「ここか、フィロ?」
『うん!あそこの奥に、あの子がいる〜』
フィロの探索能力はおおよそ正確で、すぐにエルの居場所を特定した。
少し遅れてカシアンも続く。
庭園の最奥へと歩みを進めると、崖にせり出すように建てられた東屋があった。
前方に広がるのは蒼く果てしない海と、湾内に点々と浮かぶ白い帆船だった。
潮風が肌を撫でる。
そこに、少女の姿があった。
陽光が海と少女の銀の髪に反射し、白い光を振りまく。
少女は、静かに海を見下ろしていた。
小さな肩が、潮風とは異なる何かにかすかに震えているようにも見えた。
「よう、来たぜ」
呼びかけに、エルが振り返った。
身につけているのは上質な絹のブラウスに、仕立ての良い綾織りのズボンだ。
少年のような装いが、少女の中性的な美しさを引き立てている。
先日と変わらぬ薔薇色の双眸に、意外そうな光が浮かぶ。
「来てくれたんだ、魔術師さん。本当いうと、あなたは来ないと思ってた」
「よく言うぜ。宰相と組んで俺を呼びつけたんだろうが」
レイヴの後ろではカシアンが驚愕している。
「殿下をこうもあっさり見つけられるとは……」
レイヴは知らなかったが、姿を消したエルシアを見つけるのは至難の業で、騎士団を投入しても反日はかかる。
レイヴは顎に手を当てて、面白そうに尋ねた。
「――かくれんぼが趣味なのか?」
エルは吹き出した。
朝から姿を消していたことを揶揄されているのを理解しつつ、やんわりと否定した。
「違うよぉ。ただ、時々、人に囲まれるのが息苦しくなっちゃうだけ。それにしてもよくわたしを見つけられたね?」
「俺じゃなくてこいつが見つけた」
レイヴは顎でフィロを示した。
「あっ、言霊獣のきみかぁ。有能なんだね。この間はうまく隠れたと思ったのに……もう、わたしを攻略しちゃったの? すごいなぁ」
思いがけない褒め言葉に、フィロは目を瞬かせた。
ふわふわの尻尾が照れたように揺れる。
「ふふ、可愛い」
「おい、俺の相棒を
「そんなことしてないよぉ」
妙にほんわかとした雰囲気になる。
カシアンが咳払いした。
さっさと本題に入れという意味である。
レイヴはひとつ肩をすくめると、単刀直入に切り出した。
「……で?『お願い』とやらは何だ?まどろっこしいことは抜きにしてくれ」
エルが次期大公だと聞いた後でも、レイヴの態度は一切変わらない。
言葉遣いも改めたりせず、膝を折るなどよもや考えもしない。
エルのほうもそんなレイヴの態度を無礼ととらえる素振りは微塵もなく、あくまで自然体のままだ。
「うん。ちゃんと話すよ」
エルは頷き、小さく息を吸った。
「アドリアンの手紙があったからとはいえ、わたしみたいな変な女に無理やり約束させられて……それなの律儀にここまで来てくれたんだもんね。最強魔術師ってどんな人なんだろうって思ってたけど、少なくとも、誠実さは合格」
「……何の試験だよ」
また妙なことを言い出したと、レイヴは呆れ顔になる。
どうやらエルという少女は、説明が壊滅的に下手くそのようである。
「俺は、何をお願いしたいのかって聞いてるんだが?」
腕組みをして問い直したレイヴははっとした。
エルの瞳が光を帯びている。
薔薇のような深紅の双眸が、こちらをまっすぐ射抜いてくる。
「――魔術師レヴィアン」
エルの声は決意に満ちていた。
名前を呼ばれた瞬間、レイヴの背筋に冷たい痺れが走る。
「わたしと、結婚してくれない?」
「……………………は?」
潮風が止まる。
厄介事が音を立てて近づいてくるのをレイヴは確かに感じた。
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