蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―
譚月遊生季
序幕 神の社へ
第一話 逃避
※あらすじの注意書きをご一読ください
生ぬるい真夏の夜風が、じっとりと肌に絡みついている。
この先に進んではならないと、本能が
──この山は呪われている
そう、誰かが言っていた。
曰く。山の中には落ち武者の霊が出て、生きている人間を地獄へ道連れにしてしまう、とか。
曰く。人喰い悪鬼が今もなおさまよっていて、うっかり出くわしたが最後、頭から喰われてしまう、とか。
生ぬるい夜風が、私の長い髪にまとわりつく。
伸ばし放題の黒髪が夜闇に溶けて、境界を失っていく。
演劇部の部長として、みなに慕われていた頃は楽しかった。
18歳になって、突然母親の実家に来いなんて言われて、「すぐにでも霊媒師になれ」なんて言われて、学校も無理やり辞めさせられて、やれ「家を継げ」、やれ「婿を取れ」、やれ「才ある血を残せ」だなんて……ああもう、思い出しただけで寒気が止まらない。
だから、逃げ出した。
夜闇に紛れて、見つからないように最低限の荷物で──この山を、越える。
危ないって? 上手くいくわけないって?
……分かってる。そんなこと、分かってるよ。
でも……
あんな家に閉じ込められるのは、死ぬより嫌だ。
この山を越えて、さらにいくつか山を越えて、
どれほど進んだのか、どれだけ時間が経ったのか、分からない。
腰まである草をかき分けて、道無き道を進んで、崩れかけたトンネルをくぐって、とにかく前へ──
「……ここは……」
吹き抜ける湿った風が、頬を撫でたように感じた。
開けた土地、荒れ放題の古い家屋。
……人の気配は、ない。
足元に、朽ちた板が落ちている。
拾い上げると、木くずがパラパラと空に散り、異臭がむわりと鼻腔をついた。思わず咳き込んだが、文字自体はかろうじて読めた。
「犬首村」
……曰く。
昔、山間の「犬首村」には土地神に犬の頭を捧げる風習があった。
辺りを見回す。
柱がひしゃげた家屋。屋根が潰れた家屋。砂と泥に埋まり、原型を留めていない家屋……
曰く。
「犬首村」の因習が廃れた結果、血に飢えた土地神がすべてを喰らいつくしてしまった──
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