第4話 亡霊との対峙

巨大な石の扉を開け、足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

広大な円形の空間。その中央に描かれた複雑な魔法陣が、俺たちの存在に呼応するように、青白い光を放ち始める。


「これは」


リリウムの表情に、初めて見る種類の緊張が走った。完璧なメイドの仮面が剥がれ落ち、鋭い警戒心がその赤い瞳に宿る。


「主人、下がってください。これは初代国王が仕掛けた『試練者選別術式』です」


「選別術式?」


俺が問い返す間もなかった。魔法陣が強烈な光を放ち、空間そのものが悲鳴を上げるように歪む。重力の感覚が狂い、立っていることすらままならない。


脳内に展開したコンソールが、赤い警告を発する。

(まずい、高位の空間転移魔法だ。演算魔法が回避不可能と警告している!)


俺とセレスは、抗いようもなく同じ光の渦に飲み込まれていく。だが、リリウムだけは違った。


「きゃあっ!」


彼女だけが、明らかに異質な、より強烈な光に包まれる。術式が、彼女という存在の規格外の魔力量を検知し、処理不能なエラーを起こしているのだ。


「リリウム!」


俺の叫びも虚しく、彼女の姿は光の奔流の向こうに消えていく。最後に聞こえたのは、不思議なほど冷静な、いつもの彼女の声だった。


「大丈夫です、主人。この程度の術式のバグなら対処できます。ただし、時間がかかるかもしれません。セレス様をお守りください」


光が収まった時、俺とセレスは見知らぬ場所に二人きりで立っていた。


即座に状況を解析する。脳内のシステムログには、無情な文字列が並んでいた。

(リリウムとの接続が切断されている!外部アクセスも遮断された、完全な閉鎖空間か!)


(やばい、これは完全に想定外のバグだ。リリウムという最強のデバッガーがいない状況はまずすぎる)


「アルト様」


セレスが、震える手で俺の袖を掴んだ。


「大丈夫よ、リリウムが言った通り、彼女なら必ず戻ってきます。それまで、わたくしがアルト様をお守りします」


強がりだと分かっていた。だが、その気丈な言葉に、俺は救われた。


「ああ、二人で頑張ろう」


俺たちは周囲を見渡す。転送された先は、これまでとは全く異なる、荘厳なまでの空間だった。


奥へと続く通路は、先ほどまでの湿った石造りの廊下とは、明らかに様相を異にしていた。壁は滑らかに磨き上げられた白い大理石で覆われ、そこには細かな金の装飾が施されている。天井には、魔力で稼働する照明が等間隔で並び、ほのかな青白い光を放っていた。


「まるで宮殿のようですわね」


セレスが息を呑む。彼女の瞳に映る黄金の装飾が、魔力光を受けて複雑な陰影を作り出していた。普段は気丈な彼女の手が、かすかに震えているのに俺は気づいた。この豪華絢爛な装飾は、地下墓地やダンジョンという薄暗いイメージとはかけ離れていたからだろう。


「いや、宮殿そのものだ」


俺は演算魔法で周囲の情報を取得しながら答える。網膜の裏に、対象のデータがテキストとして浮かび上がる。

(建造年代:大陸暦452年。建造者:初代サルディア王アルフレッド・デ・サルディア。用途:王家専用地下神殿)


「初代国王が作らせた、秘密の地下神殿らしい。約400年前の建造物だ」


「400年前? それは、サルディア公国の建国よりもはるか昔」


セレスの表情が驚きに変わる。確かに、現在のサルディア公国が成立したのは200年ほど前。つまり、この地下神殿は、この土地の歴史そのものを物語る遺跡ということになる。


通路を進むにつれて、壁に刻まれた浮き彫りの内容も次第に変化していく。最初は、戦いに赴く騎士たちの雄々しい姿が描かれていたが、やがて、王座に座る威厳ある王の姿へと移り変わり、そして最後には、ただ一人、石棺の前で跪く人影の姿で終わっている。


「何か、物悲しい物語のようですわね」


セレスが、その最後の浮き彫りを見つめながら呟いた。確かに、そこに刻まれた人影からは、深い悲しみのようなものが感じられる。


「王の生涯を描いた叙事詩だな。栄光から、そして最後は喪失へ」


俺がそう答えた時、通路の先に、巨大な扉が見えてきた。扉は純白の大理石でできており、その中央には、サルディア王家の紋章である『翼を広げた鷹』が、黄金で刻み込まれている。しかし、その紋章の上には、血のように赤い文字で、古代語の碑文が刻まれていた。


リリウムが持たせてくれたルーペを使い、俺はその文字を解読する。


『警告:この先に眠るは、王国の礎を築きし偉大なる魂。その安らぎを妨げる者には、永劫の呪いを』


「脅し文句か」


俺は苦笑する。まあ、王の墓に『歓迎いたします』と書いてある方が不自然だろう。


「でも、『偉大なる魂』って、初代国王アルフレッドのことかしら」


セレスの疑問に、俺は演算魔法で扉の向こうの情報を探ってみる。脳内に展開した魔法陣が、対象にアクセスを試みるが、強力な防御壁に阻まれ、弾き返された。


(解析不能だと? そんなことがあるのか)


俺の演算魔法は、対象の情報を解析することで、その危険度を判定する。しかし、「解析不能」ということは、俺の理解を超えた存在が、この扉の向こうに待ち受けているということだ。


「どうかしました?」


セレスが俺の表情の変化に気づく。俺は、正直に状況を説明した。


「扉の向こうに、何かがいる。俺の魔法では正確な分析ができない。つまり、警戒が必要だということだ」


「それでも、進むのでしょう?」


セレスは、俺の顔を見つめながら問いかけた。その瞳には、恐怖と期待が入り混じっている。俺は迷わず答えた。


「もちろんだ。ここまで来て引き下がるわけにはいかない。君の問題の答えは、この先にある可能性が高い」


俺の直感では、この地下神殿がセレスの謎を解くための重要な鍵を握っているはずだ。


「わかりましたわ。でも、今度こそ慎重に行きましょう」


セレスは剣の柄に手を添えながら頷いた。


俺たちは扉に近づく。この扉には、先ほどのような物理的な鍵穴は見当たらない。代わりに、紋章の中央に、手の平大の窪みが設けられている。


「どうやら、魔力を注いで開錠するタイプのようだ」


俺は慎重に扉を調べながら言った。「しかし、先ほどのゴーレムの扉とは仕組みが違う。こちらの方が遥かに複雑だ」


「具体的には?」


「複数の魔力を同時に認証する必要がある。しかも、単純に魔力を注ぎ込むだけではダメだ。特定の『パターン』を持った魔力でなければ、扉は開かない」


俺の分析に、セレスは考え込むような表情をした。


「特定のパターン、とは?」


「恐らく、王家の血統に関連した魔力パターンだろう。この神殿が王家専用である以上、そう考えるのが自然だ」


つまり、現在のサルディア王家の血を引く者でなければ、この扉は開かないということになる。


「それなら、ルシウス殿下にお頼みすれば」


「いや、それは現実的じゃない。第一、ここに来たことがバレる」


俺は首を振る。だが、ここで一つの仮説が浮かんだ。


「しかし、血統認証なら、別の方法もある」


俺は演算魔法を使い、扉の魔力パターンをより詳細に解析する。すると、認証に必要な魔力は、『王家の血統』だけでなく、『古代魔法への理解』も要求していることが判明した。


「セレス、手を貸してくれ。君の魔力が必要だ」


「わたくしの魔力が? どういうことですの?」


「この扉、どうやら二種類の魔力を組み合わせないと開かないらしい。君の純粋な光の魔力と、俺の魔力を合わせれば、あるいは」


俺は能力のことは伏せ、あくまで協力という形で彼女に頼んだ。セレスは少し訝しげな顔をしたが、俺の真剣な眼差しに、こくりと頷いた。


「面白そうですわね」


彼女の中で、冒険への欲求が理性を上回ったのかもしれない。


俺たちは扉の前に立つ。俺は右手を窪みに置き、セレスは左手を重ねる。


「いくぞ。俺の合図に合わせて、魔力を注いでくれ」


「はい」


俺は演算魔法で扉の認証パターンを解析しながら、セレスの魔力の流れを誘導し、俺自身の魔力と合成していく。二つの異なる魔力が、一つの新しいパターンへと編み上げられていく。


「今だ!」


俺たちは同時に魔力を注ぎ込んだ。扉の紋章が、ゆっくりと黄金の光を放ち始める。そして、重い石音を響かせながら、巨大な扉がゆっくりと開かれていく。


扉の向こうには、想像を絶する光景が広がっていた。


扉の向こうは、巨大な円形の空間だった。天井は高くドーム状になっており、そこには無数の星座が魔法によって描かれている。まるで夜空を再現したかのような、神秘的な光景だ。


空間の中央には、黒い大理石で作られた威厳ある王座が置かれている。その王座の周りには、十二体の騎士の石像が、剣を地面に突き立てる姿で配置されていた。騎士たちは皆、王座に向かって忠誠を誓うかのように片膝をついている。


「これは」


セレスが言葉を失う。この空間全体から放たれる荘厳な雰囲気は、確かに言葉にするのが困難だった。


俺は演算魔法で空間の情報を解析する。網膜にデータが浮かぶ。

(名称:初代国王霊廟。建造目的:王の魂の永続的安息。警告:強力な守護結界が稼働中)


(守護結界? 400年間も稼働し続けているのか)


俺は空間により深く意識を向ける。すると、確かに、目には見えない巨大な魔法陣が、この空間全体を覆っていることが感じられた。それは、現代の防御魔法とは比較にならないほど複雑で、精密で、そして強力だった。


「気をつけろ。この空間には、古代魔法による防御システムが張り巡らされている」


俺の警告に、セレスは身構える。しかし、俺たちが歩みを進めても、特に攻撃は仕掛けられない。どうやら、不法侵入者を撃退するのではなく、王の安息を妨げる者を排除するのが目的らしい。


王座に近づくにつれて、俺たちは次第に、座っている人影があることに気づいた。


それは、豪華な王の衣装を身にまとった、中年の男性だった。その顔は威厳に満ちており、まさに王者の風格を備えている。しかし、その身体は半透明で、時折、淡い光を放っていた。


「あれは」


「亡霊だ」


俺は静かに答える。そして、演算魔法で、その存在を分析しようと試みるが、未知の魔力シグネチャに阻まれ、解析失敗のエラーが返ってくる。


(解析不能。ゴーレムとは訳が違う。これは、本物だ)


亡霊が、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、生前と変わらぬ知性の光を宿している。だが、その視線は友好的なものではない。まるで、自らの領域に侵入した害虫を観察するかのような、冷徹で、絶対的な強者のそれだった。


「何者だ、貴様ら」


その声は、空間そのものを震わせるほどの威圧感を放っていた。


(まずい。次元が違う。こいつは、これまで出会った誰とも違う!)


俺は即座に演算魔法でその存在を分析しようと試みるが、脳内のコンソールに表示されたのは、無慈悲なエラーメッセージだけだった。

『ERROR: Unknown magical signature. Analysis failed.』

解析不能。ゴーレムとは訳が違う。これは、本物だ。


「答えよ。なぜ、我が眠りを妨げる」


亡霊の問いに、セレスが息を呑む。俺は、この圧倒的な存在を前に、小細工や嘘が一切通用しないことを瞬時に悟った。下手に隠し立てすれば、二人ともここで消される。生存確率を最大化する選択肢は、一つしかない。


「失礼を承知で申し上げます。我々は、知識を求めて参りました。古代魔法に関する、失われた知識を」


俺は、最大限の敬意を払いながらも、正直に目的を告げた。


「古代魔法、だと?」


亡霊の目が、初めて興味の色を帯びた。その視線が、俺の全身を、魂の芯まで見透かすように貫く。


「なるほど。そなたのその魔力現代の術理とは明らかに異なる。まるで、世界の理そのものを読み解き、組み替えようとするかのようだ。その力、何と呼ぶ?」


核心を突く問いに、俺の背筋を冷たい汗が伝う。隣にいるセレスも、驚いたように俺の顔を見ている。彼女も、俺の魔法の正体は知らないのだ。


(どう答える? 下手に誤魔化せば、二人とも即死か? いや、この存在は俺の力の『本質』に興味を示している。ならば)


脳内で、ありとあらゆるシミュレーションが高速で駆け巡る。リスクとリターン。生存確率。

(これは、俺の人生における最大の賭けだ。秘密を守ってここで死ぬか。それとも、虎の子の切り札を一枚だけ見せて、生きる可能性に賭けるか)


選択肢は、ない。

この圧倒的な存在を前にして、俺が生き残るための唯一の最適解は、誠実さという名の限定的な情報開示。全てではない。悪用されない範囲で、相手が納得するだけの情報を、差し出す。

俺は覚悟を決めた。


「『演算魔法』と、呼んでいます」


俺がそう答えた瞬間、セレスが「演算魔法?」と小さく呟いた。彼女の驚きと戸惑いが、ひしひしと伝わってくる。


「ほう、演算、か。面白い。自ら理を構築し、世界に問いを立てるか。前代未聞の魔法よ。して、その使い手であるそなたの名は?」


「アルト・フォン・ヴァルミオと申します」


「ヴァルミオ知らぬ名だ。だが、魔法の前では家名など些事。アルト・フォン・ヴァルミオよ、その力を我に見せてみる気はあるか。そなたのその『演算』とやらが、我が『理』にどこまで通用するか、この身で試してやろう」


亡霊は、王座の横に立てかけられていた剣を、静かに手に取った。


「ただし、手加減もせぬ。全力で来い、アルト・フォン・ヴァルミオよ」


アルフレッドが剣を構えた瞬間、霊廟の空気が震えた。荘厳な雰囲気は消え失せ、代わりに、死の匂いすら漂う殺伐とした戦場の空気が、俺たちの肌を刺す。


(まずい。魔力の質が違いすぎる。これが、本物の古代魔法か)


「いくぞ、アルト・フォン・ヴァルミオよ」


短い宣告。

アルフレッドが剣を振るう。

ただそれだけで、俺の理解を超えた現象が起きた。


『グラビティ・コントロール』——古代魔法による重力操作。


「うぐっ!」


見えない力に全身を押し潰される。骨が軋み、呼吸が詰まる。これまで経験したことのない圧迫感だ。ゴーレムとの戦いなど、子供の遊びに思えるほどの絶対的な力の差。


「アルト様!」


セレスが俺に駆け寄ろうとするが、彼女もまた重力の檻に捕らわれ、膝をついた。


「ほう、小娘。なかなかの魔力だ。だが、それだけでは我には届かぬ」


アルフレッドは圧倒的な威圧感を放ちながら、手合わせを楽しんでいるかのようだった。その余裕が、俺の闘志に火をつけた。


(このままじゃ、嬲り殺しにされるだけだ!)


俺は劣勢を覆すべく、演算魔法の解析深度を上げ、彼の霊体の核にまで干渉しようと試みる。その瞬間、アルフレッドの遊びの時間は終わりを告げた。


「小僧、我が魂の深淵を覗こうとは、許さぬぞ!」


アルフレッドの表情から笑みが消え、純粋な殺意がその瞳に宿る。霊廟全体が彼の怒りに共鳴するように震え、床の大理石に亀裂が走る。守護結界が起動したのだ。


「我が安息を汚す者は、生きてここから出すわけにはいかぬ!」


重力の圧力が、先ほどとは比較にならないほど増大する。俺たちは、まるで巨大な手のひらに握り潰されるかのように、床に叩きつけられた。


「がはっ!」


セレスが壁に激突し、口から血を流す。その光景が、俺の中で何かのタガを外した。


「やめろ! セレスには手を出すな!」


俺は痛みを無視して立ち上がり、演算魔法をフルパワーで展開する。(ここでやらなきゃ、二人とも死ぬ!)


脳内のコンソールに、無数の解析コードが流れ込む。

(緊急解析モードに移行、奴の術式構造をこじ開ける!)


頭蓋骨の奥で何かが軋む。魔力回路が白熱し、焼けた金属の匂いが鼻腔を突く。魔力使用量が、ついに俺の許容量の限界点を超えた。だが、この瞬間こそがチャンスだ。


アルフレッドの重力魔法の術式が、俺の脳内に展開される。複雑すぎて理解が追いつかないが、どこかに綻びがあるはずだ。


「ほう、面白い魔法だな。だが、小僧如きが我の魔法を解析できると思うか?」


アルフレッドが俺に向けて重力弾を放つ。避けられない。だが——


(あったぞ!術式の安定化機構に、400年分の経年劣化による微細な歪みを発見した。重力ベクトルの制御精度が0.3%低下している。ここを突けば!)


「クソがっ!」俺は内心で叫ぶ。「演算魔法――オーバードライブ!」


俺は魔力の許容量を完全に無視し、脳に直接魔力を流し込む。


その極限状態の中、俺の魔力回路に電流が走るような激痛が奔った。焼き切れる寸前の回路が、生存本能によって強制的に最適化・再構築されていく。


時間の流れが、スローモーションになる。


視界の端で、セレスが息を呑むのが見えた。俺の体から、青白い光の粒子が溢れ出しているのが、彼女の驚愕に満ちた瞳に映っていた。


これが——階位の上昇!


階位が1から2へと引き上げられたことで、魔力保有量が大幅に増加し、演算魔法の処理速度も飛躍的に向上した。世界から流れ込んでくる情報量が、爆発的に増大するのを感じる。


「馬鹿な! 実戦で階位を上げるだと!?」


アルフレッドの表情に、初めて動揺の色が浮かぶ。


「セレス! 今だ! 王の重心から三歩右、二歩前! そこに光の槍を!」


「了解ですわ!」


セレスが血を拭い、渾身の力で光の槍を放つ。それは俺が指定した座標——重力魔法の術式の要点に正確に命中した。


「ぐおっ!」


アルフレッドの重力操作が一瞬乱れ、俺たちにかかっていた圧迫が解ける。


「今度はこちらの番だ! 演算魔法:術式干渉モード!」


俺はアルフレッドの重力魔法の制御系に直接介入し、その出力を反転させる。王自身にかかる重力が増大し、その巨体が床に叩きつけられた。


「まさか、我の古代魔法を逆用するとは」


アルフレッドは驚愕の表情で床に膝をつき、俺を見上げた。俺は、まだ魔力が渦巻く右手を彼に向けたまま、一歩、また一歩と近づく。


とどめを刺す。それが、この戦いの、当然の帰結のはずだった。

俺の右手に、圧縮された魔力光が収束していく。だが、その光は、アルフレッドに届く寸前で、ふっと霧散した。


俺は、攻撃魔法の術式を、自らの意志で霧散させたのだ。


「待ってくれ。俺は破壊したいんじゃない。ただ、あんたのその魔法を、この世界の理を、知りたいだけなんだ」


俺の言葉に、アルフレッドは目を見開いた。その瞳から、殺意が消え、純粋な驚きと、そして深い理解の色が浮かび上がってくる。


「見事だ。小僧。いや、アルト・フォン・ヴァルミオよ。そなたは、力と、そして何より、その力の使い方を知る、真の探求者であったか」


戦闘の熱が冷める中、アルフレッドの態度が一変していた。敵意は消え、代わりに深い敬意が宿っている。


「試練は終わりだ。いや、ここからが、真の試練なのかもしれぬな」


アルフレッドの殺意は消えていた。だが、その代わりに、彼の半透明の瞳には、より深く、そして痛切な感情が渦巻いていた。彼の視線は、俺を通り越し、隣で息を整えているセレスへと注がれている。驚き、悲しみ、そして、400年という時を超えた、焼け付くような後悔の色。


「まさか、な。その輝き、その気高さそして、その身に宿す呪われし光。エレノアの血が、このような形で再び我が前に現れるとは」


エレノア? 誰のことだ。セレスは、彼の言葉の意味が分からず、困惑した表情で俺を見ている。


アルフレッドは、ふっと俺に視線を戻した。その瞳には、もはや俺個人への興味はない。まるで、目的のための最適な道具を見つけた職人のような、冷徹な光が宿っていた。


「小僧。アルト・フォン・ヴァルミオよ。そなたが、我が『投資』に値する『器』であるか、見定めさせてもらう」


「器、ですか?」


「うむ。まずは問おう。そなた、先ほどの戦いで我とそなたの間にあった、絶対的な力の差の正体を理解しているか?」


その問いは、俺の核心を突いていた。

「階位、ですか」


「ほう、その言葉を知っているか。ならば話は早い。我は階位3、そなたはかろうじて2。その差が何たるかを、身をもって知ったはずだ」

アルフレッドは、俺の知識レベルを探るように、言葉を続ける。

「階位3は人間の才能の限界点。階位4は、もはや英雄の域じゃ。そなたのそのユニークな魔法も、この階位の壁を超えるには相応の修練が必要となろう」

彼は、それ以上詳しい説明はせず、ただ事実だけを突きつけた。まるで、それ以上の理解は自分で掴み取れ、とでも言うように。


「では、もう一つ問う。我が使った力、あれがそなたたちの知る『魔法』と同じに見えたか?」

「いえ、全くの別物です」俺は即答した。「俺たちの魔法が、決められた術式をなぞるだけのものだとしたら、あなたの力は、もっと根源的な世界の理そのものに干渉しているように感じました」


(現代魔法が、安全なAPIを介して機能を呼び出す『アプリケーション』だとしたら、奴の力は、OSのカーネルに直接アクセスするようなものだ。危険だが、理解できれば応用範囲は無限大だ)


俺の答えに、アルフレッドは初めて、満足げな笑みを浮かべた。

「面白い小僧よ。そなたには、真理の一端を垣間見るだけの知性があるらしい。よろしい。ならば、話を進めよう」


アルフレッドは、再びセレスへと視線を向けた。


「我が知識を授けるのは、そなたにではない。そなたの隣にいる娘彼女に、我が過去の過ちを繰り返させぬために、力を貸す。そなたはそのための道具に過ぎぬ。だが、案ずるな。道具には、相応の対価を支払うのが、王の流儀だ」


彼の言葉は、あまりに一方的で、有無を言わせぬ響きを持っていた。


「その娘の体内にあるもの、それは恐らく『聖霊石』と呼ばれる古代のアーティファクトじゃ」


アルフレッドの言葉を受け、俺は階位2に上がった演算魔法で、セレスを再度スキャンする。以前は断片的だった情報が、より具体的なデータとして表示される。


『ARTIFACT_NAME: "Spiritus Lapis"』『SYSTEM_TYPE: Ancient』『STATUS: Forced_Link (High_Risk)』『EMBEDDED_LOCATION: Heart』


(心臓に埋め込まれている?強制リンクで、しかもハイリスク?)


亡霊の言葉と合わせ、セレスが抱える問題が、単なる才能ではなく、生命に関わる危険なものであることを確信する。


「聖霊石には、外部からの強制制御機能が組み込まれている。つまり、教皇庁があなたの魔力を遠隔操作できるということだ」


アルフレッドが深くうなずく。


「その通りだ。さらに悪いことに、聖霊石は宿主の生命力を徐々に蝕む。長期間埋め込まれたままでは、宿主は衰弱死する運命にある。かつての、我が妻、エレノアのようにな」


セレスの顔が青ざめる。俺は彼女の手を握り、力強く言った。


「大丈夫だ。必ず摘出方法を見つける」


「摘出は可能だ」アルフレッドが口を開く。「古代魔法の中でも最高難度の技術、『生命操作(ライフ・マニピュレーション)』を用いれば、安全に除去できる。ただし、術者には相応の実力が必要だ」


アルフレッドは、セレスに向き直り、慈しむような、それでいて厳しい声で告げた。


「我が血を引く娘よ。その石は祝福ではない。我らが血に刻まれた呪いだ。だが、運命に抗うことはできる」


そして、彼は俺に向き直り、王座の脇から二冊の古い書物を取り出した。


「『古代魔法基礎理論書』と『生命操作術式集』だ。これは褒美ではない。そなたへの『投資』だ。これを使って己を磨き、娘を救え。見事役目を果たした暁には、真の知識を与えてやろう。だが、失敗すればそなたも娘も、ここで朽ち果てるだけだ」


俺はその貴重な書物を受け取り、深く頭を下げた。


「必ず、やり遂げてみせます」


「期待しておるぞ。そなたならば、この世界の古き悪しき『レガシーシステム』を、より良いものに書き換えてくれるかもしれぬ」

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