第43話 厳重注意

 朝、起きる。朝食をとって、母が回していった洗濯機がピーっとなったら洗濯物を取り出して、ベランダに干しに行く。終わったら、自室で映像授業を受ける。お昼になったら、一階に降りて、昼食をとって、また自室で映像授業。きりのいいところで終わらせて、トイレとお風呂と、ラップで包まれた夕食を夜中に食べに行く以外は、ずっと部屋にこもっている。

 あの雨の日以来、そんな日々を過ごしている。


 警察を呼んだのは、父だった。

 夜九時過ぎに帰ってきた父は、私がいないことに特に不審に思わなかった。

 雨が降っていて、自転車もある状態で、なにで向かったかを母に聞いた。

『多分、歩き』

 それにしては、私の雨傘は傘立てに入ったままだ。

『迎えが必要なら、たぶん連絡してくる』

 父は習慣にしている缶ビールをあけることなく、連絡を待った。

 夜九時半。いつもなら『いまからかえるね』のスタンプが、母のstringに送られる時刻。

『塾に行き渋っていたから連絡してこないだけ』

『傘を借りて歩いて帰ってくる』

 父は私に電話をかけたらしい。ミュートだったので気付かなかった。

 夜十時半。

 歩いて帰ってくるにしても、とっくに帰ってくる時間。

 父は母に塾の連絡先を聞いた。

 麻子先生の家の固定電話。当然誰も出ず、留守電に切り替わる。

 そこで初めて、母はSMSに気付いた。

『塾、休みだって』

 父はためらわず警察に電話をかけた。

 ――私のかばんには、エアタグが入っていた。

 塾に持っていくかばんには、外付けのポケットがある。ファスナーがついていて、ちょっとした小物を入れられる。けれど私は使ったことがない。

『学校に行ってない間、非行に走らないか、変な場所に行ってないか、心配だったからかばんに入れた』と父は言った。

 外付けのポケットは、一度も開けたことがない。だからそれがいつの間にか入っていたことに、気が付かなかった。

 そして本当にいろいろあって、いろいろな人から怒られた。

 ――ただ、私よりも大変な目にあったのが、清水さんだ。

 清水景は警察から未成年者略取を疑われ、聴取をうけるはめになった。

 身元引受人として、木綿子先生に連絡が入り、結果として清水さんは厳重注意を受けて放免された。

 私も清水さんも知らなかったけれど、ノボリの二階には、見守りカメラを設置していたそうだ。

 音声ありの録画されたカメラの内容をみて、事件性なしと判断された。

 麻子先生の入院が続いていることもあったけど、それ以上に、あの雨の日のことが原因で、名前のない塾はお休みになった。

 父はずっと家にいる。

 まるで見張っておかないと、私がどこかに飛び出していくと言わんばかりに。

 スマホはかろうじてチェックされないけれど、自室への持ち込みは禁止された。

 一階で、ぽちぽちと、ひかるとメッセージのやりとりをするくらいしかできない。

 あの日メッセージを取り消して、心配をかけて、いろいろあったことをはじめて伝えて。

『もっと頼って』とテキスト上ではあるけれど怒られて。

 その言葉に甘えて、今度遊びに来てもらう。

 しわしわになったテキスト、赤ペンがにじんだノート。エアタグが入れられたままのかばん。

 次にいつ使うかは分からない。

 まるでさなぎになったみたいに、私は家で、力を蓄えている。



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