第41話 手を伸ばし足を踏み出す
「――僕の話は、これでおしまい」
傷跡を好き好んで見せたい人はいない。
気にしないように生きることはできても、自慢するものでもない。
きっと、積極的に話したいことでもない。
それを私に話してくれた。
清水さんの中高生時代の話。思い出したくもないだろう、昔経験したことの話。
――涙が一粒零れ落ちた。
「本当に、今、つらくて、苦しくて、逃げ出したいと思っているかもしれないけれど、僕は今、生きていてよかったと思ってる」
もう同級生達には会いたくないと。
東京の高校生は基本的には東京近郊で進学するから、自分のやりたい職業の資格がとれる、関西の大学に進学することに決めたと。
私はそれを実行した、今の清水さんしか知らない。
中高生だった清水さんが生きることを決めたから、今の清水さんがいる。
ここでこうして、話している。
「進学は、人生を変えるチャンスなんだよ」
清水さんは、ずっと手を差し伸べてくれた。
指導するから、塾に来ないかと言ってくれた。
休日の遊びに付き合ってくれた。
喫茶店での勉強だって引き受けてくれた。
今だってこんなふうに、メッセージを発している。
かつてたくさんの傷を受けたから。これから誰かに同じ思いをさせないように。
そんな正義感と信念で、手を伸ばす。
だからこの人は、こんなにも優しいのだ。
「幸いなことに、森川さんのお母さんは、教育面ではお金を出し惜しみしない人だと思うんだ。だから夢をかなえるためにお金を出してくれる人、独り立ちするまでの間だけ一緒に住む人って割り切ってみよう。高校を卒業するまであと二年。長く感じるかもしれない。今の高校じゃなくたって、通信やフリースクールに行ったっていい。もちろん今の学校に戻ってもいい。勉強をして、誰も文句が言えないような、そんな大学に行こう。できたら家から通えない、遠くの。そうしたらまた、世界って、変わってくるよ」
どうしてだろう。気休めに聞こえないのは。頑張ったら、本当に、実現できる気がしてくる。
「――帰ります」
涙をぬぐって、私は清水さんを見た。
箱ティッシュを引き寄せて、私の方に渡してくれる。
目元をふいて、横を向いて鼻を噛む。
ゴミ箱に使ったティッシュを捨てて、箱ティッシュを返そうとしたら。
清水さんの顔が真っ青になっていた。
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