第44話 終戦後のアルテア

 皮膚が黒く染まったジュリアンは、英雄と称えられ、シャルマンと結婚をして、王妃となったと発表された。


 国王陛下は戦いの最中に、亡くなったとされた。


 亡骸は、直ぐに墓地に埋められた。


 戦争犯罪者という不名誉な名を付けられて、葬儀も行われなかった。


 たくさんの国を滅ぼしたけれど、滅ぼした国で国王一族、貴族を皆殺しにして、大量な民間人を大虐殺し、泥棒のように食べ物や水を奪ったのだ。


 貴族達の中には、滅ぼした国を我が国の領土にすれば、作物や水に不自由することはないと言い張った者もいたが、シャルマン王子はそうしなかった。


 シャルマン王子は、ヘルティアーマ王国は、今まで通りの領土で、慎ましく暮らしていこうと決められた。


 戦争は無駄であったと、貴族、国民に発表した。


 王家もずいぶん変わった。


 国王陛下も崩御し、貴族もかなりの数の者を亡くした。


 当主を亡くし、急遽、新しく若い当主がたくさん生まれた。


 所謂、世代交代が起きたのだ。


 生き残った古株は、強気に出たが、若い世代の柔軟な考えに、どうやら居場所を失って、世代交代がまた起きているという。


 シャルマンが国王陛下になった事により、前王妃は王宮から自ら出て行った。国内にある別邸に移られた。シャルマンの母親と姉弟達が警備上の都合、王宮に移り住むことになった。


 第一王子のマクシモム王子は、あの最後の戦いに姿を見せたと、貴族達が言っていたが、その姿はなくなっていた。


 テスティス王国の闇の術者によって、あの場にいた者は、強制的にヘルティアーマ王国に戻されたけれど、マクシモム王子は戻って来なかったようだ。


 亡骸さえも戻っては来なかったと噂され、マクシモム王子は亡くなったとされた。


 その為に、シャルマンが国王陛下に抜擢されたのだが。


 王妃のジュリアンは、白い肌を黒く染め、顔も黒いシミが残り、見苦しいと噂をされていた。


 見苦しいジュリアンとシャルマンは、新しいヘルティアーマ王国を作るために。日々、貴族と集まり、会議を開き、農作物と水を大切にしながら、新しい産業を考えている。


 一緒にホワイトゾーンを作っていたわたくしは、もっと見苦しいのだろう。


 肌は顔も手も腕も胴体も足も、そう体の全てがスカスカの炭のようになり、ひび割れた肌からは、時折、血や浸出液が流れて、ずっと体全体が痛む。


 全身包帯に包まれているが、王家から派遣された光の魔術師に、光の魔法をかけられている時は、わたしは薄い綿のネグリジェに着替えて、光を浴びる。


 闇に侵されたわたしは、実は目が見えないし、耳もあまり聞こえない。


 見えるのは闇だけだ、聞こえるのは静寂だけだ。


 だから、ジュリアンの様子は、会議に出ている兄から聞かされた情報なのだ。


 実際は、わたくしより、ずっと美しいはずだ。


 わたくしは、あの戦いの後、死ぬと思っていた。


 皮膚の炎症は酷く、ヘルティアーマ王国に戻って、お母様がわたくしを見つけてくださった時は、意識もなく、わたくしを連れ帰ったという騎士の話では、テスティス王国の王太子とミルメルが、わたくしを見送ったと言った。


 テスティス王国の王太子が告げたように、症状が少しでもよくなるように、光の魔術師を毎日、わたくしの元に来させているのは、シャルマンだという。


 ミルメルに治療拒否した後、わたくしは意識を失った。


 わたくしを助けようとしていたミルメルとテスティス王国の王太子が、わたくしの代わりにジュリアンの処置をしたのだという。


 生きなければならないならば、わたくしはあの時、ミルメルに頭を下げてでも、治療をしてもらうべきだったのだ。


 いつもミルメルを邪険にして、意地悪な事をしてきたから、わたくしは炭のような体で生かされているのだ。


 何も見えない。


 闇しか見えない。


 時折聞こえるのは、大きな音や声くらいだろう。


 漆黒の視界の中で、わたくしはミルメルを思い出す。


 闇属性のミルメルは、生きづらいヘルティアーマ王国からテスティス王国に移り住んだのだ。


 わたくし達一家は、誰もミルメルを愛さなかったから。


 何も見えないわたくしの脳裏には、舞を舞うミルメルの姿が映る。


 一度でも、ミルメルに舞を舞わせてやればよかったのだ。


 わたくしは、毎年、舞を舞うのは面倒だった。


 練習も真面目にしたこともなかった。


 ミルメルは真面目に練習をしていた。


 学校でも、いつも二位の座を明け渡した事はなかった。


 一位と二位の差は、一点や二点だ。ミルメルが満点を取った時でも、教師が欠点を見つけ出し、無理矢理二位にしていたのだから。


 家族に愛されず、友達もいなかったミルメルは、とても努力家だった。


 きっと魔法も覚えていたのだろう。


 師匠もいないのに、彼女なら、自力で魔法を生み出す事ができたはずだ。


 わたくしは意識を取り戻してから、ミルメルの事を思う。


 双子だったのだから、もっと仲良くすればよかった。


 瞳と髪の色が違うだけの、そっくりな容姿。今はミルメルの方が美しいわね。


 ベッドから起き上がる事ができるようになっても、誰かの手を借りなければ、歩く事もできない。


 わたくしの手を引く者の手は柔らかい。


 だから、わたくしの手がどれほど見苦しいのか分かってしまう。


 ジュリアンも光の魔術師には戻れない体になったらしいが、このわたくしも光の魔術は使えない。


 治癒魔法も使えない。


 せめてお父様が生きて戻ってきてくれていたら、わたくしの治療をしてくださったと思うけれど、お父様は亡骸で戻ってきた。


 お母様は、お兄様と一緒にお父様を埋葬した。


 国王陛下が葬儀も行われなかったのだから、お父様の葬儀をするわけにはいかなかった。


 静かに埋葬しただけだと教わった。


 お兄様は、この家を継いだ。近いうちに結婚をするそうだ。


 わたくしのような醜い妹がいる邸に来るのは、きっと嫌に違いない。


 一生、結婚もきっとできない。


 目も見えないわたくしは、家族のお荷物になった。


 わたくしは、国の英雄だったのに。


 光の魔術師の中で、一番の力を持っていたのに。


 今は、その名前も出てこない。


 お母様が邸に離れを造ると、お兄様と相談しているのを聞いてしまった。


 やはり、わたくしは我が家のお荷物だ。


 ミルメルのように、虐められる日が来るのではないのかと怖くなる。


 我が家の前を通った子供が、「炭のお化けがいるんだよ」と話している声が聞こえた。


「怖ーい」


 子供達は騒いで走り去っていった。


 わたくしの手を引く侍女の顔も見えない。


「お嬢様、お部屋に戻りますか?」


 わたくしは頷いた。


 声もずいぶん出してはいない。


 肌と同じで、声も炭のように枯れてしまったのかもしれない。


 わたくしは、自分を笑いながら、涙を流した。


 これは罰だ。


 面白がって、人殺しをたくさん行ったから。


 それから、ミルメルに一度も謝罪をしていない。


 ミルメルに会いたい。


 会っても、顔を見ることはできないけれど、昔のわたくしそっくりの顔を見てみたい。


 ミルメル、今までごめんなさいね。

 

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