第41話 王都
「なんだか、いつもと雰囲気が違うな?」
「アルバ、油断をしてはなりませんよ」
「分かっていますよ。母上」
いつもなら、街には人が行き来している時間なのに、誰もいないのだ。
試しに、風魔法で建物を吹き飛ばした。
俺の相棒のジルが、それに合わせて、火の魔術を放ったが、やはり人はいなかった。
「ジル、人の姿は見えたか?」
「いや、誰もいなかった」
「これは、どうしたというのだ?」
攻撃をしようとしていた術者が、戸惑っている。
人がいないのだ。
攻撃する意味がない。
建物を温存できれば、この地に留まり、平穏な暮らしをすることも可能なのだ。
俺達は、壊すだけではない。
住みやすい土地があれば、それを残す事も考えている。
いつもは、遠距離で攻撃するが、ここは試しに見に行った方がいいのか?
「母上、危険かもしれませんが、街に降りて、本当に人がいないのか、確かめてきます」
「それがいいわね。誰も住んでいないのなら、この地に住むことも可能でしょう」
俺達もいい加減、戦いにも飽きている。
故郷のように、住みやすい土地があれば、ゆっくりと平穏な暮らしをしたいと思っている。
街にやって来た攻撃部隊は、大概、風の魔術師と火の魔術師とペアーになって動いている。
母上にもパートナーがいる。
男性だが、幼い頃から、術の訓練をしてきた信頼できる人だという。
伯爵家を継いで、妻と娘がいる。息子がいないので、入り婿を探さなくてはと嘆いていた。
リングアという名だが、父上がお許しになっているので、母上は、子供の頃のペアーと共に街へと降りていった。
光の魔術師である父上は、この場に待機となった。
光の魔術師は、治癒魔法ができる貴重な存在なので、光の魔術師を守る部隊もいる。
どうして、父上は母上と結婚したのだろう?
父上は侯爵家で、代々、光の魔術師が生まれてきていた。
光の魔術師だとしても、治癒魔法までできる光の魔術師は、それほど多くはない。
結婚相手を選ぶのならば、同族、ここで言うなら、力が弱くても光の魔術師と結婚すべきだったのだ。
そうすれば、生まれてくる子は、100パーセント光の魔術師になる。
父上のように、風の魔術師と結婚すれば、魔術が混ざる。
俺のように、風の魔術師が生まれ、アルテアのように光の魔術師が生まれる。
ついでのように、闇の属性を持ったミルメルも生まれてきたが、所謂、我が一族は雑種になったのだ。
純潔で結婚すべきなのに、わざわざ他属性と結婚するメリットは、今の所ない。
父上が母上を特別に愛しているようにも、見られない。
母上の実家は、代々風の魔術師の子が生まれている。
所謂、純潔の一族だった。
どのような経緯で、両親が結婚したのか不思議だが、俺は母上の血を受け継いだ。
俺の婚約者は、純潔の風の魔術師だ。
ただ、強くはないので、今回の戦いでは、戦士としては出ていない。
怪我でもしたら大変なので、戦いは俺がすると決めた。
この戦いが終わったら、結婚をしようと思っている。
なんとしても、安住の地を見つけなければ、安心して結婚すらできない。
街に出てみると、やはり人はいない。
店屋はシャッターが閉まって、中は覗けないが、とても静かだ。
そのまま歩いて行くと、大きな公園があった。
その公園の中に入ってみると、人がいた。
攻撃しようと身構えたとき、笑顔の住人が「おはようございます。いい天気ですね」と声をかけてきた。
「おはようございます。本当にいい天気ですね」
俺は老人に挨拶を返していた。
老人は温和な顔をしていた。
戦闘態勢の緊張した俺達とは違った、温かさのような物があった。
「静かな国ですね?」
「いつもは、人で溢れておりますが、なんだか何という名の国が戦争を仕掛けてくると言って、他国に逃げ出したのです」
男は父よりも、もっと年を重ねた老人だった。
「叔父さんは、たった一人で残ったのですか?」
「そうだね、わしみたいな耄碌した老人は、住み慣れたこの場所にいたいのだよ」
「殺されるかもしれないのに?」
「おまえさんが、わしを殺すのかい?」
そう問われて、俺は戦士である事を恥ずかしくなる。
無差別にこんな老人も子供も若者も殺してきた。
それが、自分と同じ人である事を忘れていた訳ではない。
「叔父さんは殺さないよ。一人で残って不安だったよね?」
「ああ、不安だったよ」
老人は公園の奥へ入っていく。
「アルバ、もう戻ろう」
「うん。そうだな」
ジルが俺の腕を引く。
「故郷はどこの国ですか?」
老人は人恋しいのか、俺に話しかけている。
「ヘルティアーマ王国です。とても良い国でした。春には祭りがあって。ジルも来たことがあったよな?」
「ああ、タン村の村民はみんな優しくて、よい村だったよな」
ジルは俺に合わせて、昔話をしてくれた。
あの頃に、戻りたい。
戦争など、したくてしているわけではない。
次の瞬間、俺とジルは、寂れたタン村の広場にいた。
毎年、そこで祭りが行われていた。
その場に立っていた。
「ジル、ここはタン村に見えるけど」
「タン村だろう?」
「どうなっているんだ?」
俺とジルは呆然として、それから俺の領地の邸に向かって歩いて行った。
川は、相変わらず、小川のような川で、元々の大量な水はなくなっている。
田畑は、できる限りの手入れをされていた。
「ジル坊ちゃん、お帰りになったのですか?」
「ああ、今、この土地が恋しくなったら、何故かここにいた」
領民の叔母さんは「ちょっと待ってください」と言って、家の中に入って、直ぐに戻ってきた。
「今夜の食事がないかと思いまして、こんな物しか、すぐ準備ができませんが」
そう言って、手渡されたのは、焼きたてパンだった。
籠にいっぱい入れて持ってきてくれたのは、できたてを全て持ってきてくれたのだろう。
足しない食料なのに、有り難い。
「どうもありがとうございます」
「いいえ、戻ってくださって、私も嬉しくてね。いつまで、こちらにいられるのですか?」
「一度、王都に戻ろうと思っています」
「そうですか。また寂しくなりますね」
領民の叔母さんに再度礼を言って、俺達は領地の邸に戻った。
そこには、留守役の老夫婦がいるだけだった。
「いらっしゃいませ。アルバ坊ちゃん」
「ああ、一晩、泊まって、明日の朝、王都に戻りたい。二人分の馬の手配を頼む」
「畏まりました」
老夫婦は、頭を下げた。
持ち帰ったパンは、柔らかくて美味しい。
「俺達、戦場にいたよな?」
「いたよな?老人と話していて、気づいたら、ここにいた」
「闇の術者だったのかな?」
「訳分からん」
俺とジルは久しぶりに、ベッドに横になった。
フワフワな布団に感動して、疲れも手伝って、ベッドでよく寝た。
結局、王都に戻ったのは、一週間療養してからになった。
王都に到着すると、大勢の騎士団や貴族達も戻っていた。
母上も戻っていた。
王都を攻めに向かった殆どの者が、自国に強制送還されていた。
父上はどうされたのだろう?
戻ってはいなかった。
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