第19話 魔術の練習 攻撃魔法(1)
アクセレラシオン様が作ったダークホールに入ると、そこは森の中にいました。
「今日はここで練習しよう」
「はい、緑豊かで、夏なのに、涼やかですわ」
「ああ、人が来ない山岳地帯に移動した。これ以上上に上がると、木もなくなり、足下も悪くなる。日焼けもするから、この辺りがちょうどいいだろう」
「ピクニックに来たみたいよ?」
「ああ、そうだな」
「ここは、どこですか?」
「王都から離れた山脈の中だ。標高が高いから、気温も低い。魔法の練習をするには、広くて、ちょうどいい。今日は攻撃魔法を教えるつもりだ」
「まあ、攻撃魔法なんて、できるかしら?」
「ミルメルの魔力は、かなり高い。今までは使い方が分からなかっただけだ。使い方が分かるようになれば、魔力の暴走も起きなくなる」
「そうなのね、魔力の暴走は、どうにかしないといけないわね」
「俺は一日中でもキスをしていてもいいが」
「もう、アクセレラシオン様は、いつも、いつも恥ずかしいことばかり言って、わたしを困らせて楽しいんでいるんでしょう?」
「困らせるつもりはないが、困っているのか?俺はミルメルに愛されていたいし、愛している」
アクセレラシオン様は、わたしを抱き寄せて、髪を撫ででくださる。
こんなに優しくされたら、我が儘を言っているのは、わたしみたいだわ。
「わたしもアクセレラシオン様を好きよ。愛しているわ。ただ慣れていないから」
「ああ、分かっている。慣れても愛するから安心しなさい」
「はい」
チュッと頬にキスをすると、アクセレラシオン様は体を離した。
「ずっと抱いていたいが、今日中に、幾つかの攻撃魔法を覚えてもらう」
「お願いします」
「最初は、空間異常を起こさせる魔法だ。一般的にダークゾーンと呼ばれている。ダークホールを作れるなら、それほど難しくはない。まず、俺がやってみるから見ていろ」
「はい」
アクセレラシオン様は、利き手の人差し指と中指を揃えて、すっと横にスライドさせた。
その瞬間、今まで青空だったそこは、闇に包まれていた。
「闇ですか?」
「中を歩いてみてくるといい。空間異常になっているから、出られなくなる」
「え?出られなくなったら困るわ」
「二分後、解除してやろう」
「それなら、少し、見てくるわ」
わたしは、足早に闇の中に入った。
すると、最初に視覚異常が来た。
全体に暗闇なので、どこにいるか分からなくなる。
同時に、上か下かも分からない。
来た方向も分からない。
振り向いたが、本当にそこから来たのかも分からない。
とても不安になって、怖くなる。
助けて、アクセレラシオン様。
「ミルメル」
屈みかけたわたしの肩に、温かな手が触れた。
それから、耳元でアクセレラシオン様の声がした。
「アクセレラシオン様」
「先ずは、落ち着こう」
「はい」
「この闇は、敵を混乱させる術だ。今、ミルメルが感じているように、自分がどこにいるのか分からなくなる。上も下も分からないだろう?」
「はい、闇が深くて」
「その通りだ。闇が深いのが、この術の仕組みだ。ミルメル、俺の術を破ってご覧」
「どうするの?」
「闇が深いのなら、その闇を吸ってしまえばいい。ミルメルの得意技だろう?」
「闇を吸うのね。分かったわ」
わたしは、心を落ち着かせると、闇を吸い込んでいく。
この術は、特に何もしなくても、呼吸をするようにできる。
次第に闇は晴れていく。
全ての闇を吸い込んだら、そこには青空が見える。
「よくやった。この術を破れたということは、作ることもできるだろう。どうするか、分かるね?」
「闇を深くするのね?」
「その通りだ」
「やってみる」
吸い込んだ闇を吐き出していく。
アクセレラシオン様とのキスのレッスンのお陰で、魔術の交換の練習は完璧にできるようになっている。
吸い込んだ闇を返していく。辺りは暗くなり、だんだん暗くなり闇になって、闇はもっと深くなる。
アクセレラシオン様が言ったように、理屈を知れば、簡単な術だった。
「よし、完璧だ」
「ありがとうございます」
「人は暗闇を恐れる。この術のポイントは、どこまで闇を深くできるかだ。闇が深ければ深いほど、人は勝手に混乱を起こす。混乱は不安を呼ぶ。不安になれば、自滅していく」
「でも、光の魔術師だったら、この闇は浄化してしまうわ」
「そうだ。闇と光は、とても相性が悪いのだ。光の術者が闇を吸い取るように、闇の術者は光のホワイトゾーンを破ることができる。万が一、光の魔術師と対峙したときに、闇を浄化されてしまったら、光の魔術師の放ったホワイトゾーンを闇に包んでやればいい。どうすればいいか分かるね?」
「闇の魔術を注ぎ込むのね?」
「その通りだ。では、一つ、覚えたね。次は似た術で、ブラックアウトという魔法がある。これも深い闇を使う事は同じだ。深い闇を人に注ぎ込む。すると、その者は強制的に、闇の魔術に支配される。闇に支配された者は、視覚を失い、聴覚も失う。ただの沈黙になり、意識を失わせる事ができる」
「人に向けても大丈夫なの?」
「その辺は加減してやればいい。殺すまで魔術を送ることをブラックレーザーと我々は呼んでいるが、ミルメルはそこまでする必要はない」
「はい」
「ただ気をつけなければならない事が、一つある。闇と光は相反する。光の魔術師に闇の魔術を送り続けると、光の魔術師が光の魔術を向けてこない場合は、他の属性の者と同じ、意識を失うだけになるが、光の魔術師が光の魔術を同じように送りつけてくると、闇と光が混ざり合って、爆発を起こす。闇の術者と光の術者は沈黙となる」
「沈黙?」
「視覚と聴覚を失う可能性が出てくる。直す手立てはないわけではないが簡単ではない。光の魔術師と対峙するときは、この魔術はかなり危険があると考えた方がいい」
「それなら、光の魔術師に光の攻撃をされたときは、何もしない方がいいの?」
「いや、その時は、闇を送る。力が強い方が勝つ。俺なら仕掛けられたら、やり返す。だが、ミルメルがその立場になったら、ダークホールで逃げろ」
「アクセレラシオン様は戦うのに、わたしは逃げるの?弱いから?」
「弱くはないが、万が一、怪我をして欲しくはない」
「わたしだって、アクセレラシオン様に怪我をして欲しくはないわ」
「俺は、テスティス王国の次期国王だ。逃げ出す事は許されない」
「それなら、わたしは次期王妃ではないの?」
「戦いの場に大切な妻を出したくはないと思う事は間違いか?」
「けれど、わたしだって」
「駄目だ。その時は、俺に任せておけ。戦うのは俺の勤めだ」
わたしは一緒に戦いたい。
だから、たくさん、魔術も学びたい。
大切なアクセレラシオン様をお守りしたい。
「ミルメル」
「なぁに?」
「光の魔術師には、関わるな。いいな?」
わたしは、仕方なく頷いた。
わたしのお姉様は、光の魔術師なのよ。
生まれる前から一緒だったのよ?
扱いは、ずいぶん違ったけれど。
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