第13話 街に買い物に行きます

 馬車に乗って、王宮から街へと走る。


 アクセレラシオン様の護衛の側近が五人ほど馬車に並走して馬で走っている。


 広い王宮を抜けると、明るい町並みが広がっている。


 道は広く、道と歩道の間に、並木が連なっている。


 人通りも多く、お店に人が並んでいる姿も見える。


 どの店も活気があり、何を見ても新鮮で、わたしは窓を開けたまま、外を見ていた。


「わぁ、凄いわね、お店も多くて、人も多いわ」


「この道は、この街のメインストリートだからね。お店もたくさんあるし、人も寄る」


「ヘルティアーマ王国は、こんなに道はゆったり造ってなかったわ」


「そうか。平民街に行くと、市場が賑わっている。魔法が上達したら、行こう」


「あら、魔法が使えるようにならなかったら、ずっと行けないの?」


「では、結婚したら、少しは行ってみるか?」


「それなら、行けそうね」


 アクセレラシオン様は、嬉しそうに微笑んだ。


 二つ目の約束だ。


 一つ目の約束は、アクセレラシオン様と結婚することだ。


 結婚することは、嫌ではない。


 アクセレラシオン様の事も好きだと思う。


 二つ目の約束は、難易度を下げてくれた。


 魔法が使えるまで待っていたら、いつになるのかサッパリ分からない。


 結婚をしてからならば、それほど遠い約束にはならない。


 馬車が止まって、外から「到着しました」と声がする。


「では、降りるぞ」


「はい」


 扉が開けられて、アクセレラシオン様が降りると、手を差し出して、エスコートしてくれる。


 歩道に降りると、目の前に美しいお店があった。


「では、頼むぞ」


「はっ!」


 護衛の側近達は、敬礼し、そこに待機となった。


 わたしは、彼らに頭を下げ、アクセレラシオン様に手を引かれて、お店の中に入った。


 先触れが走ったお陰か、店主が出迎えてくれていた。


「いらっしゃいませ、アクセレラシオン王太子殿下」


「突然、貸し切りにさせて悪かった」


「いいえ、王家には贔屓にしていただいておりますので、いつでも連絡くだされば、貸し切りくらいいつでも致します」


 店主と店員は、深く頭を下げた。


 わたしもお辞儀を返した。


「これは、懐かしいお召し物ですね。確かデイジー様が学園に通っていた頃のドレスですね」


「デイジーお姉様にいただきました」


「デイジー様は、専属デザイナーを雇っておりましたので、とてもお洒落なドレスをお召しになっておりました。当時の専属デザイナーは、今はこの店の専属デザイナーになっております」


 美しい黒髪の女性が、礼儀正しくお辞儀をした。


「リリエと申し上げます。デイジー様に見いだされて、お店で雇っていただきました。平凡な絵描きでしたのです。私の絵を見て、ドレスのデザインをしてみないかと誘っていただきました。お給料ももらえるようになり、一家を支える事ができました。デイジー様は私の一家の恩人です」


「デイジーお姉様、素敵ですね」


「ただのお節介な姉だ」


「いいえ、素敵なお方です。デイジー様が結婚をなさると聞き、是非ウエディングドレスを作らせていただけますようにお願いに窺おうと思っておりました。王太子殿下からもリリエが切望していたとお伝え願いますようにお願いします」


 リリエさんはアクセレラシオン様に、再びお辞儀をした。


「リリエ、今日は俺の妻になるミルメルのウエディングドレスを至急、作って欲しい。彼女のドレスは、姉上からのお下がりばかりだ。ドレスも頼む」


「おめでとうございます」


「これはおめでとうございます。テスティス王国の次期王が妃を娶るのです。国を挙げて大騒ぎになりますね」


「先ずは、結婚式だけ挙げて、国に発表するつもりだ」


「パレードなどはされますか?」


「まだ、国民へのお披露目の仕方などは決めてない。だが、パレードもいいな」


「そうですね」


 店主は嬉しそうにしている。


「ああ」


「本日はドレスを見て行かれますか?秋物も並べましたので、どうぞ」


「では、秋物を見ていこう」


「その間にスケッチをさせていただきます」


「では、リリエ頼む。その間にドレスを見ていこう。いくぞ。ミルメル」


「はい」


 アクセレラシオン様は、わたしの手を取り、ドレスが掛けてあるエリアに移動する。


「ミルメル、姉上のお下がりのドレスでは嫌ではないか?夏物も見ていくか?」


「いいえ、とても可愛らしいドレスばかりです。不満などほんの僅かもございません。母国でも、これほどの立派なドレス等着たことがございません」


「そうか、秋物のドレスは、オーダーメイドで作るか?好きなデザインを探してみろ」


「ここに掛かっているドレスでも、十分に立派なドレスですわ」


「欲のない」


「いえ、わたしは欲深ですわ。デイジーお姉様の素敵なドレスを手放せないんですもの」


「それは、欲深とは言わん」


 頭を撫でられ、照れくさい。


 店員がいるのに。


「夏物も秋物もドレスは、レース使いが流行か?」


 アクセレラシオン様は、並べられたドレスを見て、店員に聞いた。


「そうでございます。今年の春から、レースを使ったドレスを販売しておりますが、即日売り切れになるほどの人気商品でございます。ご連絡戴きましたので、出来上がったばかりのレースのドレスを並べた次第です」


「ほう」


 アクセレラシオン様は夏のレース使いの白いドレスを手に取り、わたしにあてがっている。


 幾重にも重なった異種のレースが、とても可愛らしくて、今まで見たことがない物だった。


 色は、白と、ピンクベージュ、赤、若草、黒と五種類あった。


 夏物は幾分色が明るくて、秋物は、少し色目が落ち着いている。


「どの色が似合う?」


 店員が姿見を持ってきて、わたしが見えるように置いてくださいました。


「どのお色も人気でございます。全色購入される令嬢もおります」


「ミルメルは何色が好きだ?」


「そうですね」


 白色は可愛らしいけれど、汚しそうですわね。


 ピンクベージュは可愛らしいお色だけれど、幼く見えないかしら?


 赤色は着たことがないわね。似合うかしら?


 若草色は落ち着いたお色で素敵だけれど、大人びて見えないかしら?


 黒色も素敵だけれど、髪色も黒いから、このドレスを着るときは、髪を結い上げないと、真っ黒になってしまうわね。


 どの色も一長一短あって、一色を選ぶことは難しい。


 困ったわね。


「このレースの品を夏用と秋用、全色を購入する!」


「何ですって!」


 わたしは驚いて、声を上げた。


「ミルメルの心の声は、全部、聞こえておる」


 わたしは、ちょっとムスッとアクセレラシオン様を睨んだ。


 何を考えていても、筒抜けになるなんて、そんなの酷すぎる。


 心の声を止める方法はないかしら?


「ないな」


「だから、心の声を読まないで」


 アクセレラシオン様は、楽しそうに笑っておいでだ。


 何も考えないようにしなくては。


「無駄だ」


「もう、アクセレラシオン様、いい加減にしてください」


 ペシペシとアクセレラシオン様の胸を叩いていると、リリエデザイナーが笑顔で近づいてきた。


「仲がよろしくて、とても素敵ですわ」


「そうであろう」


 わたしは、アクセレラシオン様を、やっぱりジロッと睨んだ。


 意地悪。


「拗ねるな。拗ねても可愛いが」


 撫で撫でと頭を撫でられて、わたしは、もう諦めました。


 心の中も筒抜けで、口に出しても負けてしまう。


 全て無駄な抵抗なのだ。


「デザイン画が描けました。どうぞ、テーブルに」


「ああ、移動しよう」


 アクセレラシオン様は、わたしの手を取ると、優雅にソファーの置かれたエリアに連れて行き、わたし達は並んでソファーに座った。


 向かい側に、リリエデザイナーが座って、スケッチブックを広げた。


「先ずは、ウエディングドレスを描きました。王家の結婚式は宮殿の中で行われると、デイジー様が言っておいででしたので、裾の短いタイプを幾つか描いてみました。お披露目をされるとき、裾の長いものをお召しになりたいと思われたら、新しいデザインを用意しても宜しいかと思います。元のウエディングドレスをリメイクされても、いい物ができると思います」


「そうだな、宮殿の祈りの間での結婚式では、裾があまり長すぎるのも邪魔になる。普段のドレスと同じ長さがいいだろう。ミルメル、いいか?」


「はい、長いと重くなり歩きづらくなりますから」


「お披露目用のドレスは、裾が長いものでもいいぞ。作り替えよう」


「いいえ、結婚式のドレスがいいと思います」


「何故だ?」


「結婚をしたありのままの姿の方が、国民は喜ぶのではないでしょうか?」


「ありのままか、それもよかろう。ミルメルの着たい物を選んでいい。結婚式は、生涯、一度きりしか挙げない」


「それなら、ありのままの姿で、お願いします」


「よかろう。それなら、一度きりのドレスをどれにするか選んでくれ」


 リリエデザイナーは、スケッチブックをわたしの前に置いてくれた。


「ああ、ミルメル。ウエディングドレスは我が国では黒衣を着る」


「黒衣ですか?」


「黒いドレスになる。闇の魔族らしく、代々、この国の結婚式は黒衣を着る風習になっている」


「まぁ、とても珍しいわね」


 母国では、白色は神聖な色とされ、ウエディングドレスは白とされている。


 結婚式の後のパーティーでは、色鮮やかなドレスを着て、ダンスを踊る。


「我が国の結婚式は、参列者はいない。俺とミルメルがいるだけだ。ダンスパーティーも行われない」


「結婚式では、何をするの?」


「地下の祈りの間で、互いに誓い合って、互いの血を水路に流すのだ。その水路はこの国の水路に繋がっている。国の繁栄を祈る神聖な儀式になる。この形の結婚式は、王太子、王太子妃だけが行う。何代か前は、国王陛下と王妃がしたと聞いた事がある」


「それなら、やはり動きやすい物がいいわね」


 わたしはスケッチブックを見ていく。


 夏らしい、袖のないウエディングドレスもあった。


 水路に二人の血を流すなら、袖はなくてもいいと思う

 次の頁には、肘までの袖の物があった。


 スカートの形を見ると、袖のないタイプのドレスはシンプルで、スカートの形が美しい。


 わたしは、他の頁も見たが、袖のないタイプのドレスが気になっていた。


 ウエディングドレスが描かれた頁を全て見てから、気になった頁に戻した。


「これは、どんな生地を使うのですか?」


「基本的に絹を使います。胸元は絹を細かく縫いレースのように作ります。それで胸元と飾りの袖を飾ります。スカート部分は、絹を花弁のように縫いまして、複雑で美しい形に作ります」


「わたしは、これが気に入ったわ」


「では、それにするか?」


「はい」


「秋物のドレスは、何着か描かせて戴きます。まだ夏の季節なので、十分に間に合います。後ほど、お持ちし致します」


「ああ、まず、ウエディングドレスを作ってくれ」


「畏まりました。では、王太子妃ミルメル様、お体の寸法を測らせて戴きたく存じます」


「ええ、お願いします」


 わたしは、アクセレラシオン様の隣から立ち上がり、リリエデザイナーと共に、別部屋に入っていった。


 リリエデザイナーとその助手の方が、わたしの体の寸法を測ってくださいます。


 こんなに丁寧に寸法を測ってもらったことがないので、少し、恥ずかしい。


「王太子妃ミルメル様、ドレスの寸法が大きいのではありませんか?」


「大丈夫よ。大は小を兼ねると言うでしょう。今は、このドレスで構いません。デイジーお姉様が用意してくださったドレスがいいのです」


「畏まりました。今日選んで戴いたドレスは、王太子妃ミルメル様のサイズで用意させて戴きますね」


「お願いします」


 デイジーお姉様から戴いたドレスは、ちょっと大きめなのだ。


 わたしも成長するかもしれないので、ちょっと大きめで構わないのだ。


 それに、心遣いが嬉しいから、デイジーお姉様が用意してくださったドレスを着たいのだ。


 わたしは寸法を計り終えると、部屋から出て、アクセレラシオン様の元に戻った。


 テーブルには、紅茶が出されていた。


 お茶請けには、チョコレートだろうか?


 可愛い包みに包まれた物が、小さなお皿の上に載せられていた。


 王妃様とデイジーお姉様のお陰で、いろんな事を覚える事ができた。


 この国に来て、よかった。


「もう終わったのか?」


「はい、結婚式はいつ頃の予定ですか?」


「ドレスが出来上がり次第だ」


「それでは、一週間後までに仮縫いまで済ませておきます」


「急がせてすまない」


「いいえ、お国の大事ですので。しっかり勤めさせて戴きます」


 リリエデザイナーとお店の支配人は、丁寧なお辞儀をなさった。


「仮縫いが終われば、仕上げはそれほど掛かりませんので。一週間以内に出来上がれば、出来上がり次第、お持ちいたします」


「それは助かる」


「いいえ、直ぐに取りかかります」


 わたしは、急いでお茶を飲んだ。


 チョコレートを食べている時間はなさそうなので、お皿に置いておいた。


「では、戻るか?」


「はい」


「ミルメル、出された物は、きちんと食べなさい」


 アクセレラシオン様は、お皿の上から包みを取ると、器用に包みを解いて、わたしの口の中に入れてしまった。


 甘い味が広がる。


 美味しいチョコレートだった。


「美味しいだろう?」


「はい」


 チョコレートが溶けて、口の中からなくなると、アクセレラシオン様は、わたしの手を引いて、立ち上がった。


「では、頼む」


「畏まりました。今日、お買い上げ戴いたドレスは、直ぐにお持ちいたします」


「それは助かる」


「いいえ、夕方までには届けますので、少々、お待ちください」


 店主が頭を下げる。


 今度こそ、帰るようだ。


 お店の外へと出て行く。


 扉は店主が開けてくれた。


 従業員が出てきて、頭を下げる。


 わたしも頭を下げた。


 どうも慣れないのだ。


 王妃教育では、頭は下げなくてもいいと言われているが、わたしは、まだ結婚をしていないから。


 外には、アクセレラシオン様の側近達が待っていた。


「待たせた」


「お帰りで?」


「ああ、帰ろう」


 馬車の扉を開けられて、アクセレラシオン様と馬車に乗る。


 二人で椅子に座ると、アクセレラシオン様は、早く式を挙げたいと言った。

 

 

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