やってきた妹

 山を下り、カリダの町へと向かう。襲いかかってくる黒いつのまるを蹴散らし、岩だらけの道から緑あふれる森の小道を進むと、現れるつのまるの色も白くなった。色の違いに何か意味があるのかと思ったけど、同じ生き物でも住んでる場所で見た目が変わることは珍しくもない。そもそも人間が住んでる場所によって色が違ったりするんだし、大した意味はないのかもしれない。


 なんてことを考えながら、町まで戻ってくるとなんだか静かだ。いつも多くの商人がトレジャーハンターや旅行者に向けて呼び込みをする声が騒がしいほどに聞こえてくる町なのに。


「何かあったのかな?」


「なんかイヤな感じねー」


 二人で町の様子を見回しながら歩いていくと、町では見慣れない軽武装の兵士っぽい人達がウロウロしている。特に威圧的な態度で歩いているわけではないけど、町の人達は彼等に怯えているようだ。


 まあ、襲いかかってこなくても熊が町を歩いていたらみんな逃げるしな。武装した兵士なんて、民間人からすれば熊と大差ないだろうし。俺はヘルクロスの城とかでよく見てるからそこまで気にならないけど。


「ポンティーヴリの兵隊かな?」


 この町は東の大陸で最大の勢力を持つポンティーヴリ帝国の領内にある。そこをうろつく兵士となれば、当然ポンティーヴリ兵と考えるのが普通だろう。何しに来てるのか知らないけど、他国と戦争でも始めるつもりだったら嫌だなあ。


「……げげっ!」


 兵士をジロジロ見ていたルナがなにやら驚いた顔をすると、急に身をかがめて俺の後ろに回る。なんだなんだ?


「ごめん、ケレス。ちょっと用事を思い出したからまた後でね!」


 そう言って俺達が歩いてきた方向に走り出した。忘れ物でもしたのか? でもなんか様子が変だな……?


「どこへ行くおつもりですか、お姉様!」


 そこに聞き覚えのない女の子の声が響き渡る。同時にルナの周囲を光の輪のようなものが取り囲み、勢いよく狭まって身体を拘束した。


「ふぎゃっ!」


「ルナ!」


 たまらずその場に倒れるルナ。お姉様ってことは、この前話していたルナの妹か? 声のした方向を振り返る。


 そこにいたのは、俺達と同年代の子供なのにきらびやかなドレスに身を包み、数人の使用人を従えたお嬢様だった。しかもその辺にいた兵士達がみんな背筋を伸ばして彼女に敬礼している。どう見ても大貴族のご令嬢である。もしやと思い、改めて兵士の服を見ると、見覚えのある紋章がついている。あのゴーレムと同じ、マケマケ公爵家の紋章だった。


 え、ちょっと待って。マケマケ公爵みたいな大貴族がよその国に兵を送って町を占拠してるのヤバくね? ていうかこの子はマケマケ公爵の娘さんで、ルナの妹で……


 つまり、ルナはマケマケ公爵家のご令嬢だった!?


 貴族っぽさの欠片もないのに(失礼)、大貴族だったなんて。いやまあ、俺も人のことは言えないけどさ。


 マケマケ公爵といえば、テティスの葬儀の日に行方不明になった娘を探して遅れたんだったよな。その娘は「王宮で暮らすのは苦痛であろうと」親同士で話し合って、俺との婚約を解消され、その後「ステラを探しにいく」と言い残してどこかへ行ったとか……


 うん、ルナだ。間違いない。


 ということは、俺は自分の元婚約者相手にいろいろトキメいたり腹を立てたり絆を感じたりしてきたわけか。知り合う前に婚約破棄された相手に。


 そこは深く考えないことにして、もっと気になることがある。俺はドレスの女の子に向き直り、姿勢を正して真剣な表情で質問した。


「マケマケ公の娘さんってことは、あのゴロツキ達を雇っていたのは君か?」


 あいつらはマケマケ公の紋章がついたゴーレムをけしかけてきた。マケマケ公に雇われたんだと思っていたけど、この子が使用人を引き連れて現れたことから考えると、現地で雇い入れたのかもしれない。


「ゴロツキ……というのは?」


 だがこのルナの妹(確かイオって名前だっけ)は俺の質問に眉をひそめて首をかしげた。あれっ、俺の思い違いかな?


 すると、イオの隣に立っていた年配の執事がイオに向かって頭を下げて言った。背筋がビシッと伸びて、いかにも厳格そうな爺さんだ。でも年齢による衰えは微塵も感じさせない。


「ルナ様の捜索をさせるために雇ったトレジャーハンターが現地住民やケレス殿下にご迷惑をおかけしたようで、我々の不手際です。申し訳ありません」


 む、俺の正体もバレてる。変装とかしてないから公爵家の執事なら分かって当然だけど。あいつらを雇っていたのはこの執事か。どこまでがこいつの指示なんだろうな。さすがにフローラに絡んだり誘拐したりってところまで指示してたりはしないと思うけど。


「ケレス殿下っ!? 王子様だったの!?」


 イモムシみたいに地面にへばりついていたルナが驚いた声を上げてジタバタと跳ね回っている。うん、まあ気付かないよね。お互い様だね。


「なんということでしょう、私の部下がケレス様にご迷惑をおかけしてしまうなんて、婚約者としてあるまじき失態ですわ!」


 あっ、やっぱりこの子が新しい婚約者なんだ。今のところ印象は良くないけど、ゴロツキ達と直接的な関係がないなら嫌う要素もないか。ルナが捕まってるのは家出娘なんだから自業自得だしな……


「イオさん……だっけ? 僕……私は目的があってここの浮遊遺跡にあるステラを求めているのだ」


 俺の婚約者なら邪魔をしないでくれ。そこの執事が雇ったゴロツキのせいで大迷惑してるんだ。といった言外の非難を込めた目でイオに話しかける。


「存じておりますわ! そのために執事を通じてトレジャーハンターを雇ったのですが、まさか殿下にご迷惑をおかけしてしまうとは」


 イオが目を潤ませて頭を振る。悪気はないらしいことはわかった。でも殿下殿下って、一番迷惑かけたのはフローラだよ。そっちにもちゃんと謝ってほしいな。


「我々の至らなさにより殿下に大変なご苦労をおかけしてしまい、心よりお詫び申し上げます。ですがご安心ください、もう殿下にはトレジャーハンターの真似事などをしていただく必要はありません。後は全て我々が行いましょう」


 そう言って執事の爺さんが懐からネックレスと円盤を取り出した。あのゴロツキ達に持っていかれた道具だ。


「あいつらが持ってった道具! それをどうするつもりよ、カロン!」


 ルナがジタバタしながら執事に向かって喚く。この爺さんはカロンっていうのか。やり手な感じはするけど、なんとなく気に入らないな。ゴロツキを雇ったのはこいつらしいけど、それとは別に、なんだかこいつからは敬意というものを感じない。慇懃無礼ってのはこういうことを言うのか。


「さあ、その剣もこちらへ。我々があの浮遊遺跡からステラを回収してまいりましょう。もう殿下が危険な守護者を倒す必要はないのです」


 カロンが俺に剣を要求してくる。なんだか嫌な予感がするけど……

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