霊感ホストのステップアップ2

(唯一無二の……)

「とりあえず、霊力を広げる感覚を教えるね。ゆりあ、霊力同調させるの得意だから、とりあえず一緒にやってみよ!」


 だから、身体で覚えてね。

 そう言って、ベッドから降りたゆりあが、俺の肩に触れる。

 瞼を閉じ、指で刀印を結んだかと思えば、身体の中心――みぞおちのあたりから、何かが自分を中心として広がっていく感じがしてきた。


(これが……霊力を広げる、ってことか?)


 にわかに目を見開く。

 

 ――わかる。

 何がどこにあるのか。妖がどこにいるのか。霊能力を持つ人間がどこにいるのか。

 例えるのなら、自分を中心に広がる半球体で、その場をスキャンをしているような感覚。


(一階下の部屋の風呂場、リネン室、廊下の端、エレベーターの上……妖がいる)


 強さも、理解できてきた。今までは『嫌な感じ』『すごい感じ』と、曖昧にしか感じていなかった感覚が、はっきりと形になっている。

 妖どんな形でどんな姿をしているのかさえもなんとなくわかるほどに、感知がクリアになっていく。

 

 ――そして、目の前の、女が。

 どれほどに規格外の強さなのかも、俺はそこで初めて正しく理解した。



「順調に感知してるみたいだね」

「!」

「れいぴは霊力量はそうでもないから、霊力を広げていくと、どうしてもそのぶん感知の波が薄くなっちゃうものなんだけど。

 ――ここまでセンサーそのものの精度が完璧だと、ちゃんと気配を感じるんだね」


 ホテル内にもそこそこ大きな気配を感じるし、あのあさひの気配も覚えているが。

 ゆりあの強さそれは。


(あの人面蜘蛛、たしかAって言ってたよな。

 上から二番目のクラスだ)


 あの蜘蛛と比べてさえ――文字通り、格が違う。

 

 それを俺がまったく気が付かなかったとは――どれほど完璧に力を隠していたのだろう。

 じわりと額に汗が滲む。


「ゆり……うっ!?」

「おっと」


 そこで唐突に激しい頭痛に襲われ、俺は思わず立っていられなくなった。

 よろけると、なんなくゆりあに支えられ、倒れ込まずに済んだ。そしてすぐにゆりあが刀印を解いたかと思うと、同時に頭痛も失せた。


「今の頭痛は……」

「情報が脳みそに入ってきすぎて、処理できなくなったって合図。これ以上は、式神に処理してもらわなきゃ、ダメなの。脳みそ壊れちゃう」

「はー……なるほどな」


 確かにこのレベルの頭痛があるなら、気配を感じ取るどころか、まともに立ってもいられない。


「しっかしホテルをスキャンしただけなのに処理追いつかなくなるなんて、ホントにすごい感度だよね。ゆりあもちょっと信じられない」

「式神はどう作るもんなの?」

「んー、式神作りは霊力を広げるのと違って、感覚が人それぞれだから、さっきみたいに教えるのは難しいんだよね〜」

 

 ゆりあは再びベッドに腰掛けると、手のひらから八咫烏を生み出す。烏は羽根を一度羽ばたかせ、ゆりあの肩に止まった。


「……まずは作りたい式神をイメージすることかな。生き物がいいと思う。実在しない生き物でもいいよ。ただやっぱり、確実にイメージできるものがいいかなあ」

 

 情報処理をする式神は自分の分身らしい。

 自分の中から、もう一人の自分を生み出して、必要な情報を抜き出すデバイスになってもらうと考えるのだ、とゆりあは言う。


「あと、霊力の広げ方も意識して式神を作るといいよ」

「広げ方を……? どういうことだよ?」

「ゆりあは烏を中継地点にして、霊力を使った感知網を広げるって言ったでしょ? 遠くのことまで、ある程度でいいから知りたい。そういうふうに思ったから、ゆりあは式神を烏にしたの。

 あと、真っ黒だから強そうでかっこよくない?」

「……なるほど」


 も考えて作るべきってことか。

 

 それから、ゆりあが式神を烏にしたのは、実用性だけでなく、好みもあるというから、やっぱりそういう意味では、式神作りにはイメージが大事、ということなんだろう。

 好きなものはイメージしやすいもんな。


「ふふふ」

「……何?」


 不意にゆりあが笑いを零したので首を傾げてみせると、ゆりあは「だって」と続ける。


「れいぴがさ、ゆりあの提案した式神のこと、真面目に考えてくれてるから、なんか嬉しくて」 



 ――ああ。

 確かにそういえば、いま俺、式神作りをやる前提の思考回路だったかもしれない。


「……そう? まあ、ゆりあが俺のために考えてくれたことだしな。姫が自分にしてくれたことを無視って、それはホストとして失格だろ?」

「さすがはれいぴ。意識が違う。だから推せるんだよね♡」

「おー、ありがと」


 礼を言うと、ゆりあは穏やかに笑った。

 ――いつものきゃぴきゃぴとしたノリの笑みではない、微笑と言えるような笑い方に、一瞬どきっとする。


 こんな大人びた笑みもできるのか、と思って。

 ゆりあは少し年下でありながら、俺よりも遥かに顔が広く、それだけ広い世界を知っているのだということを、今更ながら思い出す。

 

「――れいぴ、なんだか自分の力っていうか、霊感っていうか、そういうの好きじゃあなさそうだったから。

 れいぴが自分の力を受け入れられるようになる手伝いができるのは、嬉しいんだよ」

「! え」

「ゆりあもさー、れいぴが自分の霊感に嫌気がさす気持ち、ちょっとわかるんだよね」


 視線を足元に落として、ゆりあはベッドに腰かけたまま足をぶらぶらさせる。


「ゆりあ……あたしは、祓い屋一門そういう家に生まれたから、自分の力についての理解者はいたけど、やっぱり学校に行ったりすると、とは違うわけじゃん? 家でも、才能がある〜って期待されて、嬉しくないわけじゃなかったけど、祓い屋の才能があるってことは、痛い思い怖い思いして妖を倒さなきゃいけないってことだし。同年代の子はこんな思いしてないんだろうなって思ったら辛かったなー。家業継がなきゃいけないの、決まってたし」

「……」


 俺は黙ってゆりあを見る。

 それは俺とはまた違った、の話だった。


 ……確かに、祓い屋になるということは、妖と戦うということなんだもんな。ゆりあだって初めから強かったわけでもないだろうし、ここまで強くなるのには、子供の頃からバケモノに立ち向かう必要があったということなのだろう。


「こんな才能なんてなければよかったーって思ったこともあるけどね。……どうしても切り離せないなら、これも個性って考えて、せっかくだから自分のために使おーって思ったの」

「個性……」

「うん。そうしては妖ズッパズッパ斬ってガッポガッポってわけ。好きな格好して好きなように振る舞って、好きなことにお金を使って、好きに生きてる。この力を使うことで人のためにもなるしね」


 自分のことを好きにならなきゃいけないわけじゃないけどさ、とゆりあは言う。


「いつかはれいぴも自分のことを受け入れられたらなーって思うな」

「……」


 

 妖を斬るのも。

 地雷っぽい格好も。

 ホストに貢ぐのも。

 全部好きだから。好きなように生きている結果なのだと、ゆりあはそう言う。


 ――俺は全部行き当たりばったりだ。

 ホストになったのも、ホストになりたかったというより、バケモノから避けられるかも、顔はいいから手っ取り早く稼げるかも、という動機からだった。


 そして行き当たりばったりに生きてきたのも、自分への嫌悪感というか、

 どうせ異端のままだ、という厭世観みたいなものが、俺の中から消えなかったからだった。


(俺は……)


 どうなりたいんだろう。

 ……いや、まあ、とりあえずは。



(――式神。どうするかな)



 もしも、自分の力をうまく扱えるようになれば。

 俺は自分のことを、とは思わなくなるのだろうか。


 少しは自分のこの――生まれ持った霊感を、好きになれるのだろうか。

 



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