第14話 歪曲する死の記録
「ほぉ。記録領域そのものが破損し始めたぞ。」
紳士ルクスの冷静な声が、遠のく意識の中で響いた。
ああ、また、戻るのか――
―――
目を開ける。
見慣れた、自分のアパートの天井。
だが、今回は何かが決定的に違った。
部屋の隅、俺がいつも金属バットを立てかけている場所に、見覚えのない泥の足跡が、一つだけ生々しく残っていた。
ループの中で、何かが「外」から持ち込まれている。
そして、ドアのノックの音がするよりも早く、枕元のスマホが甲高い通知音を鳴らした。
手に取ると、画面には血のような赤い文字で、こう表示されていた。
『【株式会社アストラル警備保障】【緊急】夜勤先住所の変更および特別危険手当支給のお知らせ』
文面が、変わった。
このループは、完全な繰り返しではない。
俺たちの行動が、確実に世界を歪め、物語を別の方向へと動かしている。
俺はスマホを握りしめ、玄関のドアを睨みつけた。
三度目の死が、もうすぐ扉を叩きにやってくる。
三度目の夜勤通知を、俺は絶望ではなく、冷え切った怒りで見つめていた。
もう、こいつらの筋書き通りに動いてやるものか。
殺される恐怖はとっくに麻痺した。
今はただ、この無限地獄を操っている奴らの顔に一発食らわせてやりたい、その思いだけが俺を突き動かしていた。
コンコン。
予定調和のノックが響く。俺は金属バットを手に取る代わりに、音を立てずにベッドから抜け出し、玄関から最も遠いキッチンの窓際に身を潜めた。
息を殺し、壁の時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。
ガチャリ。
無遠慮に鍵が開けられ、革袋の巨漢が部屋に侵入してくる。
奴は部屋の中央で立ち止まり、俺がいないことに気づいたのか、ゆっくりと首を巡らせた。
その動きは機械的で、まるでプログラムされた索敵ルーチンのようだ。
奴がリビングに気を取られている隙に、俺はキッチンの窓の鍵をそっと開けた。
狭いベランダに体をするりと滑り込ませ、アパートの廊下へと飛び降りる。
成功した!
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